四十話 すれ違いってややこしい。
互いの飲み物が空になったあたりで、二人は席を立った。
気疲れは消えている。
大した時間話していたわけではないが、慶二は英気を取り戻したといえるだろう。
「もう駅に行く?」
「まだ早くないか? 走れば一本早いのには間に合うけど」
スマホで時刻表を検索すると、予定のものまでは三十分以上時間がある。
「……走るのは嫌だな」
悠はうんざりした顔だった。
「それなら僕も行きたいところがあるんだけど……」
「何処だ?」
もし、服屋と言われたらどうしよう。
慶二は若干警戒してしまった。
「本屋さん。最近、面白い小説を理沙ちゃんに勧められてね。それの続きが欲しいんだ」
「……そうだな。俺も欲しい漫画あったし、行くか」
本屋なら適当な雑誌を立ち読みすれば時間を潰せる。
内心安堵のため息をつきつつ、慶二は同意した。
◆
二人が向かったのは『木野子屋』という、全国的に展開している大規模な本屋。
一端二人は別れると、思い思いのコーナーへと向かっていく。
流石は全国チェーン店。品揃えもよく、陳列もわかりやすい。
慶二は早々にお目当ての新刊を見つけることが出来た。
サッカー漫画二冊と、バトル漫画を一冊。
これで財布の中身は電車代を除けば殆ど使い果たしたことになる。
さてどうしよう。
余りにも早く目的を達してしまい、慶二は迷った。
このまま立ち読みに向かうか、それとも悠に話しかけるか――。
――折角二人で来たんだし、少し話してくるか。
慶二は、立ち読みならばいつでもできると考え悠を探し始めた。
◆
慶二は、粗方悠の行きそうなところを巡り終えたが、彼女は見当たらなかった。
少年漫画や小説のコーナー。はたまた、動物関係の写真集まで。
まずいないと思いつつビジネス誌なんかの専門書籍コーナーまで回ったというのに。
心配だしスマホで連絡を取ろうか――なんて慶二が考え始めたころ
「慶二?」
少女の声だった。
「悠。お前どこ行ってたんだ?」
振り返ると、彼女はどこか隠すように二冊の本を持っている。
表紙と表紙を重ねあわせてしまっているので、タイトルは読み取れなかった。
「ごめん、ちょっと本を探すのに手間取っちゃって。もしかして、探してくれてたの?」
「ああ……いつもならいそうなところにいなかったから。入れ違いになったのかもしえねえな」
とはいえ合流できれば一安心である。
時計を確認すれば、随分長い間悠を探していたと気づき、慶二は驚いた。
「先に買っとくか」
レジの方に目をやると混雑気味。
電車に乗り遅れても嫌なので、慶二が促すと、悠はこくりと頷く。
◆
幸い、電車の中はそれほど混んではいなかった。
二人は今朝と同じように適当な席に隣り合って座る。
「何を買ったんだ?」
結局、慶二には悠が本屋で何を買ったのかはわからなかった。
常に隠すように持っていたし、レジでは早々に店員がブックカバーをつけてしまったためだ。
どうしてそんなに隠すのかわからず、つい聞いてみたくなったのである。
「ええと……」
するとなぜか悠はしどろもどろになった。
別段大したことでもないだろうに、どうしたことだろうか。
「俺が買ったのはいつものスポーツ漫画だ。あと、悠が好きだったやつ」
「あ、新刊出たんだ?」
悠は単行本派である。
週刊誌を継続して読むより、一度に一気に読み込む方が好みらしい。
「なら、また今度貸してくれる?」
「ああ」
幼馴染の二人の間では物の貸し借りなどいつものことで、あっさりと慶二は了承した。
「それで、悠は何を?」
自分は教えたぞ。
だからお前も教えてくれ。
慶二は、そんな思いを暗にこめていた。
「う……笑わない?」
「……内容にもよる」
少しだけ意地悪すると、悠は頬を膨らませる。
その様がおかしくて、すでに慶二は笑っていた。
「むぅ」
「すまん、冗談だ」
ますます頬が膨らんだのを見て、慶二は謝罪を口にする。
彼女も本気で怒っているわけではないようで
「まあいいけど」
とだけ返した。
「……理沙ちゃんから勧められたって言ったよね?」
「言ってたな」
何故数刻前と同じ言葉を繰り返すのか。
見当がつかなくて、慶二は相槌だけ。
普段なら悠が理沙に本を紹介することはあっても、逆は珍しいはずだ。
理沙の性格的に、ブラックユーモア溢れる作品なのだろうか?
だとしたらここまで言いよどむ必要性が見当たらない。
「えっと、少女小説ってやつ。恋愛ものの」
「……そうか」
そこまで言われて、慶二は先ほど悠が見つからなかった理由を察した。
彼女は恐らく、そちらのコーナーに行っていたのだろう。
慶二としては全く予想もしなかったし、したとしても雰囲気的に入りづらい。
女性向け書籍のコーナーは独特の雰囲気があり、男子中学生が入るにはどうにもハードルが高いのだ。
「僕も凄く恥ずかしかったんだけどね……」
ちらりと横目で確認すると、隣の少女の頬は赤く染まっている。
聞けば、何度も躊躇したため時間がかかったという。
……聞いておいて、それきりというのもどうにも気まずい。
「どういう話なんだ? わざわざ続きを買うってことは面白いんだろ?」
思わず慶二はそう言ってしまった。
◆
悠は件の小説について、慶二に説明した。
さりげなく、先ほど買ったばかりの六巻の展開も付け加えて。
実は、購入する前にさわりだけ読んでおいたのだ。
六巻は要約すると、このような展開だった。
黒幕の元へと忍び込んだ主人公は、決定的な悪事の証拠を見つけたものの囚われてしまう。
そこに騎士が駆けつけ、主人公を助け出す。
主人公は褒めてほしくて証拠を見せびらかした。黒幕は騎士の仇敵だったのだ。
だが、実際に投げかけられたのは叱咤だった。
そして騎士は「お前が行動するのは迷惑だから、何もせずに大人しく引き籠っていろ」と言ってしまう。
内心反省していた主人公もその物言いに反発し、大喧嘩に発展してしまう……。
「なんか、騎士の気持ちもわかる気がするな」
しかし、大よその説明を聞いた慶二はそう呟いた。
「恋愛はよくわからねえけど」と付け加えて。
「そうかなぁ」
「あんまり無防備だと、見てて危なっかしいからな。心配で堪らないんだろ」
「それは……わかるけど。だとしても酷くない?」
主人公に共感していた悠としては、理性で理解していても騎士への反感を覚える。
確かに主人公は軽率だったけど、そこまで言う必要はないのではないかと思ったのだ。
悠は嫉妬深い少年だったが、初恋の人である実夏へとそのような思いを抱いたことはなかった。
むしろ、好きな相手だからこそ強く出られないタイプである。
それどころか守られる側だったのが関係しているのかもしれない。
「大事だから厳しく言う、ってやつじゃないのか? 美楽さんみたいな」
「なるほど……」
身近な人間に例えられると、すんなり受け止めることが出来た。
確かに、悠の母は時折手厳しいが、愛を持って接していることは事実。
昔話を聞いた今ではなおさらだ。




