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五十六話 注目されては空恥ずかしい。

 どれほどそうしていただろうか。

 愛子が泣き止んで、悠はようやく周囲に目を向ける余裕が出来た。

 が、目を丸くするしかない。


 二人は、明らかに衆目を集めていた。

 当然である。


 落涙する女の子を必死に抱擁する女の子。その上、いつの間にやら悠まで涙を流してしまっていた。

 何やら青春の香りがぷんぷんと。


 声をかけるべきかと逡巡する男性や、生暖かい目で見つめる女性。


「百合か?」

「三角関係の縺れか?」


 なんて声までする。

 それもあながち間違ってはいない。

 極めつけは


「ママー? お姉ちゃんたち何やってるの?」


 小さな子から疑問が飛ぶ始末。

 悠は、それ以外にも様々な視線を投げかけられていることに気づくと


「お、お邪魔しました!」


 と愛子を連れて急いで屋上を後にした。





「……お、驚いたね」

「見世物じゃないのにな」


 息も絶え絶えで悠が言葉をかけると、愛子はにっと微笑んで見せる。

 どうやら落ち着いたようだ。


 見せかけだけかは悠に判断はつかなかった。それでも、少なくとも目の前の少女は自分よりずっと強いことだけは理解する。

 自分は上手く笑えているだろうか。

 少しだけ悠は不安になる。


「あのさ」


 二人はショッピングモール端の小さなベンチに腰かけていた。

 走り疲れた悠の申し出である。


「何? 愛子ちゃん」


 ようやく悠は目の前の少女を名前で呼ぶのに慣れてきた。

 ついつい、『い』の文字が出てしまいそうになるのだ。


「悠は、男に戻りたいとは思わないのか?」

「戻れたら戻りたいかな……。でも、いきなりどうしたの?」


 軽く答えながら、悠は缶ジュースを煽る。

 ベンチのすぐ傍にある自販機で購入したものだ。

 緊張状態から走りだしたこともあり、早くも悠は喉がカラカラだった。


 オレンジの酸味が口の中に広がり、微かな炭酸が舌を刺激する。

 ちくちくとした感覚を楽しんでそのまま飲み込もうとした瞬間。


「ミミのこと好きなんだろ?」

「ごほっ、ごほっ……!」


 思いもよらない言葉に、悠は盛大に苦しむこととなった。

 気管支に入り込んだ炭酸に噎せ返る。


「わ、悪い。大丈夫か?」

「う、うん。ちょ、ちょっと落ち着くまで待って……」


 吹き出さないだけ幸運だった。

 もしそうなれば、お気に入りのブラウスは見るも無残な姿になっていただろう。


 結局、悠が平静を取り戻すまでは数分を要した。


 そして


「えっと……ミミちゃんには、振られちゃったんだ。もう好きな人がいるからって」


 悠は掻い摘んであの日の出来事を説明する。


「……そうなのか?」

「うん。というか、愛子ちゃんは知ってたの?」

「そりゃ、見てればわかる」


 愛子はもごもごと口の中で呟いた。

 一番近くにいた女の子だし……なんて言葉も聞こえる。


 それほど自分はわかりやすかったのかと、悠は赤くなるしかない。


「もしかして、仲が悪かったのもそれで?」

「う……子供っぽくて悪かったな!」


 今度は愛子が朱に染まる番だった。

 そんな少女が微笑ましくて、悠はのほほんとしてしまう。


「ううん、僕も結構嫉妬深い方だし。昔、慶二がミミちゃんに近づくだけで嫌だったんだよ」

「なんか、意外だな。……ってそうだ。慶二だ。さっきお前たち何やってたんだ?」


 悠としてはなんとなく話題に出しただけだったのだが、思わぬ方向に矛先が向いた。


「何って……」

「二人でこそこそとしてたじゃないか。手、繋いでたように見えたけど」

「き、気のせいじゃないかな……! ゲームセンターで会った人たちの話をしてたんだよ」


 やましいことをしていたわけではないが、一つ話せば芋づる式に自分の素性も語ることになる。

 そう考えた彼女は慌てて、でっちあげる。


「ん。慶一さんの同級生らしいけど、それが何の関係があるんだ?」

「えっと……」


 悠は、幼馴染の恋愛関係を話して良いものか、少しだけ考え込んだ。

 そして慶一本人が話していたのなら問題ないはずと判断を下した。


「多分、慶一さんが自慢してた告白してきた女の子ってミミちゃんのことだと思う。……友達に自慢するぐらいなんだから上手くいってるんだよ」


 再確認して悠は安心。

 かつての想い人の――幼馴染の悲しむ顔は見たくない。

 そんな想いを込め、軽く説明しただけなのだが、愛子は項垂れてしまう。


「ど、どうしたの。愛子ちゃん?」

「なんか、あたし空回りしてたんだなって思うとすごく恥ずかしくなって……」

「……今度、謝りに行こうよ。僕も一緒に行くから」


 頭を抱え丸くなる愛子を見て、悠は慰める。


「いいのか?」

「うん。愛子ちゃんは友達だし、友達と友達が喧嘩してるのは嫌だよ」

「悠ぁ」


 愛子はうるうるとした目で見つめると、悠に抱き着いた。

 ちょっと突っ張ったイメージのある彼女だが、話してみれば随分と甘えん坊だった。

 もしかしたら、かつて好きになった男の子だからこそ、彼女は素直に弱い一面を見せることが出来るのかもしれない。


 多分、これがこれからの彼女との距離なのだろう。

 後頭部を撫でながら悠はそう思った。


 そして、きっと誤解が解ければ愛子と実夏はまた仲良くできる。

 元々は仲の良かった二人だし、心から謝れば実夏も許してくれるはず。


 悠としてはそれが一番望ましいのだ。

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