五十五話 彼女の想いは初々しい。
慶二から魔力供給――悠は声を押し殺すのに必死で、今までで最も辛いものだった――を受けた後のこと。
「それにしても奇遇だね。慶二たちも来てたんだ」
「あ、ああ……たまたまな。たまたま」
一切の疑いを持たず悠が訊いてみれば、慶二は後ろめたそうに答えた。
少し不思議に思ったものの、悠は言及することなく続ける。
「慶二があんなにくじ引き好きだって知らなかったよ。景品はもらえないのに、あんなにやりたがるなんて」
悠の言葉通り、あの後慶二は
「景品が欲しいだけなら別にあの人たちとくじ引きする必要はないだろ」
と言い出した。
景品は全て、男たちに与えるという約束をしてまでである。
悠としては誰が相手でも構わないのだが……。
強引に猪田を引っ張ったことは許せないが、彼らは十二分に反省を示していたためだ。
それに、蝶野を前に怯える様子で溜飲が下がったのも事実。
「でも、あの人たちもあれでよかったのかな……」
結果は四等と五等。
ハートマークのプリントされたクリアファイルと、似たような柄のポケットティッシュだった。
お世辞にも上等な品とは思えない。
しかし、彼らは満足そうに去って行った。
「これであいつを見返してやれるぜ!」
と自信満々で。
それが、彼らの思うような効果を発揮するとは、悠には到底思えなかったのだが。
「まあ、当人が満足ならいいんじゃねえか?」
呆れたように慶二。
悠も曖昧に笑い返すしかない。
すると
「悠、そろそろ行こう」
猪田が割って入ってきた。
先ほどから彼女はずっと不機嫌で、時折蝶野と慶二を睨み付けている。
「折角だから一緒に遊ぼうと思ったんだけど……駄目そうだね」
「いや、俺らは別に回るからな。今日は猪田を元気づけてやれよ」
それだけ言い残して慶二はそそくさと――まるで逃げるように――蝶野と立ち去るのだった。
背中に猪田の矢のような視線を受けながら――。
◆
「猪田さん、機嫌治そう?」
「……怒ってない!」
再び二人だけになったのだが、猪田のふくれっ面は変わらなかった。
よほど引っ張られた手が痛かったのだろうか。
「……あ、そうだ。聞きそびれちゃったけど、お願いってなんだったのかな」
「う……」
悠は話題を変えようとしたのだが、猪田は目を反らしてしまう。
話題選びに失敗したかも……と悠が不安になった瞬間。
「あ、あのな」
猪田は絞り出すように言葉を漏らす。
「うん。何でも言って?」
「あの、あたしのことも名前で呼んでくれ。猪田じゃなくて……ミミや仁田みたいに」
そのままぷいっと余所を向いてしまう。
なんだかその様子が可愛らしくて、悠は抱きしめたい気持ちに駆られた。
同性に人気があるわけである。
ちょっと突っ張った感じが、逆に愛らしい。
「う、うん」
とはいえ、悠としてはあまり女の子の名前を呼んだことはない。
小学校の頃ならまだしも、中学生になってからはどうにも仲のいい女子以外とは距離感が出来てしまった。
名前で呼ぶのは精々、仲のいい実夏と理沙ぐらいである。
そのため、若干の遠慮を孕んだまま答える。
「……愛子ちゃん」
「も、もう一回」
「愛子ちゃん?」
要望通りの二度目。
返って来たのは満面の笑み。
「えへへ」
なんて照れを含んで。
純粋無垢なそれを向けられては、悠としては眩しいことこの上ない。
ただ、名前を呼んだだけだというのに。
でも、この様子では明日からも問題なさそうだ。
これからは仲良くできるだろう。
なんて安心感を悠が覚えた直後だった。
「悠……約束通り、屋上に来てくれるか?」
昼食の時にした約束を思い出したのは。
◆
屋上に上がってみれば、幾つかの家族客が休憩を取っていた。
先ほどまで、ヒーローショーをやっていたらしく、子供たちが元気に駆け回っていてムードも減ったくれもない。
そんな状況。
入り口から少し離れた屋上の端で、一陣の突風が二人を襲った。
慌てて悠はスカートの裾を抑えたのだが、猪田は――愛子は仁王立ちのまま、悠をじっと見つめる。
そして、風が過ぎ去った直後のことだった。
「あたしは、悠のことが好きだ」
愛子は、真っ直ぐに悠へ視線を向け、告げた。
……悠は、頭が真っ白になってしまった。
何せ、告白されたことなど一度もない。
逆に告白したことはあるが、苦い結果に終わったのは一月前のこと。
「えっと、その……」
なんて答えればいいのか。
悠は困惑する。
そんな想定はしていなかったし、慣れてもいない。
これは、初めて向けられる明確な好意。
だが、目の前の少女を恋愛対象として見たことがなかったのも事実。
悠にとって、あまりにも唐突すぎた。
断るべきなのだろうか。
しかし、悠が思い出したのは、自分が実夏に告白を断られたときのこと。
実夏はばっさりと一刀両断したものの、言葉を選んでくれたのだろう。
それでも悠は多大なショックを受け、今の姿に変わってしまったのである。
出来ることなら、愛子を傷つけたくはない。
どう答えるか悠が逡巡していると――
「ごめん、好きだっただな……。今日一日過ごして、はっきりとわかったんだ。悠はもう女の子なんだなって」
断るまでもなく、過去形だった。
勿論、愛子としても簡単に割り切れるものではないのだろう。
しかし、彼女は自分の想いに決着をつけるかのように続ける。
「ずっと、悠が女の子になっちゃったのが受け入れられなかった。辛く当たったのもそのせい。ごめんな、酷い女だよな……」
愛子は言葉を紡いでいく。
それは、どこか懺悔に近いもの。
悠にはそう思えた。
「……でも、僕は少しだけ嬉しかったよ。僕のことを女の子じゃないって言ってくれたのは、愛子ちゃんだけだったから。男の子の僕をずっと見ててくれたんだよね? それに、今の気持ちもありがとう」
だから、悠は目の前の少女をぎゅっと抱きしめる。
背格好が同じぐらいなので、包み込む様にとはいかなかった。それでも寄り添うように。
「ふ、ふふぇぇん……」
そのまま頭をよしよしとしてやれば、愛子は、身を震わせて小さな嗚咽を漏らすのだった。