五十四話 思わぬ縁があるらしい。
「えっと……」
二人ともがスポーツをしているのか、がっしりとした体つきだった。
悠にとって見覚えのない二人である。
そしてそれは猪田も同様らしい。
「あの、どこかで会ったことありますか?」
「ないなぁ。ちょっとだけ一緒に来てくれるだけでいいんだよ」
「悪いようにはしないからさ」
「……もしかして、ナンパってやつか?」
馴れ馴れしい男たちに不愉快さを隠そうとせず、猪田が言った。
すると、彼らは口元に手を当てて考え始める。
「いや、違う」
「……でもそうなるのか?」
「あの、僕たち寄るところがあるので……」
その間に、適当に取り繕って悠が二人から離れようとすると
「頼む、本当に少しでいいんだ!」
強引に片方が猪田の手を引っ張った。
「うわっ、やめろよっ!」
同年代の女子に比べ、運動能力に秀でた猪田だが、決して年上の男に抵抗するだけの力はない。
小柄な彼女は、それだけで体勢を崩してしまう。
その光景に、悠の男の子の部分が少しだけ燃え上がった。
「やめてください! 嫌がってるじゃないですか!」
悠は、毅然として二人の間に割って入る。
――猪田と背格好が同じな分、少しだけ格好がつかなかったが。
兎に角、目に力を籠め、強気に睨み付ける。
そして――。
◆
慶二は走っていた。
遠目から、ベンチに座っている悠が見知らぬ男に絡まれているのを目撃したからである。
いや、それだけならまだいい。
悠はぐったりと、力なく背もたれにしな垂れている。
明らかに何かがあった。
その場に自分が居合わせなかった苛立ちと共に、駆ける。
「す、すんません、急いでるんで!」
道行く通行人にぶつかりそうになり、舌打ちが聞こえた。
謝りながらも速度は落とさない。
リレーの練習の成果か、驚くほどのスピードで突貫していく。
それと並走する影が一つ。
蝶野である。
彼も、男に絡まれている猪田の姿を見るや、慶二に負けじと飛び出した。
殆ど同速。
いや、むしろ慶二より早いかもしれない。
だが、二人にとってはどうでもいいことだ。
速度を落とさぬまま、男たちの間に割って入り
「何やってんだ、お前ら!」
「……いい度胸だな」
――そう怒鳴りつけた。
◆
さて、ベンチにもたれかかっていた悠だが、突如大きく響く足音に驚いて目を開けた。
足音の主は慶二。
そして、蝶野。
彼は、驚くべきスピードでこちらに突撃してくる。
「何やってんだ、お前ら!」
「……いい度胸だな」
そして、目の前の男たちに向かって叫ぶと、まるで自分たちを庇うように立ちはだかるではないか。
「悠、大丈夫か?」
「う、うん」
悠はほっと一息。
これで安心だ。
映画などの見よう見まねなのだろう。
ボクシングに似たファイティングポーズを取る慶二は兎も角、蝶野は拳を組み、ぼきぼきと鳴らしながら歩み寄る。
「……姐さんと悠に絡むとは」
重低音による脅し文句は、自分に向けられているのではないとわかっていても、竦み上がるほど。
向けられた男たちは
「ちょ、誤解だ!」
「話し合おう!」
なんて年下相手に情けなく悲鳴を上げる。
無理もない。
蝶野は、小学三年生のころから柔道を続けている。
元より才覚を秘めていたのだろうが、それにより鍛え上げられた彼の体躯は、顧問の教師と力比べで渡り合えるほどなのだ。
そのことを知っている悠は、男たちに同情しかけて――ハッと我に返った。
「ス、ストップ! 本当に誤解だから!」
二人を――特に蝶野は大変だった――宥めた後、悠は事情について釈明することになった。
「何があったんだ?」
そう問いかける慶二に、悠は耳元に口を寄せ――彼が少し赤らめていることに、彼女は気づかなかった――囁く。
「魔力切れでふらついたところを運んでもらったんだよ」
「……はぁ?」
悠は慶二に大体の事情を説明する。
◆
「やめてください! 嫌がってるじゃないですか!」
悠が二人を睨み付けた瞬間
「あ……」
一気に彼女の身体から力が抜けた。
――魔力切れである。
昨日の内に、慶二には一日分十分な魔力を供給してもらったはず。
だというのに、今の悠はガス欠寸前だった。
「お、おい、悠! 大丈夫か!?」
「ちょっと君!」
「俺たち、何もしてないぞ!?」
へなへなとへたり込む悠を前に、三人から困惑の声が上がった。
当然だろう。
割り込んだと思いきや、いきなり少女が倒れてしまったのだから。
「ご、ごめん。ちょっと腰が抜けたみたい……」
悠は適当に猪田に誤魔化すと
「ば、馬鹿。心配させるな!」
猪田は泣きそうな顔で抱き着いてくる。
地べたに座っている悠に合わせてなので、彼女もかがみこむような形だった。
「え、えっと……すまん。俺らも強引過ぎた」
「ベンチの方まで歩けるかい? そこで話をしよう」
手を伸ばす男たちを、猪田がきっと睨み付ける。
「あたしが運ぶ」
――それは無理なんじゃないかな。
なんて悠は思ったものの口には出さない。
しかし猪田は有言実行。悠に肩を貸すと、うんしょうんしょと連れて行く。
そうしてゲームセンターからベンチまでたどり着いたというわけである。
「怖がらせてすまない」
脱力した悠がベンチにもたれかかっていると、男の一人が頭を下げた。
「今日、カップルイベントでくじ引きがあるだろ? 俺らは、どうしてもその景品が欲しいんだよ」
「女の子に手伝ってもらいたかったんだけど、カップル客ばかりで良さそうな子が見つからなかったんだ」
お詫びにとジュースを買ってきたもう一人の男が、途中から話を引き継ぐ。
「なんでそんなもんが欲しいんだよ。虚しくなるだけじゃないのか?」
猪田はジュースに口をつけてから、不機嫌そうに尋ねる。
「そ、そんなこと俺たちだってわかってるさ」
「でも見返してやりたかったんだよ!」
二人とも思うところがあるのだろう。
情けなくも男泣きのような身振りを交えつつ語りだす。
「俺らの友達が、最近告白されたんだよ。年下の子だっていってたかな」
「毎日その自慢ばっかりされててな……俺たちだって、イベントに来てくれる女の子がいるって言い返したかったんだ!」
彼らはその一点だけで――勿論それで知り合った女の子と遊べれば万々歳だったらしいが――声をかけたのだ。
そう。
彼らは若干の乱暴は働いたものの、悠がグロッキーになったのは自分の体質が原因。
本当に誤解なのである。
◆
「なんだそりゃ……」
「ご、ごめん……でも、慶二が来てくれて助かったよ。あのままじゃ動けなかったから……」
悠は親友に心配をかけてしまい、心苦しい気持ちでいっぱいだった。
「それに、どうも他人事じゃないみたいだから」
「どういうことだ?」
慶二の顔には疑問符が浮かんでいた。
「……多分、その自慢してる人って慶一さんだと思う」
「ま、マジか……」
頭を抱える慶二。
それを見て、悠は力なく笑う。
「この人たち、高校一年生でサッカー部なんだって。しかも、慶一さんと同じ学校だって……推測だけど、結構一致してるし、あってると思うよ」
「……馬鹿兄貴ってこれから呼んでもいいよな? 一発殴るべきか?」