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二十七話 救済策があるらしい。

 翌日の五、六時間目は多学年合同授業だった。

 時間割の上では体育が二時間となっているが、実質的には五時間目の方はホームルームに近い。


「じゃ、振り付け表を配りますから!」


 三年B組の先輩が叫ぶと、前の生徒から束になったざらばん紙が回ってきた。

 悠は一部受け取ると、また後ろの生徒へと回す。


 耶麻中の体育祭は、クラスの記号ごとに三学年が集合し、一つの組となる。

 例えば、一年A組、二年A組、三年A組が集まって赤組となるのだ。


 それを考慮して、耶麻中は一学年四クラスと統一されている。

 ちなみにAは赤組、Bは青組、Cは黄色組、Dは緑組である。

 つまり、悠たちのクラスは青組となる。


 今は、体育祭の華である、応援合戦の準備時間なのだ。


 三クラスの生徒が収容できる教室はそう多くない。

 青組の集合場所は体育館。これはじゃんけんの結果で、日ごとに入れ替わりとなるらしい。


 金曜の終わりの時間帯ということで、全体的に一年生は弛んだ空気。

 出来ることならとっと済ませて部活に行きたい、もしくは帰りたい。

 そんな雰囲気が滲み出ていた。


 対して、三年生たちからは熱意を感じる。

 学校生活最後の体育祭なので、何が何でも勝ちたいのだろう。

 悠は気圧されて身震いしそうになる。


「悠は個人競技に出ないんだからいいじゃない」


 そんな悠を見て、実夏が話しかけた。


 応援合戦と組別対抗リレーは複数クラス合同競技のためか、得点が多い。

 必然的にプレッシャーは強くなるわけで、来週からリレー参加者は三年生の監視下の元、放課後三十分ほどの練習が強制されるという。


 走るのが好きで率先して参戦した実夏だが、重圧をかけられるのは気に入らないらしい。

 それを聞いて


「はあ、参加なんてしなきゃよかった」


 と昼食のとき愚痴っていたのを悠は知っている。


「でも、ミミちゃん。僕、こういうの途中からタイミングがずれちゃうんだよね……」

「悠さんはリズム感はあるんだからいいじゃないですか」


 口を尖らせて理沙が会話に入ってくる。

 彼女の言うとおり、悠はダンスは苦手ではない。歌も得意な方だと自負している。

 だが、体力がない。

 小学校でも似たような競技はあったのだが、いつも途中でバテバテになってしまっていた。


 理沙が不満を漏らすのは、彼女にはリズム感すらないからだ。

 運動音痴な上、本来の意味でも音痴。音楽の授業でもよく居残りさせられていた。


「五十歩百歩だよ、理沙ちゃん」


 いくら上手く踊れても、それが最初だけでは何の意味もない。そう思い、悠は言った。


「ふふふ、心配ないわよ、悠ちゃん、理沙ちゃん」

「……水島先輩?」


 声をかけたのは水島だった。

 二年B組の運営委員は彼女らしい。残念ながら、火野はA組なので別々。

 それでも学校で接触する機会を増やしたいと、二人とも運営委員に立候補したらしい。

 そう理沙は悠に語っていた。

 筋金入りのバカップルである。


「途中、女の子で歌を歌うパートがあるの。そっちに参加すれば、踊る量は半分で済むわ」

「本当ですか!?」


 すぐに悠は飛びついた。

 まるで自分のためだとしか思えなかったからだ。


 運動が苦手な子に配慮し、それでいて見栄えを良くするという一石二鳥の策。

 自分も運動音痴だからこそ思いついたのだと水島は語る。


「それ、私には何の救いにもなりません……」


 理沙が恨めし気に言うものの、水島は聞いていない。


「ええと、実夏ちゃんでいいのかな?」

「はい。水島先輩ですよね。悠と理沙から聞いてます」

「陸上部の一年生エースがリレーに参加してくれて嬉しいわ。――これで赤組に勝つわよー!」


 理沙に発破をかけていた。


 水島は普段はおっとりしていても、勝負事となれば燃える質なのだ。

 特に、幼馴染兼恋人の火野とではあれば尚更。

 悠と理沙は過去に文芸部で起きた出来事からそれを知っている。

 ――もっとも、そのとき悠は彼女たちが恋人同士だと知らず、幼馴染ゆえのじゃれあいだと思っていたが。


 そのため、二人は彼女に聞こえないようため息をついたのだった。





 水島の言った通り、歌唱パートがあることを三年生が告げると、募集が行われた。

 一年生で向かうのは悠と理沙、他にも数人。各学年十人ほどで、約三十人。

 理沙としては駄目元らしく、定員割れを期待してのようだ。


「うーん、ちょっと多すぎるわね。半分ぐらいでいいのに」


 三年生の運営委員が困ったように呟いた。

 どちらかといえば理沙のように、歌に自信があるというより運動が苦手だから集まってきたという女子が多いようだった。


「なら、オーディションにしますか?」


 水島が提言すると、あっさりと採用される。

 幸い、体育館なのでピアノもある。全員が壇上に上がらされ、学年ごとに横並びになる。


「じゃ、私が弾くわ。何がいいかしら……?」

「適当に、みんな知ってる歌がいいと思います~校歌とか」


 今度の提案は一香から。

 彼女は一年生の運営委員なのでこの場にいる。偶然なのだろうが、一年生も二年生も歌が得意な生徒が選ばれたのだ。

 もしかしたら、だからこそ応援合戦中に歌うというアイディアが通ったのかもしれない。


「それいいわね」


 三年生の運営委員はピアノに向かうと、何度か鍵盤を叩いた。


「うん、いけそう。じゃあ一人ずつ頼むわ」


 こうして簡易的な選抜が始まった。





 半数――つまり、一学年につき五人まで候補者を絞る予定なのだが、驚くほど速やかにオーディションは進行していく。 

 理由は簡単。

 理沙のような志望者が多いため。


「ごめんなさい。あなたは落選ね。じゃ、次の子」


 現に、たった今、理沙が落とされた。


「やっぱり駄目だったみたいです。悠さん、頑張ってください」


 そう言い残して彼女はよろよろとステージから降りる。

 駄目元とはいえダンスは辛いらしい。

 入れ替わるように悠はピアノの傍へと向かった。


「一間、悠です。よろしくおねがいします」


 ――よし、理沙ちゃんの分まで頑張ろう!


 自分に気合を入れるため、いつものように頬をはたき、彼女は伴奏に合わせ、歌いだした。

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