五話 家族は癒し。
本日二話目です。
家族会議が終わり、悠は自室に戻ろうとし――
「ちょっと、悠、待ちなさい」
母に呼び止められた。
「……な、なに? お母さん」
内心、心当たりがあるので、悠の声は震えている。
「お風呂。今日は一番に入りなさい」
「い、いや。僕は今日疲れたから……いいやって……」
「駄目よ、今日は出かけて汗臭いでしょ。早く来なさい!」
有無を言わさず、美楽は悠を引き摺っていく。
「やだー! は、裸を見るのは無理だよ~」
もしかしたら、普通の男子中学生であれば喜んで裸体を撫でまわすのかもしれないが、悠には無理だった。
彼――いや、彼女は純情だった。
例え自分の裸身であっても、頬を染め、直視を避けるだろう。
「自分の裸ぐらい気にしないの! それでどうやって生きていくつもり?」
母は娘に対してスパルタだった。
◆
「えぐっえぐっ……」
風呂上り。
上気した肌に、男だったころより少しだけ長くなった髪を貼りつかせ、悠は咽び泣いていた。
服装はパジャマ。丈が合わないので、裾を折ることで何とかごまかす。
「もう、お婿にいけない……」
「今のところあんたが行くのはお嫁よ」
初日ということで、母と一緒に入ることになったのだ。
結果、髪や体の洗い方――無駄毛の処理など、厳しく指導が入った。
悠にとってこれは、自身の肉体が女に変わったことを認める必要があり、かなりの精神的苦痛を要した。
「ふぅ……、いい加減にしなさい!」
いつまでもめそめそする悠に、美楽の一喝。
「だ、だって……」
「だってもへちまもない!」
美楽は口答えを許さない。
「女の子になったのは、あんたが望んだからでしょ! 最低でも自分の身の回りぐらい、自分で出来るようになりなさい!」
「う~……」
反論の余地がない。
この状況は、自分の情けない心が生んだのだと悠はどこか確信している。
もし、あの場で逃げ出したりしなければ。
現実逃避に身を任せなければ。
後悔先絶たずとはいうものの、悠は強く悔やんでいた。
「それにね。男の子に戻ったとしても、いつ同じことが起きるかわからないのよ? もしそうなったとき、悠はまたメソメソ泣くの?」
「……泣かないもん」
一転して優しい声色になった美楽に、子供のように返す悠。
美楽は苦笑すると
「だから、ちゃんと現実を受け入れなさい。いつまでも私たちがいるとは限らないんだから。さっ、髪を乾かしてもう寝なさい」
「うん……」
悠はふらふらと洗面所へ向かう。
「明日。男の子になってるといいわね」
「……本当に」
こうして、一間家の夜は更けていった。
◆
翌日。
自然と目覚めた悠は、起き上がり鏡を見る。
姿は――
「戻ってない……か」
両親からそう告げられていたとはいえ、実際に見るとショックは大きい。
鏡に映る少女が涙目になったのに気づき、ほっぺたをぱちんと叩き、気合を入れなおす。
……結果は逆効果だった。
「い、いひゃい」
悠は目尻の涙を拭うと、リビングへと向かった。
一階では両親が朝食の準備をしていた。
「おはよう、悠。……戻らなかったみたいね」
「おはよう、お母さん。残念ながら、ね」
「悠、今日は早いね。朝ごはんを食べながら、今後のことについて相談したいんだけどいいかい?」
普段、悠が起きる前に平電は出勤してしまうことが多い。
夏休みとはいえ、受験生の夏期講習など、講師の仕事は山積みなのである。
「うん、お父さん。僕も気になってたんだ。戸籍とか、どうするの?」
キッチンに向かい、トーストとサラダ、目玉焼きを乗せたベーコンを取ると悠は配膳していく。
とりあえず一晩眠って頭の整理はある程度できた。
もう情けなく取り乱すことはないはずだ。
目下の問題は、家の外をどう過ごすかである。
もし夏休みが終わるまでこのままなら――学校という問題も生じてくる。
「あら、悠。昨日の話を聞いてなかったの?」
父が答える前に、母が割り込んできた。
「どういうこと。お母さん……?」
「異世界人の私たちに戸籍があるわけないじゃない。元々偽造なのよ。性別ぐらいなんとかなるわ」
「ほえ?」
いきなりスケールが大きくなったのは気のせいだろうか。
「ははは、お父さんは魔法使いだからな。なんとでもなるさ」
父はどこか自慢げ。
――それ犯罪だよね!?
悠は突っ込みたい衝動に囚われるが、おかげで助かるのも事実なので口を噤む。
「多分、女の子に変わったことで問題が起きないかって心配しているんだろうけど、僕の魔法である程度なんとかなるよ」
「本当!?」
これほど父が頼りに思えるのは久々かもしれない。
悠は、つい抱き着きそうになるのを堪えた。
「流石に、悠が最初から女の子ってことには出来ないけどね」
「ここら一帯の人の意識を、『いきなり性別が変わるのは、ありえないことじゃない』ぐらいの認識にずらすのよ。それ以上すると、自我が崩壊しちゃうわ」
――さらっと恐ろしいことを聞いてしまったような……。
見ざる、言わざる、聞かざるの精神だと悠は自分に言い聞かせる。
「後の問題は、勉強だと思って自分で解決なさい。悠、負けちゃだめよ」
「悠は強い子だって、僕たちは知ってるからね」
両親の信頼が、今は何より心強い。
悠がトーストに噛り付くと、胸ポケットのスマホが唸りを上げた。
バイブレーションである。必然的に布越しに乳房が揺すられる形になり
「ん……」
と悠は小さく悶えた。
「いいわよ、見なさい」
いつもなら食事中のスマホは厳禁なのだが、今日は珍しく許可が出た。
――そういえば、帰ってから一切触ってなかったなあ。
スマホの待機画面を見れば、受信通知とメールの山だった。
慶二と実夏、二人のものである。
「あ……」
自分のことばかりで、二人のことをすっかり忘れていた。
異常事態だったとはいえ、二人に心配をかけてしまったのは事実である。
悠は強く反省し、まずは慶二のメールを開くことにした。
最初は
『どうだった?』
から始まり、数時間後から
『……駄目だったのか?』
と心配するものへと変わっていく。
そして、今朝来たメールはこれである。
『三十分後向かうからな!』
「ど、どうしよう!?」
誓いはどこへやら。
早々に悠は取り乱し始めた。