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四十八話 よくわからないけどショックらしい。

 カーテンを閉じたままベッドで横になっていると、扉の開く音がした。

 時計を見れば、まだ四時間目は終わっていない。

 悠は、安本が戻ってきたのだと思った。


 どうしても鈍痛が我慢できないと感じた悠は、身を起こして話しかける。


「先生、やっぱり先ほどの薬、頂けますか?」

「……ん?」


 怪訝そうな返事。

 明らかにその声は安本のものではなかった。

 中学生の女子の声。


 聞き覚えのあるそれが気になった悠はカーテンを開け、確認することにした。


「……悠か」

「猪田さん?」


 そこにいたのは膝小僧を抑えた猪田。

 血が滲んでいる。多分すりむいたのだろう。


 猪田の瞳は、じっと悠を見つめていた。


 ――大丈夫?


 と悠が声をかけるより早く


「悠、大丈夫なのか?」


 猪田の口から似たような言葉が飛び出す。


「う、うん」

「……倒れたときは焦った」


 悠は意外に感じた。

 ここ数日――気持ちはわかるものの――敵意をむき出しにしていた少女である。

 だというのに、彼女は安堵からか目の前で胸をなで下ろしている。


「心配してくれるんだ」

「はぁ? するに決まってるだろ、馬鹿か!」

「あ、あはは」


 叱られてしまった。

 確かに不躾かもしれない。


 そう考え、悠は苦笑い。


「猪田さんは、大丈夫?」

「ん……。こんぐらい、屁でもねえよ。ちょっと血が出ただけでうるさいから」


 猪田が暗に示したのは、同級生の女子のことだろう。

 彼女は言動に反して、マスコット的な可愛さがある。

 恐らく、当人は授業を続けたいのに騒がれたのだ。


 勿論それだけではない。

 猪田はリレー代表の一人である。

 もう間もなくだというのに、問題があってはならないと考えた生徒が多かったらしい。


 何人か付き添いを希望する女子もいたのだが、強引に断ったと猪田は語った。


「だけど消毒液とか、どこにあるのかわからなくてな。あんまり、あたしは保健室いかないから」

「僕も。でも、さっき先生と話してたから、少しぐらいならわかるかも」


 猪田に座っているよう言うと、悠は戸棚を物色し始める。

 しかし、あまり背の高くない悠には上の方まで手が届かない。

 見かねたのか猪田が


「あたしも探そうか?」


 と申し出た。

 

「ありがとう。でも猪田さんは休んでて」


 ……猪田と悠の背丈にそう差はないのだ。

 あまり頼りにはならない。


 程なくして目当ての品が見つかり、ついでに絆創膏も手に入れた。


 手渡すと、猪田は蓋を外すものの、おっかなびっくりといった様子。

 多分、滲みるのが怖いのだろう。

 悠は見ていられなくて


「手当しようか?」


 そう申し出た。





 椅子に足を乗せた形の猪田に、悠は


「滲みるよ」


 と前置きして消毒液を含ませた脱脂綿を近づける。


「一々言わなくていいよ!」

「ご、ごめん」


 勝気な瞳で睨み付けられた悠が怯んだのに気づいたようで、猪田は


「こっちこそ、悪い」


 とすぐに謝った。

 手当再開である。

 悠は、今度は無言で脱脂綿を傷口にやる。


「痛ぅ……」

「……終わったよ」


 そのまますぐに絆創膏を貼り付け、悠は猪田にそう言った。


「ありがとう」

「ううん。大したことはしてないよ」


 すると猪田は一礼。

 大袈裟だと思った悠は首を振る。


「――小学一年生のとき、同じことがあったな」

「……え?」


 唐突な思い出話だった。

 しかし、悠には心当たりがない。


「入学したばかりの頃だよ。運動場で怪我したあたしを、手当てしてくれた」


 そんなことあっただろうか?


 悠の頭に浮かんだのは疑問符。

 確かにあのころ、猪田と実夏は仲が良く一緒に遊んだことはあるが、思い出せなかった。


「もしかして、忘れてるのか?」

「ご、ごめん……」

「いや……大したことじゃないからいいんだ」


 猪田は目を伏せる。

 とても悲しげで、悠には言葉通りには思えない。


 数秒ほどの沈黙。


「そういや、さっき薬がどうのこうのって言ってたよな」


 それを破ったのは猪田だった。

 出来る限りの明るい声を出すよう意識しているのかもしれない。


「う、うん」

「どんな薬なんだ? お礼に、あたしも探すよ」

「え、ええっと」


 悠はつい躊躇った。

 女の子とはいえ、初潮について話すのは恥ずかしい。


「何でも言ってくれよ。恩は返したい」

「じ、じゃあ。鎮痛剤を」

「……そんなに酷いのか!?」

「え、ええっ?」


 途端に身を乗り出して聞いてくるのだから、悠は困惑してしまった。


「頭とか、痛むのか!? あたしがもっと上手く支えられれば……!」

「ちょっと待って! 違う、大怪我したわけじゃないから! じゃなきゃ、猪田さんを手当てなんて出来ないよ」


 何故だか悠が宥める側に回っている。

 薬について相談していたはずなのに。


「じゃあ、どうしたんだよ」

「……」


 これは言うしかない。

 悠は覚悟を決めた。


「せ、生理痛だから……」





 悠の言葉を聞いた猪田はぽかーんと口を開けていた。

 そんなにショックなことだろうか。


 悠は先ほどまで言い渋っていたことも忘れて心配になった。


「生理……来たのか?」

「う、うん。多分」


 実は安本のレクチャーの後、悠はトイレに行って確認している。そして生理用品を装着したのだ。

 少し普段とは違う感覚に、どうにも戸惑いがちな状況。


「……そっか。悠は、もう女なんだな」

「え……」


 猪田の声は震えていた。


「なんか、あたし馬鹿みたいだ」

「ど、どういうこと!?」


 何故自分に生理が来たことで猪田が泣くのか。

 悠にはてんでわからなかった。


「悠。聞いてくれるか?」

「……うん」


 とりあえずまずは事情が知りたい。

 そう考え、悠は頷いた。


「あのな。えっと……あたしは」

「……」


 猪田は口をもごもごさせたまま動かない。

 その様子に見覚えがある気がして、悠は記憶を探ろうとした。

 しかし、猪田は意を決したようで、その時間は与えられない。


「あたしは、昔からお前のことが――」

「あら、どうしたの?」 

「うわぁぁぁっ!」


 背後から声がかかり、猪田は飛び退いた。

 安本である。

 どうやら用事を済ませ戻ってきたところらしい。


「あ、怪我したのね?」

「だ、大丈夫です! 悠に治療してもらいましたから!」


 恐ろしいほど迅速だった。

 猪田はそれだけ告げて


「授業に戻ります!」


 と脱兎のごとく駆け出していく。


「……もう五分もせず四時間目終わっちゃうのにねえ」


 安村の呆れた様な声に、悠は乾いた笑いで応えるしかなかった。

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