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二十八話 低い声って男らしい。

 悠は校歌を丸暗記している。

 目を瞑り、音楽に身を任せ歌いだす。

 一学期にボーイソプラノだった歌声は、女の子になったことで更に高く、伸びやかに変化していた。


 ――ああ、気持ちいいなあ。


 今までは少し苦しかった音域にあっさりと手が届き、自然と爽快感が込み上げてくる。

 悠は生来歌うのが好きで、赤面症ではあるものの、そのときだけは人前に出ても平気だった。


 一番を歌い終わったところで三年生は演奏を止めた。


「はい。いいわよ」


 ――もう少し歌いたかったかも。


 後ろ髪惹かれる気持ちはあるものの、悠は


「ありがとうございました」


 とぺこりと一礼。


「あなた、合格ね。……一間さん、だったかしら」

「はい」

「確か、一年生よね……合唱部じゃないの?」


 三年生は怪訝そうに悠を見つめてくる。

 聞けば、彼女は藤真(ふじま) (ひとみ)

 引退したものの元合唱部部長で、ピアノが弾けるのも伴奏担当だったからだという。


「いえ、僕は文芸部です」

「なんで文芸部なんかに? 合唱部に入ればよかったのに」


 「文芸部なんか」。

 その単語に、隣にいた水島の額に青筋が浮かんだのが見えて、悠は内心ひやひや。


「えっと……、合唱部は女の子ばかりだったので」

「……?」 


 悠としても合唱部は候補の一つにあった。

 歌が好きなのはもちろん、文化系の部活はそう多くなく、選択肢が限られていたからだ。

 帰宅部という選択肢もあったが、せっかく中学生になったのだから部活をしてみたいという思いが強かった。


 だが、合唱部は入学早々の部活見学で断念した。

 九割が女子。ごく少数の男子がいるものの、肩身が狭そう。これは、無理だ。

 そうして悠は文芸部に入部したのである。

 人生の目標に出来そうな男らしい先輩がいたことと、親友の一人が文芸部を選んでいることもその助けとなった。


 とはいえ、藤真にとっては目の前にいるのは少女である。

 意味がわからないのだろう。

 彼女が首を傾げると、一香から補足が入る。


「先輩~、悠ちゃんは一年生の頃男子だったんです」

「――ああ、そういえば始業式の子ね。だから『僕』なのか」


 納得がいったとばかりに藤真は膝を打つ。


「勿体ないわね。今からでも転部しない?」


 耶麻中は兼部が校則で認められていないため、合唱部に所属すれば必然的に文芸部は退部となる。

 藤真はすぐ隣に文芸部部長がいると気づいていないのだろうか?

 悠はこの後の二人の関係が少し心配になった。


「いえ、お誘いは嬉しいんですけど、僕は文芸部が好きですから」


 そう答えると、水島の溜飲も下がったようで、悠はほっと胸をなで下ろすのだった。





 六時間目は班ごとに分かれての練習だった。

 オーディションに合格した悠は歌唱班である。

 それでも序盤のダンスは覚えなければならないので、何度も練習させられる。

 あっという間に一時間が過ぎ、解散となった。


「これ、配っておくから全員歌詞を覚えるように」


 その直前、 歌唱班のリーダーである藤真に一枚のCDと歌詞カードを手渡された。

 応援合戦の課題曲のもので、悠たちは二番から歌う予定になっている。


 課題曲は数年前の流行歌。ノリのいいポップな曲調はダンスにぴったりだ。


 内容は、夏祭りの片思いの女の子を歌い上げたもの。

 一番では、祭りに向かう途中の少女の切ない気持ちを。

 二番以降は、想い人の前でドキマギする少女を描いている。


 体育祭は九月の終わり際。

 だというのに夏祭りは時期外れでないかと少し疑問は感じたものの、曲自体は好みなので悠は何も言わないでおいた。





「悠さんはいいですよねえ……」

「あ、あはは」


 放課後、机に突っ伏しながら理沙がぼやく。

 なんて答えればいいかわからず、悠は笑って誤魔化した。

 彼女は一時間、ずっと踊り続けてもうくたくた。部活に行くまでに休憩したいと言い、悠は大人しく従ったのだ。


「理沙、何度も注意されてたものね」


 実夏がそんな理沙の頭を撫でながら言う。

 二人は同じ班に配属されたらしい。運動能力に秀でた彼女が疲労している様子はない。

 だが、今日は珍しくすぐには部活に向かわず、こうして雑談に興じている。


 恐らく、部活内の先輩が原因だろうと悠は推測。

 組別対抗リレーには陸上部の部員が多数選抜されている。そのため、部内の空気が最悪なのだと、またもや昼食時に愚痴っていたからである。


「そんなことより、女だけ歌えるってのは差別だと思うんだが」


 不満げなのは慶二。

 彼も悠同様歌うのが好き。窓を挟んで隣室の悠には、時折歌声が聞こえてくるのだ。残念なことに彼の家は防音性が高くない。


「でも慶二音痴じゃない。どっちにしろ歌わせてもらえないわよ」


 それだけ言って実夏は鼻で笑う。

 身の程をわきまえろ。

 そんな思いが伝わってくるほどだった。


「うるせーよ、ミミ。声変りしたからだ」

「まるで、最近下手になったみたいに言いますね」


 自分を棚に上げて理沙まで突っ込み。

 一対二。慶二は早くも分が悪い。


「悠。どう思う?」


 親友が助けを求めてきたので、悠は――


「そういえば、いつの間にか随分声低くなったよね」


 思いきり話を逸らした。


「お前……」


 流石に慶二も意図を察したのか、恨めし気な声を上げる。


「いや、でも本当に。いつも聞いてるから気づかなかったのかな」


 元から体格のためか低めだった慶二だが、意識してみれば随分と男らしい声になった気がする。

 そう悠は思った。

 中々声変りが来ないまま女性化してしまった悠としては少し憧れを感じる。


「言われてみれば、慶一さんに似た声になってきたかもね」

「兄貴に? なんか、嫌だな」


 実夏の言葉に、慶二は複雑な顔をする。


「は? 文句あんの?」

「いや、兄弟なんだから似てて当たり前なんだしいいけどよ……」


 なんてやり取りをしていると、チャイムが響く。

 もう十分近く話し合っていた。

 文芸部は兎も角、運動部の二人はこれ以上遅れれば先輩に叱られるだろう。

 そう考えた悠は解散する旨を告げる。

 他の三人も同意し、この場はお開きとなった。


「じゃ、慶二。また後で。ミミちゃんはまた来週ね。理沙ちゃん、いこっか」

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