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四十一話 足の疲れが痛々しい。

「うわっ……!」

「お、おい!」


 夕日も沈みはじめ、若干薄暗くなった帰り道。

 会話に夢中になっていた悠は、注意が疎かになっていた。

 足元にあった大きな石に気づかなかったのだ。


 思いっきり踏みつけた結果、悠の体勢が大きく崩れた。

 なんとか踏みとどまろうと手を振り回すのだが、焼け石に水。バランスを取り戻すには至らない。


 背中から倒れ込むような形になり――


「あわわ」


 幸い、隣にいた慶二の反応は早かった。

 抱きかかえるように手を回し、少女が転倒するのを防ぐ。


「大丈夫か?」

「う、うん」


 心配そうな声だった。

 恐怖のためか、悠の心臓がばくばくを早鐘を打ち始める。

 コンクリの地面に頭を打ち付ければどれだけの激痛が走っただろう。

 そう考えると身のすくむ思いだ。


 悠はなんとかしゃがみ込むと


「ありがとう、大丈夫だよ」


 と笑いかけた。

 そんな姿に安心したのか、慶二はほっと一息。


「暗いんだから気を付けろよ」


 嗜める響きに、悠には反論の余地がない。


「ご、ごめん」

「何もないところで転ぶ癖、小学生で卒業したと思ったのにな」


 迷惑をかけたかと謝罪したところ、返事はからかいの色を含んだものだった。


「む……違うよ。靴になれてないから」


 悠は自然とふくれっ面になってしまう。


 確かに自分は幼少の頃よく転んだが、それは幼稚園のころの話。

 流石に小学生になってまで転んだりはしなかった。もっといえば、中学生ではこれが初めてのこと。

 だというのに揶揄される筋合いはない。


 そう思ったのだ。

 勿論、友人同士の軽口だとはわかっていたが。


 それに、この靴がいけない。

 午前中までは問題なかった。しかし、映画の時間に間に合わせるため走ったりしたのがいけなかったのだろう。

 帰りの電車のあたりからつま先のあたりがじくじくと痛み始めた。

 もしかすると靴擦れになっているかもしれないと、悠は憂鬱な気分を隠せない。


 とにかく少しでも早く家に帰って脱ぎたいと思い、悠は立ち上がろうとした。  

 しかし


「いたっ……」 


 口から漏れ出たのは悲鳴。

 左足に鈍い痛みが走り、立っていられず、悠はしゃがみ込んでしまう。


 そんな様子に、一度は離れたはずの慶二が駆け寄ってきた。


「ごめん、足を挫いたみたい」


 肩を貸してもらいもう一度立ち上がろうとしてみたが、顔を顰めるだけに終わる。

 残念ながら歩けそうにない。

 

 最後の最後で不運に見舞われ、悠は楽しかった気持ちが霧散するのを感じていた。


「うーん……お母さんに迎えに来てもらおうかな」


 一番手っ取り早いのはこの方法だろう。

 駅から家は車であればそう遠い距離ではない。

 この時間帯、いつもなら美楽は夕食の準備をしているので、火の管理と戸締りさえすればすぐ駆けつけてくれるはずだ。


 ――だから、慶二は先に帰ってて。


 悠がそう告げようとした瞬間。


「おぶってやろうか?」


 慶二が申し出た。





 互いに無言だった。

 人通りの少ない夕方とはいえ、この年になっておんぶされるというのはとても恥ずかしい。

 傍から見れば自分の顔は真っ赤になってるかもしれないと悠は思った。


 しかし、慶二が黙り込んでいる理由まではわからない。

 どんなに考え込んでもわからないので、悠は別のことへ目を向け始めた。

 いつもより高い景色、生暖かい目線で見つめる通行人の主婦――。

 が、すぐに飽きてしまった。


 ――こんなに親友の背中は広かっただろうか。


 体重を預けながら悠は考える。

 随分昔から彼の背中を見てきたはずだが、ここまでの差を実感するのは久々のことである。


 がっしりとした男らしい体格。

 自分もスポーツを続けていればこうなれただろうか?

 ……それは少し違う気がする。

 多分、女の子になってしまったこと余計に差を広げたのだろう。


「はぁ……」


 自然とため息が漏れた。

 この状態になってすでに五分が経過している。

 なぜだか慶二は早歩き気味。おかげで後十分もしないで家に着くはずだ。


 ――あと十分もこのまま?


 沈黙が痛くて、悠はなんとか話題を探そうとした。


「えと、今日は楽しかったね」


 とりあえず当たり障りのない言葉が口から出た。

 慶二も同意を返すだろう。そんな打算も含まれた一言。


「ん……ああ」


 しかし、慶二には若干の含みがあった。

 その理由がわからず、悠は首を傾げるしかない。


「もしかして、つまらなかった?」

「いや、そうじゃないけどよ」


 不安に思い聞いてみたものの、慶二は言葉を濁す。

 ますます悠は意味が分からない。


 再び沈黙。

 その間、悠は必死に理由を考える。

 そして、導き出されたのは一つの結論。


「ごめん、僕、重い?」

「――なんでそうなる!?」


 おぶってもらっているのがそれほど負担なのかと考えたのだが、慶二の突っ込みは素早かった。


「お前は軽い。女子をおぶった経験なんてないけど、少なくとも重くはないと思う」

「でも、それぐらいしか思い浮かばなくて……」


 真剣に考えた結果がこれなのだ。

 だというのに、慶二の口から洩れたのは忍び笑い。

 これには流石の悠もむっとしてしまった。


 その旨を伝えようかと思った瞬間、慶二は言った。


「お前……兄貴のこと、どう思う?」

「うーん? 何、いきなり?」

「……なんとなく気になった」


 あまりにも唐突すぎて、悠には意図が分からない。

 疑問符が頭に浮かぶ。

 もしかしたら慶一とのトラブルでもあったのだろうか? 


「格好いいとは思うけど」


 悠の抱く慶一のイメージは好ましいものだった。

 何せ、一番の親友の兄なのだから当然である。

 頼りになるあたりが二人ともよく似ている。


「そうか……」


 しかし、慶二はそう呟くだけだった。


「変な慶二だなあ……」


 悠の言葉に返答はない。


 会話がまた途切れた。

 こんなに二人の間で会話がないのは珍しい。もちろん魔力供給のように、悠が上手くしゃべれない状況を除けばだが。


 悠からは黙り込む少年の表情がわからない。

 次第に不安が強まり、胸がキュッと締め付けられるように感じられた。


 そんな様子を察してか、慶二がようやく口を開いた。


「悠がもし女のままだったら」

「……」

「このままだと、もしかしたら俺とお前は親友じゃなくなるかもしれない」

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