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四十話 すれ違いってややこしい。

 互いの飲み物が空になったあたりで、二人は席を立った。

 気疲れは消えている。

 大した時間話していたわけではないが、慶二は英気を取り戻したといえるだろう。


「もう駅に行く?」

「まだ早くないか? 走れば一本早いのには間に合うけど」


 スマホで時刻表を検索すると、予定のものまでは三十分以上時間がある。


「……走るのは嫌だな」


 悠はうんざりした顔だった。


「それなら僕も行きたいところがあるんだけど……」

「何処だ?」


 もし、服屋と言われたらどうしよう。

 慶二は若干警戒してしまった。


「本屋さん。最近、面白い小説を理沙ちゃんに勧められてね。それの続きが欲しいんだ」

「……そうだな。俺も欲しい漫画あったし、行くか」


 本屋なら適当な雑誌を立ち読みすれば時間を潰せる。

 内心安堵のため息をつきつつ、慶二は同意した。





 二人が向かったのは『木野子屋』という、全国的に展開している大規模な本屋。

 一端二人は別れると、思い思いのコーナーへと向かっていく。


 流石は全国チェーン店。品揃えもよく、陳列もわかりやすい。

 慶二は早々にお目当ての新刊を見つけることが出来た。


 サッカー漫画二冊と、バトル漫画を一冊。

 これで財布の中身は電車代を除けば殆ど使い果たしたことになる。


 さてどうしよう。

 余りにも早く目的を達してしまい、慶二は迷った。


 このまま立ち読みに向かうか、それとも悠に話しかけるか――。


 ――折角二人で来たんだし、少し話してくるか。


 慶二は、立ち読みならばいつでもできると考え悠を探し始めた。





 慶二は、粗方悠の行きそうなところを巡り終えたが、彼女は見当たらなかった。

 少年漫画や小説のコーナー。はたまた、動物関係の写真集まで。

 まずいないと思いつつビジネス誌なんかの専門書籍コーナーまで回ったというのに。


 心配だしスマホで連絡を取ろうか――なんて慶二が考え始めたころ


「慶二?」


 少女の声だった。


「悠。お前どこ行ってたんだ?」


 振り返ると、彼女はどこか隠すように二冊の本を持っている。

 表紙と表紙を重ねあわせてしまっているので、タイトルは読み取れなかった。


「ごめん、ちょっと本を探すのに手間取っちゃって。もしかして、探してくれてたの?」

「ああ……いつもならいそうなところにいなかったから。入れ違いになったのかもしえねえな」


 とはいえ合流できれば一安心である。

 時計を確認すれば、随分長い間悠を探していたと気づき、慶二は驚いた。


「先に買っとくか」


 レジの方に目をやると混雑気味。

 電車に乗り遅れても嫌なので、慶二が促すと、悠はこくりと頷く。





 幸い、電車の中はそれほど混んではいなかった。

 二人は今朝と同じように適当な席に隣り合って座る。


「何を買ったんだ?」


 結局、慶二には悠が本屋で何を買ったのかはわからなかった。

 常に隠すように持っていたし、レジでは早々に店員がブックカバーをつけてしまったためだ。


 どうしてそんなに隠すのかわからず、つい聞いてみたくなったのである。


「ええと……」


 するとなぜか悠はしどろもどろになった。

 別段大したことでもないだろうに、どうしたことだろうか。


「俺が買ったのはいつものスポーツ漫画だ。あと、悠が好きだったやつ」

「あ、新刊出たんだ?」


 悠は単行本派である。

 週刊誌を継続して読むより、一度に一気に読み込む方が好みらしい。


「なら、また今度貸してくれる?」

「ああ」


 幼馴染の二人の間では物の貸し借りなどいつものことで、あっさりと慶二は了承した。


「それで、悠は何を?」


 自分は教えたぞ。

 だからお前も教えてくれ。


 慶二は、そんな思いを暗にこめていた。


「う……笑わない?」

「……内容にもよる」


 少しだけ意地悪すると、悠は頬を膨らませる。

 その様がおかしくて、すでに慶二は笑っていた。


「むぅ」

「すまん、冗談だ」


 ますます頬が膨らんだのを見て、慶二は謝罪を口にする。

 彼女も本気で怒っているわけではないようで


「まあいいけど」


 とだけ返した。


「……理沙ちゃんから勧められたって言ったよね?」

「言ってたな」


 何故数刻前と同じ言葉を繰り返すのか。

 見当がつかなくて、慶二は相槌だけ。

 普段なら悠が理沙に本を紹介することはあっても、逆は珍しいはずだ。


 理沙の性格的に、ブラックユーモア溢れる作品なのだろうか?

 だとしたらここまで言いよどむ必要性が見当たらない。


「えっと、少女小説ってやつ。恋愛ものの」

「……そうか」


 そこまで言われて、慶二は先ほど悠が見つからなかった理由を察した。

 彼女は恐らく、そちらのコーナーに行っていたのだろう。

 慶二としては全く予想もしなかったし、したとしても雰囲気的に入りづらい。

 女性向け書籍のコーナーは独特の雰囲気があり、男子中学生が入るにはどうにもハードルが高いのだ。


「僕も凄く恥ずかしかったんだけどね……」


 ちらりと横目で確認すると、隣の少女の頬は赤く染まっている。

 聞けば、何度も躊躇したため時間がかかったという。

 ……聞いておいて、それきりというのもどうにも気まずい。


「どういう話なんだ? わざわざ続きを買うってことは面白いんだろ?」


 思わず慶二はそう言ってしまった。





 悠は件の小説について、慶二に説明した。

 さりげなく、先ほど買ったばかりの六巻の展開も付け加えて。

 実は、購入する前にさわりだけ読んでおいたのだ。


 六巻は要約すると、このような展開だった。


 黒幕の元へと忍び込んだ主人公は、決定的な悪事の証拠を見つけたものの囚われてしまう。

 そこに騎士が駆けつけ、主人公を助け出す。


 主人公は褒めてほしくて証拠を見せびらかした。黒幕は騎士の仇敵だったのだ。

 だが、実際に投げかけられたのは叱咤だった。


 そして騎士は「お前が行動するのは迷惑だから、何もせずに大人しく引き籠っていろ」と言ってしまう。

 内心反省していた主人公もその物言いに反発し、大喧嘩に発展してしまう……。


「なんか、騎士の気持ちもわかる気がするな」


 しかし、大よその説明を聞いた慶二はそう呟いた。

 「恋愛はよくわからねえけど」と付け加えて。


「そうかなぁ」

「あんまり無防備だと、見てて危なっかしいからな。心配で堪らないんだろ」

「それは……わかるけど。だとしても酷くない?」


 主人公に共感していた悠としては、理性で理解していても騎士への反感を覚える。

 確かに主人公は軽率だったけど、そこまで言う必要はないのではないかと思ったのだ。


 悠は嫉妬深い少年だったが、初恋の人である実夏へとそのような思いを抱いたことはなかった。

 むしろ、好きな相手だからこそ強く出られないタイプである。

 それどころか守られる側だったのが関係しているのかもしれない。


「大事だから厳しく言う、ってやつじゃないのか? 美楽さんみたいな」

「なるほど……」


 身近な人間に例えられると、すんなり受け止めることが出来た。

 確かに、悠の母は時折手厳しいが、愛を持って接していることは事実。

 昔話を聞いた今ではなおさらだ。

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