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三十話 僕は明日が待ち遠しい。

 美楽が言うには、呪歌には一種の魅了作用があるらしい。

 聞いている間、異性からは自分がとても魅力的に見えるのだとか。


「でも、僕今日校歌を歌ったけど大丈夫だったよ?」


 悠は素朴な疑問をぶつける。

 すると、美楽は呆れたような顔をして


「あなた、校歌を聞かされてその相手が好きになるの?」


 と聞き返されてしまった。


 ――それはないなぁ……。


 歌詞を思い出してすぐに納得。

 あくまで校歌は生徒、校風、校舎を称えるものであって、恋情を揺さぶるものではない。


「気を付けないといけないのは、恋愛系の歌ね。……ってもしかして?」


 どんぴしゃである。

 今回指定された曲は、恋愛模様を描いたもの。それを全校生徒の前で行うのだから、結果は推して知るべし。


「お母さん……どーしよう……」

「……いっそ、学校にハーレムでも作る?」

「勘弁して……」


 悠は久々に泣きそう。

 誰が学び舎を酒池肉林の地に変えたいと思うものか。


 もしかしたら喜ぶ人がいるかもしれないが、悠はそういう類ではない。

 元同性なのだ。よほど好きな相手でもないと、言い寄られるのは怖気がする。





 何度か美楽と言葉を交わした後、悠は自室のベッドで横になった。

 まだお風呂には入っていない。

 いつもなら平電の次に悠が入るのだが、今日だけは美楽に先に行ってもらうことにしたのだ。


 少し、自分の頭を整理したい。

 そう考えたためである。


 不幸中の幸いか、美楽が言うには、問題が起きるかどうかは不確定らしい。


 まず、悠が夢魔と人間――ただし異世界人――のハーフであること。

 そのため、呪歌が完全に効力を発揮するかはまだわからない。


 次に、呪歌は心を籠めなければ発動しないということ。

 例え歌っても、感情さえ乗せなければ相手の心に響くものは与えない。


 完全に不確定な前者は兎も角、後者は救いだと悠は思った。

 悠には、女の子の恋心というものがよくわからない。

 かつて実夏に抱いていたものは、男の子としての気持ち。

 だとすれば、何の問題も起こるはずがない。

 そう考えたのだ。


 一応、もしかしたらの暴発を考え、応援合戦の練習期間中は魔力供給を控えめにすることになった。ギリギリだけ魔力を補充して、その分頻度を増やす。

 呪歌は魔力を消費するのである。逆に言えば、魔力がなければ暴発もあり得ない。


 現在は女子だけの部屋で練習しているものの、中盤からは全員で併せてのリハーサルとなる。それを見越してのこと。

 ちなみに美楽の提案である。


 ――何も問題はないよね? 


 まるで自分自身に言い聞かせるように心の中で呟くと、悠はいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。





「……ん、朝?」


 悠は寝起きでぼんやりとした頭のまま、スマホの時計を確認する。

 午前十時。

 一瞬遅刻ではないかと慌てかけ、今日が土曜日だとその横に表示されたカレンダーで気づいた。

 恐らく、休日だからと気を利かせて美楽も起こさなかったのだろう。


「ふぁーぁ……」


 伸びをして、小さく欠伸。

 まだ少し寝たりない。そう思って再び横になろうとして、やはりお風呂には入りたいと考えた。

 昨日体育祭の練習で軽く運動したこともあって汗臭い。

 一度でも意識すると、このまま眠る気にはなれなかった。


 それに、もしかしたらお風呂のお湯をまだ落としていないかもしれない。

 だとすれば追い焚きすれば十分入れるはず。


 悠がそう考えて下に降りると美楽がいた。

 当然のことながら平電は出勤してもういない。塾講師に土日は関係なく、それどころか稼ぎ時なのである。


「お母さん。お風呂のお湯、まだある?」

「あら、悠、起きたのね。そういうと思って落としてないわよ。……ちゃんと時間通りに入ってくれないとカビが生えて困るのよねえ」

「……ありがとう」


 小言をやり過ごすと、悠は軽く礼を言って追い焚きボタンを押す。


「悠、昨日話したことだけど」

「何、お母さん?」


 振り返ると珍しく美楽が神妙な顔をしていて、悠もつい畏まる。


 ――どうしたのかな……?


「もし、どうしても呪歌が発動しそうになったら先生に言ってでもメンバーから外してもらいなさい」

「う、うん」


 ――でも、そんなこと出来るだろうか?


 悠は疑問に思った。

 自分から志願しておいて、自分の都合で辞めるなんて無責任すぎる。

 思い浮かんだのは理沙の顔。

 音痴である以上、藤真は歯牙にもかけていなかったのだが、他者を押しのけたのは事実。


 このあたり、彼女は律儀な性格なのだ。


「まあ、昨日言った通り、問題ないはずよ。だから、そんなに泣きそうな顔はしないの」

「べ、別に泣いてないから!」


 なんてやり取りをしているうちに、給湯器が適温になったことを告げ、悠は脱衣所へと向かった。





「ふぅ~」


 悠は、お風呂上りでほかほかとした身体でベッドへと向かう。

 寝るためではない。眠気は湯船の中でさっぱりと洗い流されてしまった。

 身体の火照りを冷ますためだ。

 寝転べばひんやりとしたシーツが気持ちいい。


 服装はパジャマ。

 青色の薄手のもので、以前実夏と出かけた際に新調したもの。


 寝ないならパジャマは止めなさいと美楽に叱られたが、やはりお風呂上りはパジャマが一番。

 悠はそう思った。

 材質のためか、Tシャツなんかは肌に張り付くのが不快だ。


 元より今日は出かけるつもりはない。

 ならばパジャマでいいと考えるのは当然の思考である。


「明日楽しみだなあ……」


 入浴することによりリラックスしたのか、悠の意識は完全に明日へと向いている。

 新作ゲームは数年ぶりに発売される大作だし、映画はスマホで何度PVを再生したかわからない。

 喜びが一度に二度やってくるのだ。

 テンションが上がらないわけがない。


 やけに時間の流れがゆっくりに感じられる。

 まるで遠足前日の子供のようだと悠は自嘲した。


 ――何か熱中できるものないかな?


 思いを巡らせるが、特に心当たりはない。

 ゲームは本数を多く買う方ではないので殆ど遊びつくしてしまっている。

 テレビも面白そうなものはなかった。

 小説も、自分が買ったものは手あかが付くほど読み返しているものばかり。


 ――あ!


 そうだ。

 一昨日の部活で理沙に勧められたものがあった。

 流石に気恥ずかしくて部室で読む気にはなれなかったのである。

 

 悠はよくぞ思い出したと自分を褒め称え、ブックカバーを被った一巻をカバンから取り出すと読みふけることにした。

 五十話で終わる予定だったのに全然終わりそうにない!

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