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五十二話 多分これは何かの兆し。

 昼食に向かった悠たちだったが、ここで若干意見が割れてしまった。


 猪田が、『ヴィステリア』――夏休み、悠が二度訪れたカフェだ――を希望したからだ。

 彼女は、以前から一度は行ってみたかったと言う。


 しかし悠は難色を示した。

 元はといえば、猪田を励ますためのものである。

 悠としても出来る限り願いを叶えてあげたい。


 だが、切実で已むに已まれぬ事情があった。

 だからこそ心苦しくも反対したのだ。


「ごめん、あんまりお金ないんだよね……」


 悲しいことに、悠のお小遣いは疾うに尽きている。

 まだ少しばかりの余裕はあるが、ゲームセンターで散財するだろうし、帰りの電車賃のこともある。


 猪田としても、そういわれてしまえば返す言葉はない。

 結局、二人が向かったのはリーズナブルなファミレスだった。





「ご、ごめんね?」

「いや……元はといえば、予定がなかったのに来てもらったんだ。文句は言わねえよ」


 猪田は男前に答える。

 服装といい、元の性別と正反対な気がする。

 なんて悠は考えつつも、申し訳なさそうな顔。


「……なら、アイス奢ってほしい」

「うん、それぐらいなら大丈夫。あ、店員さん来たね」


 悠はAセットを注文した。

 ハンバーグとスープ、サラダのオーソドックスな組み合わせ。

 パンとご飯は選択式である。


 猪田はパスタセット。

 ハンバーグと主食が消えてパスタになること以外は、悠のAセットと大差ない。


「デザートにアイス二つをお願いします」

「お味はどうなさいますか?」

「僕はストロベリーで」


 悠が追加注文したというのに、猪田はだんまりだった。

 何か考え込んでいる。


「……猪田さん?」


 そう悠は気づいたものの、悪いとは思いながら呼びかける。


「あ、ああ。悪い。あたしはチョコレートで」

「承りました。確認いたしますね――」


 朗々と店員が注文内容を読み上げ、二人が肯定すると、店員は立ち去った。

 それからすぐに


「……悠もデザート食べるんだな」 


 猪田が訪ねてくる。


「え? ……うん」

「悠って、甘いもの好きじゃなかったような記憶があるんだけど。アイスにしても抹茶とか、ビターな感じ食べてたよな」

「……少し前まではそうだったかも」

 

 彼女は複雑そうな顔だった。

 悠としては、保健室での出来事といい、よく覚えているものだと感服するのだが。


 確かに悠は、夏にアイスを食べる時も甘すぎないものばかりを選んでいた。

 例に挙げられた抹茶の他にもチョコレートなんかが好み。


「もしかして、女の子になってからか?」

「そう、だね。結構味覚も変わったと思う」


 流石の悠もその程度は自覚している。

 以前は甘いものを食べすぎると胸やけを起こしたのだが、今では大分耐性がついていた。

 むしろ、定期的に欲しくなることすらあるのだ。


「……なあ、悠。女の子になって、良かったと思ってるか?」

「うーん。お菓子が好きになったのは……嬉しいかな。今までは、ミミちゃんにあげたりしてたし」

「そういうことじゃなくてさ」


 猪田はどこかもどかしげだった。

 だが、悠には彼女が何を求めているのかわからない。

 なので、思ったことを正直に答える。


「みんな、よくしてくれてるし、そこは嬉しいかな。怖がられてもおかしくなかったのに。それに、いつ戻れるかもわからなくて不安だったから。……でも、良かったかな、って思うこともあるよ」


 良かったというのは、実夏との仲直りを含めて。

 もし男の子のままだったら、あのまま顔を合わせることから逃げていたかもしれない。

 そういう意味では、美楽のショック療法的なやり方に感謝するべきかもと悠は思った。


 思いの丈をぶつければ、また猪田は難しそうな顔。


「――なあ、悠。後で大事な話があるから……、ゲーセン行った後でいいから屋上でも来てくれるか?」

「いいけど……」


 何かを思い出す展開だった。

 ――どうして?

 と続けようとして


「お待たせしました。Aセットのお客様は……?」

「あ、そっちです」


 昼食の準備が整ったようだった。

 そのままパスタセットも運ばれてきて、悠は追及のタイミングを逃す。


「何してるんだ? 食べようぜ」

「……うん」


 少しの気まずさを残したまま、促されるまま悠は箸をつけた。





 一方そのころ、慶二たちは――


「いねーじゃねーか!」


 悲しいほどあっさりと悠たちを見失っていた。

 思わず、鹿山が突っ込みを入れている。


 悠たちが長々と試着を続けるので、退屈になって目を離しているうちに、二人はどこかに行ってしまっていた。

 それに、男三人で女性服の店を凝視するというのは、中々痛々しい光景だった。


 自然と雑談の流れとなったのだが、早々に話題が尽きる。

 蝶野はあまり口数が多くなく、慶二も特定の人間以外とは話が弾まない。

 鹿山だけが話しているような状況になったのは、無理のないことである。


 それに、話題のチョイスがよろしくなかった。


 あろうことか、鹿山は


「ハーレム気味の慶二くんは、誰が本命なん?」


 などと言ってきたのだ。

 男三人でコイバナである。


 ――女子かこいつは。


 ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。

 はったおしたい気持ちを抑えつつ、慶二は出来る限り穏便に返すことにする。


「別に誰でもねえよ」


 それでも、少しの仕返しを決めて付け加えた。


「……そういうお前らはどうなんだよ。猪田のこと好きだったりするのか?」


 しかし、鹿山は涼しげな顔。


「俺はちげーよ、俺はな。……ま、そういうこと」





 それから、心当たりがあるという蝶野に従い、三人はこじゃれたカフェに向かった。


「……確か、姐さんはここで食事をしたいって以前言っていたんだが」

「はずれかー。お前にも当たらないことあるのな」

「……」


 慶二はそんな鹿山と蝶野を見つめつつ


 ――いた方が怖いと思うんだが。


 と一人ごちた。

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