五十話 親友といえどいかがわしい。
次の日、猪田は学校を欠席した。
大事はないと担任の木戸は説明したものの、クラスの動揺は激しかった。
明後日は秋分の日で休み。
もうあまり練習の時間はない。
「もしかしたら代走の人も考えておいた方がいいんじゃない?」
朝のホームルームが終わり、誰かがそんなことを言うと、ざわざわと波紋が広がっていく。
やれ、誰々が速い。
責任を考えると嫌だ。
なんてそれぞれが好き勝手に呟いていく。
「待ってくれよ!」
そんな教室に、声が響き渡る。
鹿山である。
彼は、自分に注目が集まるのを確認すると
「いや……まだ、日はあるんだし、変なこと考えなくてもよくね? 俺も見舞いに行くし、そのときにちゃんと様子見て来るからさ」
少しおちゃらけながら――緊張を解きほぐすように言った。
◆
「鹿山君……」
ざわめきが収まって少しすると、悠は鹿山の元に向かった。
心当たりがあるからだ。
結局、昨日は猪田の話を聞いてあげられなかった。
勿論、避けた猪田の責任の方が大きいのだが――そんなやましさが彼女にはある。
「あの……」
しかし、鹿山は手で静止した。
「なんとなく、察しはついてるからよ。大丈夫だって。もしかしたら悠にも協力してもらうかもしれないけど、そんとき言うわ」
普段の軽さはどこへやら。
真面目にそういう答えると、悠は自分の席へと返されてしまった。
「理沙ちゃん、どう思う?」
なので近くの席である理沙へと問いかける。
昨日の様子を見れば、彼女が何らかの推測を立てていることは明らか。
ならば指針になるだろうと考えてである。
「そうですね……私も、何か協力した方がいいかもしれません」
悠へ詳しい説明はなかったが、明後日の用事を開けておいてほしいとだけ、理沙は告げたのだった。
◆
翌日、猪田はちゃんと出席したが、物憂げな表情のままだった。
悠としては気になって仕方がないが、中々話しかける機会がないことに変わりはなかった。
ようやく意を決し、頬を叩き気合を入れたタイミング。
そんなときである。
「悠さん」
「り、理沙ちゃん、どうしたの?」
理沙の呼びかけに気合は霧散してしまった。
「言った通り、明日の祝日の予定は開けていてくれましたか?」
「う、うん」
それより早く猪田に話しかけねば。
そう悠は考えるのだが、中々理沙は離してくれない。
「その日、猪田さんとお出かけ――デートして元気づけることにしましょう」
◆
時間は遡り、猪田が休んだ日の放課後。
「では、対策会議を始めますね」
「よろしく~、理沙ちゃん!」
放課後。
空き教室に四人の少年少女が集まっていた。
その中に慶二の姿も。
リレーの練習が終わり、部活に向かおうとしたところ、たまたま理沙を見つけ参加したのだ。
猪田が休みということで実夏が二人分走ったのだが、今までのタイムを大幅に上回っていた。
何とも言えない気分になりながら、慶二は席についている。
「えっと、大まかな事情を察してる人は何人いるんでしょう?」
手を挙げたのは慶二以外の全員。
鹿山、蝶野、そして言い出しっぺの理沙。
――また俺だけ仲間はずれか。
少しむっとしながら、慶二は理沙を睨み付ける。
「……それなら、慶二さんは部活に行ってもらってもかまいませんけど」
「いや、一応聞かせてくれ。というか、ミミはいなくてもいいのか? あいつもリレーの選手だし」
「ミミさんは当事者の一人ですから。それに、ここにいる方がややこしくなりそうなので」
理沙の言うことは不明瞭で、慶二にはよくわからない。
当事者とか、何の話なのやら。
「一応、プライバシーに関わるのでぼかしますね」
慶二一人に対する配慮らしい。
彼としては何とも居心地が悪い。
「猪田さんが欠席をした原因が悠さんとの関係にあるかもしれないので、仲直りさせよう――そういうお話です」
「待った。なんでそれでミミが当事者なんだ?」
「ミミさんと猪田さん、昔――私が転校する前から仲が悪いのは、当然知ってますよね? 多分、その原因が悠さんにあるので、今回一緒だと少しこじれることになりそうなんです。それが片付けば、追々といったところですね」
理沙は不敵な笑みだった。
このあたり、慶二が彼女のことを苦手な理由の一つかもしれない。
「適当な理由をつけて、今度の祝日に二人でおでかけもらいます。鹿山さん、蝶野さん、お見舞いのとき、それとなく猪田さんに伝えてもらえますか?」
「りょーかいりょーかい」
鹿山は鷹揚に頷く。
しかし蝶野は渋い顔。
「逆に喧嘩になったりしないのか?」
「元々幼馴染みたいですし。そもそも、猪田さんは悠さんのことが嫌いってわけじゃないんですよ」
雑すぎやしないかと慶二は不安になったのだが、理沙はきっぱりと否定した。
何やら勝算があるようだった。
だが、それだけで納得のいくわけではない。
二の句を継ごうとしたところ
「……なら、俺も着いていく」
ようやく、蝶野が口を開く。
重苦しい響き。
「いや、お前がついてってどーすんだよ」
相方である鹿山もあきれ顔。
理沙も同様である。
「……心配だ」
しかし、慶二はその言葉に共感を覚える。
悠は先日倒れたばかりなのだ。
同じことがいつ起きないと誰が言える。
休日の分、魔力を少し多めに供給する予定だが、いつそれが切れるともわからないのだ。
「俺も蝶野と同意見だ。バレるのが駄目なら、隠れてついていこうぜ」
視線をやれば、賛同者の登場に蝶野は頷いていた。
そのまま慶二はがっしり握手。
ここに新たな友情が生まれた。
「……慶二さん、いつかストーカーにはならないでくださいね」
ついでに心外な理沙の言葉は無視することにする。