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五十九話 兄の情けなさが嘆かわしい。

 慶二は、自分の机の前で本日何度目かのため息をついた。

 彼の席は窓際ではなく、ちょうど教室の中心あたりに位置している。

 前の席には悠が他人の椅子を借りて座っていた。

 彼女は話し合いをすると言ったきり、中々戻ってこない実夏と愛子を案じて


「大丈夫かな……」


 なんてそわそわ。

 慶二は何度も落ち着けと宥めているのだが、幼馴染の少女はどうにも心配でしょうがないらしい。


 実夏も相当気の強い少女だが、決して謝る相手を熾烈に責めるような性格ではない。

 相手が本当に悔いているのなら受け入れるだろう。


 勿論、悠もそんなことはわかっているはずだ。

 しかし、あまりに戻ってこないと不安になるのも道理である。


「悠ちゃん、はろ~!」


 独特の間延びした調子で声をかけてくる影。

 一香である。


 実は慶二の前の席は彼女なのだ。

 だから悠も気兼ねなく他人の席を使っていた。


「おはよう、一香ちゃん」


 最近、悠と彼女は仲がいい。

 その伝手か


「慶二くんもはろ~!」

「……おう、おはよう」


 このように彼女は慶二にも元気にあいさつ。

 授業の合間合間に話しかけられることもあるのだ。

 まあ、元より明るくて社交的な彼女は、席が近ければ誰にでも話しかける印象があるが。


「席代わるね」

「ん。いいよいいよ~。鞄置いたらちょっと席外すし」


 悠と一香がそんなやりとりをしてるのを横目に、また慶二はため息。

 ……別に、目の前の少女たちが原因というわけではない。


 彼のため息の原因は、昨晩のことに遡る。



 


 悠を無事、家に送り届けた慶二が帰宅すれば、すでに靴が一足揃えてあった。

 サービス業の両親は祝日なこともあって遅くにしか帰らないので、兄であることは明らか。


 慶二は、彼も遊びに行くと聞いていたので、自分より遅くに帰ると思い込んでいたのだが。



「兄貴、帰ってたのか」

「慶二。お帰り」


 リビングに向かって声をかければ、ソファに寝転んでいた慶一は身を起こしながら答える。

 そのまま小説にしおりを挟み、眼鏡を外してこちらを向いた。


 その流れがどことなく様になっていて、慶二は少しいらっとする。

 たった三歳しか違わないのに、妙に大人びて見えたためだ。


 が、すぐに、聞いたばかりの情報を思い出し溜飲を下げる。


「おい、馬鹿兄貴」

「……いきなりどうした?」


 慶一は怒らず疑問形。

 何故罵倒されたか心当たりがないとでも言いたげ。

 そして慶二が二の句を継ぐ前に一言。


「まさか、三日前の悪戯に気づいたのか……?」

「なんだそりゃ」


 三日前……何があっただろうか。

 慶二は慌てて記憶を辿る。

 ――心当たりは、一つ。


「……あ、まさかあれは兄貴が!?」


 実は三日前、自室の机の上に、ベッドの下に隠したはずの本が平積みされていたことがあった。

 母親が勝手に掃除をしたのかと考え問い詰めたのだが、全く話が通じず却って恥をかいてしまったのだ。


 不可解な現象だと思ったが、まさか兄の仕業だとは。

 慶二は驚愕する。

 なんて恐ろしいことをするんだこの男は。


「いや、金本――高校の友達が教えてくれた悪戯でな。実際傍から見ていて面白かった」


 慶二の動揺に構わず、慶一は真面目な顔をして頷いている。

 された方はたまったものではないというのに。


「それにしても慶二、お前女の子の趣味変わったか? どっから手に入れたのか知らんが、隣の――」

「……兄貴!」


 いけない。

 完全に兄に主導権を握られている。

 というかさらっと流してしまったが、この兄は高校で何を学んでいるのか。


 慶二はツッコミが追い付かない。

 なので、いったん全て無視して攻勢に出ることにした。


「兄貴こそ、ミミと仲がいいらしいじゃねえか。高校で友達に惚気てるとか」

「うっ……」


 図星のようである。

 狼狽える兄に内心、愉悦を感じながら慶二は追撃。


「つい数日前、『幼馴染としか見れないからまだ回答保留』とか偉そうに言ってたくせに。もう変わったんだな」


 随分早くに心変わりしたものである。

 ならば、最初から承諾してやればいいだろうに。

 そのあたりの気持ちを込めてつついてみたのだが――。


「実はな、慶二……」


 何故か慶一は深刻そうな顔。

 慶二が疑問を感じる間もなく彼は続ける。


 少し低い声色。


「まだ、当人には返事してないんだよ」

「……なんだって?」


 あまりの答えに、慶二は頭痛がしてきた。

 もう二週間ほど経っているはずだというのに、この男は保留のまま動かないのだという。


「……告白されたときは、格好つけて『そういう風に見れない』なんて言ったけど、日が経つにつれじわじわ嬉しくなってきてな」

「誰かに告白されたのは初めてじゃないだろ……?」


 兄の初心な姿など見せられても、弟としては全く嬉しくない。

 それどころか気持ち悪いだけである。

 自然と冷たい声色での応対となる。


「正直、自分から告白したことがないから、なんて返事をすればいいものか……わからん」

「んなこと言われても、俺にだってわからねえよ」

「勇気を振り絞って告白してくれたのに、上から目線じゃないかと考えたら堂々巡りにな」


 ――上から目線。


 慶二としては耳の痛い言葉ではあった。

 以前の部活の昼休み中に、相手から告白してくれれば考えなくも――なんて思いを抱いたこともあったのだから。

 流れ弾は予測不能な方向に着弾し、結局、二人して頭を抱える事態に陥ったのである。





「慶二、どうしたの?」

「な、なんでもない」


 至近距離からくりくりとした瞳に見つめられ、慶二は慌てて飛び退いた。

 以前、注意したはずなのだが、それでも悠はナチュラルに距離が近い。

 多分、これは自分限定――そう彼は思いたい。


 回想しているうちに、どうやらホームルームの時間になってしまったらしい。

 予鈴が鳴り、実夏たちも教室に戻ってきた。


「どうだったか、後で聞いとけよ」

「うん。じゃ、慶二もまた後で」


 そしてホームルームが始まった。

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