三十九話 今は懐が貧しい。
慶二と悠が今いるのは一階にある雑貨屋。
断じて時計売り場ではない。
最初は予定通り時計売り場に向かったのだが、明らかに対象年齢が中学生向けではなかった。
ショーケースに飾られているものはほとんどが五ケタのブランドもので、慶二が手の届く金額を超えている。
隣にいる少女も同様であろう。
少し気おくれしながら店員に質問してみたものの
「うちはあまり低価格のものを扱っていない」
と返されてしまった。
少数ならあると案内されたものの、品ぞろえはどうにもぱっとせず、二人は時計売り場を後にしたのだ。
当てが外れてさてどうしたものかと思案していたところ、悠が
「あそこにならあるかも」
と提案した次第である。
雑貨屋なのだが、有名映画のキャラクターを象った看板が目印のこじゃれた店で、入口付近にはぬいぐるみが陳列されていた。
他にも髪飾りや小物入れといった女の子向け商品が目白押し。
健全な男子中学生である慶二にとっては肩身の狭い場所だった。
「慶二、これどうかな?」
ブルーの腕時計をはめた悠が訊いてくる。
彼女も、最初は慶二同様所在なさげに雑貨屋へ入ったはず。しかし、数分もすれば時計の付け替えに熱中し始めてしまった。
鏡の前で左腕を胸のあたりに翳し、服の色合いと確かめているのだから相当である。
「いいんじゃねえかな」
時折悠は意見を求めるのだが、慶二はその度ぶっきらぼうな受け答えを返す。
彼としては、裏切られたような気分だった。
二人して別世界に飛び込んだのに、早々に置いて行かれた感覚。
「うーん。じゃあ、これは?」
「ん……」
今度提示されたのはレザーバンドの腕時計だった。
自然な色合いのそれは、少女の牧歌的な雰囲気によく似合っている。
「それがいいと思うぞ」
今度は素直な気持ちで答えた。
これならば買っても後悔しないだろう。慶二としても太鼓判を押せるほどだった。
「あはは。さっきから慶二同じことばっかり。ごめん、僕ばかり見てて退屈だったでしょ? そろそろ別のところに行こうか」
しかし悠は件の腕時計を外すと売り場に戻してしまう。
「買わないのか?」
これだけ悩んでおいて。
若干の不満を込めて慶二が聞くと
「えっと、あんまりお財布の中身ないから」
乾いた笑いと共に値札が見せられた。
五千円。手が出なくはないものの、本日の出費を考えると厳しい金額である。
お互いに無言のまま肩をすくめると、二人は雑貨屋を後にした。
◆
慶二が時計を見れば四時過ぎになっていた。
映画が終わったのが三時半ごろだったので、さほど長い間雑貨屋にいたわけではない。
だというのに、感覚的には随分といた様な気がする。
帰りの予定の電車まで時間がある。
さてどこに行こうとなったのだが、慶二としては特に行きたいところもない。
話し合いの末、二人は雑貨屋から少し離れたところのベンチに腰を落ち着けていた。
どっと疲れてしまった慶二が、どこかで腰を下ろしたいと告げたためだ。
楽しんでいた様子の悠も、流石に疲れたのか早々に同意を示していた。
ベンチがあるのは二階へと続く階段の裏側であり、若干薄暗い。
だがそのおかげで他の客は見受けられず、のんびり雑談が出来る。
「よく悠はあんなところに時計売ってるって知ってたな」
缶コーヒー片手に慶二が言った。
中学生に上がってから途端に飲みはじめた無糖ブラック。正直未だに美味しいとは思えない。
まあ、見栄というやつだ。
「あー、確かに疑問に思うよね」
あの雑貨屋のメイン層は女性。
男子中学生であればまず縁のない場所のはず。
「ミミちゃんと仲直りした日、お母さん含めて三人でリバーシティに行ったんだよ。そのときに連れてかれたんだ」
悠は隣に置くとどこか遠い目。
それに合わせて、慶二が記憶を辿る。確か、初めて女の子の悠と会った翌日だったと聞いていた。
「そのときに時計は買わなかったのか?」
「ううん。買ったのは髪飾りとか色々」
少女の言葉に、慶二の中にふとした疑問が湧く。
「髪飾りなんて、付けてたことあったっけ?」
彼女のそんな姿を目にした覚えはなかった。
学校にもつけてきてはいないし、おめかししている今日も違う。
「……どうにも恥ずかしくて」
目を伏せて言うには、机の引き出しに放り込んだままだという。
――スカートは大丈夫になったのに髪飾りは駄目なのか。
慶二は突っ込みを入れたくなったが、口にはしなかった。
それはそれ。人の事情というものだろう。
「まだそんなに髪の毛も長くないしね……」
「伸ばすのか?」
今の悠の髪型はショートカットに近い。
男の子だったころから少し伸びているものの、括る必要があるほどではないのだ。
「わかんない。お母さんは伸ばした方が似合うっていうけど」
その言葉に慶二も想像をしてみた。
今でさえ光沢のある黒髪。纏まったものとなればどれだけの美しさを放つだろうか。
「まあ、好きにしたらいいんじゃないか」
「でも手入れとか面倒くさそうなんだよね」
悠はそれだけ言って、髪を指先で弄り始めた。
――俺としては長い方が好みだけど。
そんな言葉は胸の内に飲み込まれて消えて行った。