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五十七話 彼の想いは甲斐甲斐しい。

 それから少しして


「帰ろうっか」


 と愛子が言い出した。

 悠としても、愛子の喜ぶ顔が見れたので、当座の目的は果たしたことになる。

 すぐに同意し、出口へと向かう。


 すると、偶然にも(・・・・)慶二たちのグループと再会することが出来た。


「悠、あたしはちょっと蝶野に用事があるから、慶二と先に帰っててくれよ」

「う、うん。じゃあね、愛子ちゃん。また明日」


 口調は穏やかなものの、少し圧迫感を覚えた悠は少し上ずった声で返事をする。

 そして、手を振りながら笑顔で愛子と別れた。 

 青筋が浮いていたように思えるのは、自分の気のせいに違いない――そんな希望的観測を込めて。





 悠が去った後。

 蝶野は、椅子に腰かける愛子に対し、正座で対面していた。

 そう、正座である。


 本人としては反省の意思を露わにしたつもりなのだが、人通りの少ない休憩スペースとはいえ体裁が悪いと愛子に叱られてしまい、渋々と立ち上がる。


「――お前、ついてきてたな?」


 察しの悪い悠は兎も角、猪田はすぐに二人が後をつけていたのだと気づいたようだ。

 でなければ、男子高校生と一緒にいたあの状況で颯爽と現れるわけがないのだから当然だろう。

 あまりにも都合がよすぎた。


 ぎろり。

 そんな効果音がついてもおかしくない目つきで、愛子が睨み付けた。

 しかし、蝶野が正座をしていた頃ならまだしも、すでに彼は立ち上がっている。

 自然と、背丈の差からどうしても見上げるような形になってしまう。


 ――可愛らしい。


 思わず頬が緩んでしまいそうになるのを、蝶野は必死に抑えた。

 彼にとって、愛子とはとても脆い女の子。


 だからこそ、彼女は悠にずっと告白することが出来なかったのだ。

 長く見つめていたからこそ、彼はそう分析していた。


「……心配だった」

「悠も一緒なんだから問題ないだろ」


 蝶野という男、年齢に似合わずがっしりとした体つきと威圧感を与える強面、それに低い声から気の弱い女子からは怯えられる存在である。

 というか、それが原因で口数が少なくなったのだ。


 しかし、愛子は一切恐れた様子もなく、突っ込みを入れる。

 それは彼女なりに親近感を覚えていてくれるからだと、蝶野としては思いたい。


「……女の子二人では何があるかわからないし」

「まあ、確かに絡まれたけどな。でも、お前は過保護すぎる」


 愛子は虚勢を張りがちだからこそ、向う見ずな面がある。

 蝶野にとって心配でたまらない一面だ。


 しかし、出歯亀したのは事実。

 叱られてしまえばしゅんとなるしかない。


「銀は?」

「……いない」


 『いない』は正確ではない。

 愛子と悠が絡まれていないと遠目で気づくと、結局彼は一度も愛子たちの前に姿を現さなかった。

 そして、早々に彼だけは帰宅したのだ。


「上手いことやれよ」


 とのエールを残して。


 ――どう上手くやれというのか。


 蝶野としては不満を覚えなくもない。


「慶二もお前が誘ったのか?」


 追及に、蝶野は黙り込む。

 実際は最初に言い出したのは慶二だった。

 しかし、蝶野はそのことを告げるつもりはない。友人のため、自分が泥を被る覚悟である。

 ――それでいて、目の前の少女に嘘は言わない。


 二つを両立するには沈黙で誤魔化すしかないのだ。


「まあ、どっちでもいいけど……」


 まさか無言で追及を躱されるとは夢にも思わなかったらしい。

 言葉とは裏腹に愛子は口を尖らせて不服さを前面に出す。

 その様子が益々愛らしくて、蝶野は必死で真顔を保った。


「帰るぞ」


 それだけぼそっと言うと、愛子は椅子から立ち上がり歩き始めた。

 自然と蝶野も追随する形となる。


「……姐さん、悠とは」


 横並びで蝶野が訊く。

 愛子が答えたのは少し間が空いてから。


「駄目だったよ。でも、友達になれた。変な話だよな、失恋して仲良くなるってのも」


 予想はしていたのだが、成就とはいかなかったようだ。

 片思いの少年にしては不思議なことに、残念に思う気持ちの方が強かった。

 彼としては、彼女が笑っていてくれればそれが一番。


 蝶野にとっての恋心とは、身を焼くような熾烈なものではなく、ただただ相手の幸せを祈る祝福に近いものである。

 実のところ、彼の想いは恋愛というより、家族愛に近いのかもしれない。


 しかし、想いを伝えて見たことで、愛子の中で一つの踏ん切りがついたらしい。

 彼女の横顔は――身長差もあり少し見えにくかったが――悲しみと同時に一種の晴れやかさを併せ持つものだった。


 ふと蝶野は立ち止まり、少女の背中を見つめる。


 ――いっそ自分も伝えてみるべきだろうか。


 確実に脈がないのをわかっていて、蝶野はそう思った。


 彼が想いを自覚したのは小学三年生の頃。

 しかしその時点で愛子は悠に恋をしていたし、蝶野は当人からその想いを聞いていた。


 意外なことに悠への嫉妬の気持ちはない。

 悠は頼りないが心優しい少年である――いや、だった。決して彼女を悲しませることはしない。そんな安心感があったためだ。


 それでもあきらめる気持ちにはなれず、中学一年生の今に至るまで、ずっと見守ってきたのである。

 一番の親友である鹿山は


「お前馬鹿だなぁ。諦めるなら諦める、伝えるならとっとと伝える方が楽だろうにさ」


 なんて言いつつも付き合ってくれている。

 蝶野は口下手な男だが、間違いなく交友関係に恵まれてはいるのだ。


「修平、どうしたんだ?」

「……なんでもない」


 少し先で怪訝そうな顔の愛子を、蝶野は慌てて追いかけた。





 店外に出てみれば、茜色の空が広がっていた。

 九月ももう終わり。

 随分と夕暮れが早くなった。


「銀もだけど、ずっと応援してくれたのに……悪いな、修平」


 ぽつりと愛子が漏らすので


「……いや、俺はいつでも応援してる」


 本心から蝶野はそう答える。


「でも、当分、恋愛はいいかな。……初恋は実らないってのは、本当みたいだ」


 彼女が言うのなら、彼はいくらでも待ち続ける。

 元より傷心の彼女につけ込むつもりはないのだから。


 まだまだ親友の計らいには答えられそうにない。

 蝶野は改めて思うのだった。

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