四十四話 放課後一人は物悲しい。
翌日のことである。
いつものように悠が慶二と一緒に教室に入ると、実夏が抱き着いてきた。
「うわっ! ミミちゃん!?」
悠と比べ、引き締まってはいるものの出るところは出ている彼女である。
むにゅりとした感触に、悠は慌てて声を上げた。
しかし実夏に気にした様子はなく、身体を離すと悠の手を取り
「ちょっと悠! 話したいことがあるから来て!」
と叫ぶ。
いきなりのことに、悠は面食らってしまった。
慶二も反応することが出来ない。
そのまま、有無を言わせず強引に連れて行こうとする実夏。
「待って、せめてカバンだけ――」
ただでさえ非力な悠に対抗することは出来ず、そのまま引き摺られる様な形になってしまう。
「ご、ごめん、慶二。カバン置いておくから僕の机に置いておいて!」
悠はそれだけ言い残して実夏と一緒に消えた。
「……俺も行った方がいいのか?」
残念なことに、心配そうな声で尋ねる慶二に答える者はいなかった。
◆
三階の空き教室。
この時間帯には誰もいないため、密談には持って来いである。
「悠、あのね……」
「う、うん」
実夏の真剣な表情に、悠は息をのんだ。
「あたし、告白したの」
「……誰に?」
悠の頭に浮かんだのは疑問符。
以前言っていた、サッカー部の誰かだろうか。
しかし、悠の頭に思い浮かぶ人物はいない。
慶二以外に実夏と仲のいいサッカー部の男子に心当たりはいないからだ。
すると、実夏は頬を紅潮しながら名を告げる。
「け、慶一さん」
「え、ええっ!?」
サッカー部はサッカー部でも高校だったらしい。
悠はようやく合点が行き、膝を打つ。
「け、結果は?」
「……」
実夏は無言。
駄目だったのだろうか。
悠は固唾を飲んで返答を待った。
「……」
そのまま彼女はこくりと首を縦に振る。
「OKだったってこと? よかったぁ……」
悠はまるで自分のことのように緊張していた。安堵と共に、ふっと力が抜けていく。
それにしても、まさかの幼馴染の兄だとは。
――ずっと一緒にいたのに気づかなかった。
悠にとっては失恋が確定したことより、そちらの方がショックだった。
慶一と実夏が一緒のとき、悠も傍にいることが多かったというのに……。
鈍感にもほどがあると、自責の念を固めるばかり。
「まあ、保留みたいなものなんだけどね」
「どういうこと?」
実夏の顔にふっと影が差した。
「まだ幼馴染の女の子としてしか見れないから、少しだけ待ってって言われちゃった。でも、前向きに考えてみるって」
「そっか……きっと大丈夫だよ」
なんたって慶二の兄なのだ。
悠としても幼馴染のそんな顔は見たくない。
安心させようとギュッと手を握った。
「それで、あんたはどうだったの?」
「どうって?」
何が言いたいのかわからず、悠は鸚鵡返し。
昨日は慶二と遊びに行っただけである。
帰り際に少し喧嘩に近い状態になってしまったが、それ以外は普段と変わらないはずだ。
「デート、行ったんじゃないの?」
「デ、デートって……ち、違うよ。一緒に遊んで、映画見に行っただけだから」
悠は実夏の視線に身を竦める。それは、とても生暖かい視線だった。
「そういえば、昨日鹿山君たちにも会ったよ」
なので、悠は話題を若干変えることにする。
居た堪れない気持ちになったためである。
「む……」
だがそれは失敗のようで、途端に実夏は不機嫌に。
「愛子も? 何か酷いこと言われなかった?」
「う、ううん。猪田さんとは会わなかったから……」
猪田と実夏は犬猿の仲。
どうやら悠は地雷を踏んでしまったようだった。
「あいつ、いつも悠を目の敵にして……」
随分とフラストレーションがたまっているらしい。
渦中である悠としては、両者ともに仲良くしてくれるのが一番いいのだが。
「チ、チャイム鳴りそうだし、教室に戻ろう?」
結局、悠に彼女を宥めることは出来ず、強引に打ち切ることしかできなかった。
◆
「つ、疲れたぁ……」
放課後。
悠は、自分の机にぐでーっと寝そべりながら呟いた。
月曜だというのに、体力の限界が近い。
本日の五、六時間目は体育。
例によって体育祭の応援合戦準備である。
捻挫のこともあり、振り付けの練習は休ませてもらったものの、歌の方はそうもいかない。
とはいえ、流石に歌っただけで疲労困憊するほど悠は貧弱ではない。
原因は魔力不足。
悠には力の制御がまだできないのか、ふとした時に魔力が流れ出てしまう感覚があった。
呪歌の発動だ。
現段階ではその場には同性しかおらず、本当にギリギリの魔力しか与えられていないため問題は発生していない。
しかし、悠の身体の負担は別問題。
栄養失調の子供に全身運動をさせるようなものである。
――頑張ろう。部活の後、慶二が魔力をくれるって言ってたし……。
それだけが唯一の救い。
悠はそう思った。
体育祭が終わるまでこの状況が続くのだ。
応援合戦の練習があるのは月曜と金曜だけなのだが、呪歌について伏せた結果、常に最低の魔力しかもらえないようになってしまった。
当の慶二はすでにリレーの練習に連行されている。
実夏も同様だ。理沙は疲れてしまったから部活は休むつもりらしい。
放課後のお喋り相手がいないのが少し物悲しいと感じつつ、悠はよろよろと、文芸部へ向かうことにした。