五十八話 和解は成立したらしい。
さて翌日の金曜日。
ついに体育祭前日となった。
登校して教室に入った実夏は、珍しく自分より先に登校している悠に挨拶をしようとして、眉をひそめた。
隣にいたのは愛子。
散々悠のことを目の敵にしていた少女である。
最近元気がない――いや大人しくしていると思っていたら、また難癖をつけるのか……なんて警戒していたのだが
「悠、あのぬいぐるみなんだけど……」
「うん、机の上に飾ってあるよ。大切なものだし」
二人は談笑していた。
流れる雰囲気は穏やかで、長年の友人関係のように思えるほど。
明らかに関係が変わっている。二人の間に何かがあった。
「む……」
実夏としてはなんとなく面白くない。
女の子同士の付き合いにはグループというものがある。
あまり実夏たちは拘る方ではない。そもそも、悠は女の子になったばかりなのだから、もっと交友関係を広げるべきだと考えてもいる。
それでも愛子だけは、一方的に敵視され続けてきた蟠りがある。
よって、癪に感じる部分があるのも確か。
実は彼女も昨日、理沙と一緒に悠と遊ぼうと考えていたのだが、理沙に止められてしまった。
曰く、大事な用があるとか……。
その『大事な用』とやらが、二人の関係性が変わった原因であると、実夏にはすぐにわかった。
自分としても『大事な用』があったのに。
口には出さないものの、ちょっとした嫉妬を覚える。
「あ、ミミちゃん!」
実夏の内心など思いもしないのだろう。
悠は満面の笑みで実夏に駆け寄る。
……それだけで大分、苛立ちが霧散してしまった。
実夏という少女、悠に対して大分甘い。かつては弟分、今となっては可愛い妹分なのだ。
勿論、それが理由で恋愛対象とは見られなかったのだから、悠にとっては複雑な心境だろうが。
「悠……愛子と何話してたの?」
「……えっと、それは」
二人の仲があまり良くないことを思い出したのか、悠は少し言いづらそう。
そのまま、ちらりと愛子に視線をやる。
そして視線が交差し――
「悠、あたしから話すよ」
愛子が切り出した。
◆
二人だけで話がしたいと愛子が申し出ると、渋々実夏も応じる。
悠の顔を立ててである。
しかし、教室を出るとき、悠が愛子に
「頑張って」
なんて声をかけるものだから、もやもやが再燃してしまった。
出来る限りそんな気持ちを表に出さないよう気を付けて、実夏は適当な空き教室に向かう。
実夏としては廊下でもいいとは思ったのだが、愛子が難色を示した。
「それで、何の話なの?」
手早く用件を済ませたいと考え、自然とつっけんどっけんな物言いになる。
しかし、愛子は気にした様子もない。
「……あのな」
前置きをして、愛子は顔を真っ赤にして実夏を睨み付ける。
愛子という少女、若干目つきが悪い。
そのため、傍から見れば怒っているようにしか見えない。
だが、実夏には
――今にも泣きそう。
と思えた。
……随分と疎遠になってしまったものだが、一応彼女も実夏とは幼馴染なのだ。
だからこそ、なんとなくわかる。
「あたし、悠が好きだった」
「……はぁ?」
しかし、彼女の口から飛び出したものは、実夏の度肝を抜くものだった。
あまりにも唐突な告白である。
というより、それを自分に言ってどうなるのか。
「……あんたって、そういう趣味?」
「ち、ちっがう! 悠が、男の子の頃の話っ!」
なので少しからかってみれば、益々愛子は真っ赤に。
「あの……それで、ミミに嫉妬していちゃもんつけてた! 悠に意地悪したのも、女の子になっちゃったのが嫌だったから! ごめん!」
しどろもどろになりながらも、一息で言い切って愛子は頭を下げる。
まるで地に頭をこすり付けんばかり。
「それ、悠も知ってるの?」
「き、昨日全部伝えた」
「許してくれた?」
「うん……」
実夏の質問に、愛子は謝罪の姿勢のまま答える。
「……そう」
――なら、いいか。
実夏は、――自分でも意外なほどだった――あっさりと
「なら、いいわよ」
とだけ伝えた。
パッと頭を上げる愛子。
「悠が許したんなら、あたしも許すわよ」
ここまで謝られて、許さないのは女が廃る。
それに、悠が許したならそれでいいのだ。
「でもね」
……とはいえ、言っておかなければならないこともある。
少しの威圧を含めれば
「な、何?」
愛子は途端に不安げに。
「悠の一番の友達はあたしだからね」
別に、悠と仲良くするのは構わないが、筋を通してもらわねば。
そんな想いを込め、実夏は堂々と告げるのだった。
◆
強気に言い含める実夏に、愛子は
「ひ、一人勝ちのくせに……」
と漏らした。
しかし、実夏は何の事だかわからなさそうな顔。
「ミミだけ、慶二の兄貴とくっつきそうなんだろ? 一人勝ちじゃないか」
途端に実夏は真っ赤になった。
愛子の反撃開始である。
「な……、悠から聞いたの!?」
「……それは秘密」
狼狽える実夏に、思わずにやり。
どうにも、長年染みついた敵愾心――今となってはじゃれあいのようなものだが――はあっさりと抜けないらしい。
まさか大元の情報源が慶一の同級生だとは夢にも思わないだろう。
愛子の知る限りでは、悠も自分も片思いのまま終わってしまった。
だというのに、目の前の少女は憧れの人と想いを遂げようというのだ。
別に、嫌というわけではないがなんとなくむかつく。
ちょっとからかってやろうか。
そんな想いを込めてなのだが……。
「……あたしだって上手くいってないわよ」
真っ赤になったのもつかの間のこと。すぐに実夏はしょんぼりとしてしまう。
自分は地雷を踏んだのだ――そう愛子が気づいた時にはもう遅かった。
それから、ホームルームの予鈴がなるまでの間、愛子は実夏の愚痴を聞かされることになった。