表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/104

四十七話 僕は本当の意味で“女の子”になったらしい。

 悠が魔力の供給を少なめにするようにしてから、何事もなく二週間が過ぎた。

 ――あくまで何事もなくというのは表面的な出来事でしかなく、悠は魔力切れギリギリのままだったのだが。


 そんなある日のこと。

 目覚まし時計が鳴るよりも早く、悠は覚醒した。

 しかしその目覚めはすっきりとした爽やかなものではなく、苦痛を伴うものだった。


 悠が朝起きてまず感じたのは腹部の鈍痛。

 顔を顰めながら起き上がると、吐き気が込み上げてくる。

 手すりにもたれかかるようにして何とか下へ降りると


「あら、早いわね」


 足音で気づいたのだろう。

 悠の方に視線をやることなく、美楽が挨拶。


「……おはよう。目、覚めちゃって」

「悠、顔色悪いわよ……?」


 美楽は振り向くと、開口一番そう告げた。


「うん……、ちょっと、身体怠いかも。……顔洗ってくるね」


 悠はそう返すと洗面所へ向かう。

 すると母の表情の原因がすぐにわかった。

 鏡に映るのは青ざめた少女。

 今にも倒れそうで、一瞬幽鬼が映っているのかと思ってしまったほど。

 

 ――風邪、引いちゃったのかな。


 体育祭までもう一週間ほどだというのに。

 そのとき、悠が心配していたのは自分の体調ではなく、クラスへの迷惑だった。

 もしかしたら魔力切れが原因なのかもしれない。

 だとしたら、すぐに治るだろう。

 そんな楽観的観測を含めてのことだった。


 時計を見れば、慶二が迎えに来る時間だった。

 悠は朝食に殆ど手を付けることなく玄関へ。


 事情を説明して少しだけ魔力を分けてもらった悠だが、体調が回復することはなかった。

 それでも、少しだけ楽になったのは事実。


「ありがと、慶二」

「いや……無理はするなよ」


 身を案じてくれる幼馴染に、悠は顔を綻ばせた。

 心配ない。

 そんな想いを込めてのものだったのだが、それが逆効果だとは彼女は気づかない。


 非常にその笑顔は弱弱しく、むしろ不安を掻き立てるものだったからだ。





 結局、その日悠が慶二と登校することはなかった。

 見かねた美楽に車で送ってもらったためである。


 理沙の家庭ならいざ知らず、美楽がそこまでしてくれるのは珍しい。

 悠は、よほど体調が悪く見えるのかと逆に不安になってしまった。


 そして三時間目。

 ここまで騙し騙しやってきた。


 四時間目は体育なのだが、流石に今日は見学で済ませてもらおう。

 そんな予定を頭の中で立てながら、悠は椅子から立ち上がり――視界がぼやけた。


 地面が歪む。

 地震だろうか。

 一瞬そう思い、揺れているのは自分の視界だけだと悠はすぐに気付いた。


 慌てて何かに掴まろうと伸ばした手は空を切り、悠は意識を失った。





 次に悠が目覚めたのはベッドの上だった。

 穏やかな風が窓から入り込んでカーテンを揺らす。


「あら、起きたのね」


 優しげな声だった。

 悠は記憶を辿り――彼女が保険医だと思いだした。確か、名前は安本。

 運動音痴な悠だが、その分運動をしないので保健室にお世話になることは少ない。

 たまに友人が怪我をしたときぐらいしか訪れる機会がなかったのだ。


 随分と気分は楽になっていたが、腹部の鈍痛は収まらない。

 それでも悠は無理に身を起こそうとして、安本は手で制した。


「あなた、気を失ったのよ。大慌てで男の子が運んできて、吃驚しちゃった。付き添いの女の子が三人いたけど、四時間目が始まるからって戻ってもらったわ」


 恐らく、慶二と実夏、理沙のことだろう。

 悠の心の中に、申し訳なさと心配してもらえる嬉しさ、二つの感情が湧きあがる。


 しかし女の子が三人。安本はそう言った。

 残念なことに、悠に心当たりはいない。

 一香のことだろうか。

 ここ数日、応援合戦で同じグループなのもあって話す機会が増えていたのだ。


 ハイテンションな彼女とのおしゃべりは、悠としても新しい発見が多くて楽しい。


「倒れたとき、頭を打たなかったのは近くにいた女の子のおかげらしいから、お礼を言っておいた方がいいわよ」

「それって、誰だかわかりますか?」


 悠の問いかけに、安本は首を横に振る。

 残念ながら利用することの少ない生徒の顔と名前までは一致しないらしい。

 悠のことも、付き添いの子が説明してくれるまで氏名がわからなかったと、彼女は冗談交じりに言った。

 実際は悠も彼女の名前を中々思い出せなかったのでお互い様なのだが。


「診察表作っておきたいのだけど、今は大丈夫?」

「はい」


 安本の言葉に、悠は思考を打ち切った。

 手渡された体温計を脇に挟みながら、いくつかの質問に答えていく。


「熱は……微熱ね。で、お腹が痛い。便秘とかじゃないのよね?

「そうです」

「……つかぬ事を訊きたいのだけど」

「……?」


 安本は、神妙な顔をしていた。


「元男の子相手に言うのはセクハラになるかもしれないけど、訴えないでね?」

「う、訴えませんよ!」


 むしろそんなことがあれば、起訴されるのは自分でないかと悠は思ってしまった。

 恐らく、安本も本気で言っているわけではないだろうが……。


「あなた、生理ってもう来た?」





「……来てません」


 フリーズから回復して、悠は絞り出すように答えた。


「症状からすると、可能性が高いのはそれなのよね。悠ちゃんが女の子になったのっていつぐらい?」

「八月の……お盆の後です」

「年齢的に来ててもおかしくないわけだし、ちょうど一月経ったからかしらね。もう二十日過ぎだし……」


 呑気に考察する保険医に、わなわなと、口が震えた。


 しかし悠は何を言えばいいのかわからない。


 ――男の子なのに?


 いや、今の肉体は女の子だろう。

 それを否定して、どうなるというのか。


 ただただ、受け入れがたい現実と、反対に否定できない実感のみがそこにあった。


「血……血が出るんですよね? それに、すごく痛いって」


 悠の脳裏を過ったのは、以前本で読んだ記憶。

 生理痛を伴い、とても苦しいのだと。


 漠然とした不安が押し寄せてきて、悠は泣きそうになった。

 少なくとも女の子である間、この苦しみと付き合っていかねばならないのだ。


「そのあたりは個人差ね……それに、初潮からどばどば出るわけじゃないわよ。もちろん人によるけど。そっか、悠ちゃんはそういう授業受けてないのね」

「は、はい」


 小学校高学年のとき、女子だけが別の教室に集まっていたのは、生理に関する説明なのだと安本は語った。


「うーん……もしあんまり苦しかったら、鎮痛剤とかあるのよ?」

「……本当ですか?」


 恐る恐る悠が訪ねると、安本は


「そんな嘘ついてどうするのよ」


 と微笑むのだった。





 それから十分ほどの間、安本は生理用品について悠にレクチャーし、用事があるからと退室していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ