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六話 慌てる彼女はいじらしい。

 親友の来訪にあわあわしている悠に、母が告げた言葉は簡潔。


「いいんじゃない。どうせ、いつかはバレるのよ」

「う……」


 残り少ない夏休みを引き籠って過ごすのか?


 悠の答えはノーである。

 親友に伝えるのは心苦しいが、親友に受け入れてもらえないのはもっと辛い。


「まあ、その前に着替えなさいな。このままじゃ駄目よ」

「……うん!」


 悠は決心を固め、食事を再開することにした。

 




 ――ピンポーン♪


 一間家に着いた慶二は、意を決してインターフォンを押した。軽快なチャイムが響く。


 慶二の服装は普段着のラフなスタイル。

 同性の幼馴染を尋ねるのである。お洒落などするはずもない。それに、悠と慶二の家は隣接している。まさに、勝手知ったる他人の家だった。


 そんなことよりも、悠をどう慰めるかで彼の頭の中は埋め尽くされていた。


 ……告白が残念な結果に終わったのなら、話を聞いてやるべきだろう。


 彼は、背中を押した自分にも責任の一端があると考え、思い悩んでいた。


 ――でも、なんて言葉をかければいいんだ?


 慶二にも女子と付き合った経験はない。

 初恋もまだである。


 代わりに、告白された経験は何度かある。

 慶二は、いわゆるスポーツ少年なのである。中学入学早々、サッカー部の若きエースと目される実力者。そこそこ爽やかな風貌と相まって、隠れたファンは多い。

 

 しかし、彼は告白全てを断った。


 ――恋愛とか、よくわからん。


 まだ彼は子供だった。

 異性とお付き合いをするより、気の置けない仲間たちとわいわい遊びたいお年頃なのだ。


 その度、「何かと行動を共にする実夏と付き合っているのではないか?」などと邪推されてしまうのだからたまったものではない。

 実夏は、親友である悠が好いているのである。

 彼女を恋愛対象にみるわけがない。


 思考しているうちに、ドタドタと足音が聞こえてくる。

 階段を駆け下りる音だ。

 恐らく悠だろう。


 チャイムが鳴り渡り、足音が響く。

 ドアを開ければ、悠が子犬のように駆け寄ってくるだろう。幼いころから続く、いつもの風景。


 ――なんとなく、元気そうだな。


 足音もどこか軽快に思える。

 もしかしたら杞憂だったのかもしれない。


「慶二、いらっしゃい!」


 否。

 ドアを開けた先の光景は、いつも(・・・)とは程遠かった。





 悠が、出来る限り明るく振舞おうと決心したのは数分前のことであった。

 慶二は自分を心配して駆けつけてくれたのである。


 それに、両親の言っていた「魔法」のこともある。

 認識のズレを生じさせ、「ありえなくないこともない」と錯覚させるのだという。


 要するに、ハイテンションで性転換を押し切ろうということだ。

 一種のヤケクソであった。


 だが――


「えっと……悠の妹?」


 焼け石に水だった。

 慶二の声色には困惑が多分に含まれている。


「いや、あいつに妹はいないよな……。隠し子? ううん、おじさんが浮気なんてするわけないし……」

「あ、あの……慶二?」

「あ! 従妹か? はじめまして、俺、悠の幼馴染の古井 慶二。悠、呼んでくれるか?」


 完全に別人だと思われている。

 悠は慌てて叫ぶ。


「従妹じゃない! 僕だよ、僕が悠!」

「は? いや、どう見ても女だろ」


 残念なことに、親友の声色は多分に呆れを含んでいた。


 ――「魔法」はどうなったんだよ!


 あまりの反応に、悠は憤慨しそうになる。

 全く効果を発揮していないではないか!

 そんな悠を、目の前の少年は怪訝そうに見つめていた。





 慶二から見て、目の前に立っているのは華奢な少女である。

 真夏だというのに、身の丈に合っていない長袖のジャージの上だけを深々と羽織っている。それが、華奢さに拍車をかけていた。

 反対に、下半身は短パンだけ。

 すらりと覗く白い足が、青少年には目の毒だ。


 ……何度見ても、少女だ。

 慶二にとって、悠とは、どこかぼんやりとした、庇護欲を掻き立てられる友人であった。しかし紛れもなく()であり男だったのだ。


「わからないけど、昨日からこうなっちゃったんだよ!」

「いやいや、からかうのもいい加減にしろって。俺は悠に会いに来たんだ」


 慶二はまともに取り合わない。



「はい、ストーップ」


 美楽の仲裁が入った。


「とりあえず、二人とも上がりなさい。お茶を入れて、ちゃんと説明してあげるから」





 お茶の間に通された慶二は、目の前で湯気を立てる緑茶を一口だけ啜った。


 ――熱い。


 午前中で幾分涼しいとはいえ、何故緑茶なのだろう。

 畳の上で胡坐をかきながら、疑問に思う。


 そして、目の前の少女――暫定・悠をじろりと睨み付けた。

 彼女(・・)はぺたんと両足を開いた、いわゆる女の子座り。

 ふー、ふーと息を吹きかけ、緑茶を冷まそうとしていた。


 ――どうみても女だろ。


 本当に悠なのだろうか。

 ため息が漏れた。確かに、どこか仕草は似通っている。

 言われれば当人である気がしてくる。


 ――いやいやいや。血縁があれば似るのも無理ないだろう。


 非日常を受け入れるつもりはない。

 あくまで、彼女は従妹。

 疑惑を打ち払い、そう慶二は結論付けた。


 ようやく、美楽が慶二の前に現れた。

 手には煎餅といったお茶菓子。普段なら遠慮なくバリバリと行くのだが、生憎今の慶二はそういう心境ではない。


 ちなみに悠の父である平電は、すでに出勤済み。

 自習室の管理であったり、講習のテキスト作成であったり、彼は早朝から忙しい。


「美楽さん、説明してください」


 慶二は「おばさん」ではなく名前で呼ぶ。

 悠の母は、年齢を感じさせる呼称をすると途端に機嫌が悪くなるのだ。


 実際、美楽は自分の母よりかなり若い。

 30代半ばだと悠から聞いている。

 「お姉さん呼びでもいいのよ?」と言って、悠から「恥ずかしいからやめて!」と突っ込まれていたのを思い出す。


「ん。そうね、この子は悠よ。母親の私が言うんだから間違いないわ」

「証拠は? あるんですか?」


 普段から悪戯好きな彼女のことだ。謀られているのではないか。

 慶二がそう考えたのも無理はない。


「ないわね。ある意味、悠がここにいること自体が証拠っていえるかもしれないけど」

「それじゃ、納得できませんよ。熱帯魚じゃないんですよ? 悠が女の子になったなんて、俺には信じられない」

「そうね、人間ならありえないわ。でも、私たち人間じゃないのよ」

「お母さんっ!?」


 母の激白に、悠が叫んだ。


「悠、覚悟を決めなさい。多分、慶二くんにはちゃんと説明しないとわかってもらえないわ。……多分、実夏ちゃんもね」

「で、でも……」


 釈然としない風の悠を、美楽は頭を撫でつけて黙らせた。

 傍から見れば優しい母なのだが、どこか有無を言わせぬ雰囲気がある。美楽の雰囲気に気圧され、慶二はただ黙って聞くしかなかった。

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