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三話 僕が見ていたのは悪夢だったらしい。

「うわあああああああ!」


 悠は帰宅してすぐ、二階の自室へ駆け込むとベッドに縋り慟哭した。

 どう帰ったかも記憶が定かではない。


 時刻は三時を回ったあたり。


 彼の脳内を、先ほどの情景が何度もフラッシュバックする。


 想い人の悲痛な表情。


「ごめん。悠の想いには答えられない。あたし、好きな人がいるから……」


 玉砕である。

 あんぐりと口を開いた悠に、実夏は続ける。絞り出すような声だった。


「本当にごめんね。でも、悠とは一生友達でいたいと思ってる。幼馴染だから……駄目かな?」


 ――僕はどう答えただろう。


 ショックのあまり、うろ覚えだ。


 ――僕は。僕は?


 ――そうだ、僕は答えもせず、言いたいことだけをいって逃げたんだ。


 一方的に想いを告げ、遁走。

 それが悠のとった選択だった。


 あまりの情けなさ、卑怯さに自己嫌悪が溢れてくる。


 ――ミミちゃんはちゃんと受け止めて返答してくれたのに。


「僕が」


 涙と共に言葉が零れた。


「僕が女の子だったらよかったのかなあ……」


 女の子だったら、ミミちゃんを好きにならなかった。

 こんな感情を抱かず、一生友達でいられた。


 嗚咽が漏れる。

 少しずつ、少しずつ悠の意識はブラックアウトしていった。





 悠の目が覚めると、辺りは真っ暗になっていた。

 九月目前とはいえ、まだ夕方でも日は高い。ポケットからスマホを取り出し、確認してみれば八時だった。


「え……寝ちゃってたのか」


 ――泣き疲れて眠るとか、子供かよ、僕は。


「ははは……」


 乾いた笑い声。

 そして、悠は異変に気付いた。


 ――僕の声はこんなに高くない。


 悠の変声期はまだ来ていない。

 同じクラスの男子がテノールやバスへと変化しつつある中、ボーイソプラノを保っている。

 だが。

 だがそれでも男子と女子の声は違う。


 鈴が鳴るような、涼やかな声。


 ――風邪でも引いた?


 まだ暖かい――いや暑い時期だが、夏風邪ということはある。

 しかし、普通風邪を引けばいがらっぽくなるもので、澄んだ声に変わるはずがない。

 

 悠は立ち上がり、部屋の電気をつけようとした。

 足が縺れる。

 こんなにズボンのすそは余っていただろうか。


 得体のしれない何かに恐慌しつつ、なんとかボタンへと手を伸ばす。

 そして、ベッドの傍の小さな鏡へ視線を向け――


 自分が少女と化していることに気づいた。





「嘘……だよね?」


 手が震えていた。

 カチカチと何かが擦れる様な音が妙に耳障りだ。


 悠は、鏡を注視することで、自分の歯が立てている音だとようやく気付いた。


 二の腕を触る。

 妙にぷにぷにしている。元々悠は筋肉質ではなかったが、それなりに堅くはあった。だが、この感触はまるで頼りない。


 次に胸へと。

 芯のようなものを感じるが、柔らかい。決して大きくはないが、弾力をもって指を迎え入れる。


「あは、あはは……」


 呆然としつつ、服の上から股間に触れ――悠の意識は大きく崩れた。


「嘘だ! 嘘だ!」


 手元にあった枕や毛布を衝動のまま投げつける。

 目標は鏡。だが、柔らかい布では鏡を割ることは出来ない。


 ――いやだ、こんなの夢だ!


 半狂乱になりつつ、何かに取りつかれたように、偽りの姿を映し出す(・・・・・・・・・)鏡面を破壊しようとし――


「うるさいわよ、悠!」


 雷が落ちた。





「あ、あう……おかあ、さん……」


 部屋に乗り込んできたのは母、美楽(みら)だった。

 元から怒りっぽい母なのだが、あまりの騒がしさに堪忍袋の緒が切れたようだった。


 悠を支配するのは恐怖だ。

 母の怒りに対してではない。


 ――こんな、女の子になった僕を、僕だって信じてもらえるの?


 自身の姿を目撃されたことに対する不安感だ。


『誰。あなたは?』


 ……もしそのような言葉をかけられれば、悠のアイデンティティは崩壊するだろう。

 それほどまでに、異常事態に悠は追い詰められていた。


 だが、現実は悠の予想を大きく飛び越えていた。


「ああ、悠。予想はしてたけどようやく来たのね(・・・・・・・・)

「へ……?」

「そっかー、あんたも十三歳だもんねえ。いつ来てもおかしくないと思ってたのよ~」


 まるで、事も無げに母は悠を受け入れた。

 それどころか、予想していたように。


「悠。こちら側へ――夢魔の世界へ、ようこそ」


 そう告げる美楽の顔は、いつもの母のものではなかった。

 肉親であろうと見惚れてしまいそうな、妖艶な、女のそれだった。





 悠は自室を後にしてリビングへ移動していた。

 癇癪が爆発し、混沌としてしまった自室で落ち着いて話が出来ないからだ。


「どういうことなんだよ、説明してよ……」


 母に受け入れられたとはいっても、悠の心に影を落とす不安感が拭い去られたわけではない。

 むしろ、困惑の色は更に強くなったといえる。


 美楽は


「よしよし」


 と悠を抱き寄せつつ、頭を撫でてやった。


 ――心地いい。


 悠は中学生である。

 無償の愛に包まれるのは、普段なら気恥ずかしいだけなのだが、今はとても暖かく感じられた。

 むしろこのまま浸っていたい。

 そう考え、目をつむり――


「って、説明してよ!」


 快楽に溺れそうになったのを必死で止めた。


「誰も説明しないなんて言ってないじゃない。相変わらず、気の短い子ねえ」


 誰に似たのかしら、などとぶつくさ言う母に、悠の頬が引き攣った。

 その様子を見て美楽はため息。


「わかったわよ。まず状況確認からするわね」


 自体が解明されるのなら吝かではない。

 悠は大きく首を縦にする。


「あなた、実夏ちゃんに振られたわね」

「な……なっ!?」


 図星である。

 これほど動揺してしまえば、もう取り繕えるはずもない。


「そのとき、『女の子だったら……』なあんて考えた……ここまであってるわね?」


 口をぱくぱくさせる悠を見て、美楽はにんまり。


「それが原因よ。わかった?」

「わ、わかるわけないだろっ!」


 説明の手順が二、三は無視されている。

 悠は、余計に混乱するしかない。


「そんなことで人間の性別が変わるわけないだろ! それがありなら、世の中にニューハーフなんていないよ!」

「あら、あなた。自分が人間だと思ってたの?」

「へ……?」


 ――今、なんて?


「悠。あなた人間じゃないのよ。さっき言ったでしょ、夢魔よ、夢魔。えっと、場合によっては淫魔とか……。いわゆるインキュバスとかサキュバスってやつね」

「ちょ、お母さん、何言ってるの?」

「あ、半分は人間よ? お父さんは人間だから。……魔法使いだけど」

「あの、あの……?」


 もう悠は半泣きだ。

 事態についていけていない。


「つまり、性別が変わるなんてよくあることなのよ」


 美楽はウインク。


「そ、そんな説明で納得いくかーっ!」


 そして悠の感情は再び爆発した。

 初日のうちにTSするところまで行きたかった。

 最初の方は十二時と二十時の一日二話更新予定です。

 ストックがなくなってきたら一日一話に。

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