五十三話 ゲーセンは泥沼になりがちらしい。
悠たちがゲームセンターに着いたのは少し前のこと。
祝日ということで、店内はそこそこ混んでいた。
加えて、本日は男女カップルであれば景品がもらえるらしい。
他にもガラガラによるくじ引きなど。
自然と、客足も増えるというわけである。
とはいえ残念ながら、今の悠と猪田には関係のないことだった。
◆
さて、今回、悠は自分に課した枷があった。
それは、両替した千円以上は使わないというルール。
苦手なゲームでも、対戦すればついつい熱が入ってしまう。
知らず知らずのうちに財布が薄くなってしまうのはよくあること。
経験の少ない悠なら尚更。
だから、まず限度額を設定したのである。
しかし、両替機で手に入れた残弾は、すでに心許なくなっていた。
思いのほか、リズムゲームに熱中してしまったためだ。
まず二人が向かったのは対戦型ゲームのコーナー。
格闘ゲームやレースゲームなど、一プレイで転々としていったのだが、一度たりとも悠は猪田に勝てなかった。
悠はゲーマーではあるが、どちらかといえばRPGやシミュレーションゲームを好む。
理由は、複雑な操作だとパニックになってしまうため。
具体的にはLとRがどちらのボタンだったかがわからなくなる。
一日の長は猪田にあったのだ。
しかし、今回、唯一好勝負を繰り広げたジャンルがあった。
それがリズムゲーム。
太鼓を叩いてスコアを競うタイプである。
直感的で、複雑な操作を必要としないこれならば、経験の差をある程度補える。
リズム感では悠に分があるが、反射神経では猪田の方が上。
実力伯仲。
悠が勝てば、猪田も負けじと全力で対抗し、逆もまたしかり。
結果、小銭はあっという間――といっても体感時間で、時計を見れば随分と経ってしまっている――に消えてしまったというわけだ。
「楽しかったね」
「うん」
悠が猪田の顔を見ると、彼女は晴れやかな顔をしていた。
狙い通り、気晴らしには成功したらしい。
「でも、悠がこんなに勝負ごとに熱くなるなんて、意外だったかも」
「そうかなあ……」
悠が曖昧に答えると、猪田は無言でこくり。
「僕だって、負けん気ぐらいあるよ? それに、もしかしたら、ゲームだからかも。ゲームだと負けても誰も傷つかないし」
「なんか、後の方は悠らしいな」
――僕らしいってなんだろう?
悠は何気なく言われた言葉に首を傾げながら
「そろそろ、クレーンゲームしよっか」
そういうと、猪田も頷いた。
実は、悠は最初にクレーンゲームがやりたいと申し出た。
しかし、景品が嵩張るといけないと猪田が告げ、後回しになったのだ。
二人は入口近くにあるクレーンゲームの乱立地点に向かうことにする。
◆
乱立地点に辿り着いてみれば、悠は思いのほか目移りしてしまった。
ヒーローとロボットのフィギュアやぬいぐるみ、お菓子など、景品は様々。
「色々あるね……」
だけど、取れるのだろうか?
どれも配置に癖があり、中々難しそうだ。
そう思った悠は不安げ。
「そうだな、あたしは得意だから、言ってくれればなんでも取ってやるぞ」
それを見て猪田は自信満々に答える。
大きく胸を張るのが悠には微笑ましい。
「ありがとう、猪田さん。でも、まずは自分でチャレンジしてみたいな」
「……それもそうか」
やんわりと断ると、猪田はちょっと不満そう。
ますます可愛らしいと悠は感じるのだった。
◆
悠が狙いを定めたのは、世界的に人気なネズミのキャラクターのぬいぐるみだった。
ふかふかして抱き心地が良さそうだったのもあるが、今回出かけた記念に猪田にプレゼントするのも悪くないと考えたためである。
しかし、空振り。
アームをタイミング良く動かそうとするのだが、どうにもズレてしまう。
気を取り直してもう一度。
が、失敗。
これを四回ほど繰り返し、ついに悠は残弾を全て撃ち尽くした。
――両替しようかな。
悠はそんな甘い誘惑に負けそうになり、自分を戒める。
次こそは取れる。
取らなきゃ使ったお金が無駄になる。
これこそが、破滅へと導く思考なのだ。
「交代するか?」
「……うん、お願い」
こうなれば後を託すしかない。
祈りを込めて悠が席を譲ると
「あの、悠。もし取れたら、お願い一つ聞いてくれるか?」
もじもじしながら猪田が告げてきた。
「え、うん。いいよ。
「よし! 頑張るからな!」
猪田はガッツポーズと共に、操作ボタンへと体を向ける。
悠は彼女のテンションの上がりっぷりに面食らうしかない。
何を頼まれるのか気になってしまい
「……流石に無茶なのは無理だけど」
と付け加えると
「た、多分大丈夫だと思う」
猪田は恥ずかしそうに答えた。
さて、一回目のプレイである。
猪田は手馴れた手つきでボタンを操作していく。
若干癖のあるアームを、繊細に獲物に突きつけ――
「――取れたぞ」
悠が拍子抜けするほどあっさりと、渦中のぬいぐるみは彼女の手元にやって来たのだ。
◆
「うーん。猪田さんがお金出して取ったんだから、猪田さんが貰うべきじゃないかな」
ネズミのぬいぐるみを手にした悠は、猪田に手渡しつつそう言った。
元々はプレゼントしようと選んだ景品なのだが、その相手に取って貰ったのでどうにも格好がつかない。
「む、これは悠のために取ったんだから、素直に貰ってくれ」
しかし、猪田も譲らない。
すぐに悠の方へと突っ返す。
「今日、一緒に遊んだ思い出に、って思ったんだけど」
「なら尚更、あたしは悠に持っていて欲しい。……それに、代わりにお願い聞いてくれるって言ったじゃないか」
反論を制止するように、猪田がぴしゃりと言えば、悠には返す言葉もない。
「じゃあ、猪田さん。お願いを教えてくれる?」
「あ、ああ。それは――」
彼女が望みを告げようとしたタイミング。
その瞬間、それはやってきた。
「君たち、二人だけ?」
「ならちょっと付き合ってほしいんだけど」
現れたのは、悠たちより随分背の高い――恐らく高校生ぐらい――の男二人だった。