二十四話 部活の面々はどこかおかしい。
悠が廊下に躍り出ると、丁度理沙がいた。
「悠さん、もう部室に行くんですか?」
「う、うん」
まさかばったりと出くわすとは思わず、つい及び腰になってしまう。
「文芸部は夏休みの活動ありませんでしたから、久しぶりになりますね。少し気合を入れないと」
そんな悠を無視して、理沙が話題を振る。
「……そうだね。マークたちとは一か月も会ってないのかあ」
「多分、驚かれるんじゃないでしょうか」
理沙の言葉に悠は複雑な表情。
部内の人間関係は良好。心配はないと思いつつも、受け入れてもらえなかったらどうしようかと少し不安になる。
「大丈夫ですよ」
歩みを止めず、理沙が慰める。
文芸部の部室は図書館に隣接した三棟にある。一年B組の教室からは結構な距離があるのだ。
ちなみに、学生たちの教室があるのが一棟、音楽室や実験室など専門分野の教室があるのが二棟である。
三棟は随分小さく、一階までしかない。
「先輩たちにとって、私たちは空気みたいなものですから」
「え?」
聞き捨てならない台詞だった。
が、立ち止まる悠を無視して理沙はどんどん進んでいてしまう。
急いで悠は彼女を追いかけた。
◆
「久しぶり、悠ちゃん、理沙ちゃん」
「……久しぶりだな」
部室に入ると、男女二人の先輩が出迎えてくれた。
女子の名は水島 梓。二年生。二学期に入って先輩たちが引退し、新部長に就任したばかりの少女だ。
おかっぱ頭に眼鏡の、いかにも文学少女といった出で立ち。
男子の方は火野 源馬。文芸部に似つかわしくない、強面の男である。
筋肉隆々で体格もいい。
もし、彼が軽く腕を一薙ぎしたら、その衝撃で自分は紙のように飛んで行ってしまうかもしれない。
悠はそう思った。
二年生は彼らの二人しかいないので、必然的に火野が副部長となる。
「本当に女になったのか」
火野が悠を見てしみじみと呟いた。
「は、はい」
対する悠は緊張気味。
体格差に怯えているのではない。常に威風堂々としている火野は、悠にとってあこがれの先輩なのだ。生き様の師匠といっていいほど。そんな彼の値踏みするような視線が怖い。
――がすぐに火野の目は緩み、父性を感じさせるものに変わる。
「……悠は悠だな」
悠の頭を包めるかと錯覚するほど大きな手で、火野は彼女の頭を撫でる。
まるで幼子に対するような手つき。
「あ、ありがとうございます!」
◆
何に礼を言っているのか。
悠が火野に尊敬の意を示しているのは知っているが、理沙は目の前の少女が少し心配になった。
「駄目よ、ゲンちゃん」
火野の手を抑えながら水島が言った。
「男の子のころならまだしも、女の子に対して頭を撫でるのはセクハラよ」
実際にそうなのかは兎も角、当の悠はまんざらでもない様子。むしろ、目を細めて心地よさそう。
しかし、水島は不満げだった。
「撫でるなら私を撫でてよ」
口を尖らせてそう言うと、彼の手を自分の手へと強引に移す。
「……うむ」
火野はそんな少女に、なでなでで返した。
先ほどの悠同様、水島の表情がうっとりとしたものに変わる。
完全に二人だけの空気が出来上がり、大よそ文芸部とは言い難い、状況が部室に展開していた。
「……相変わらずですね」
理沙が頭を押さえながら呟く。
火野と水島は、公言はしていないが恋人同士なのだ。ところ構わずいちゃつくタイプではないが、何故か部室に限ってそのタガが外れる。
それで部員にも隠しているつもりなのだから、呆れるほかない。
あまりにもマイペース過ぎる二人。理沙は人間的に嫌いではない。だが、少しぐらいは自重してほしい。
せめて、からかうと赤面するタイプのバカップルなら話は別なのだが。
「二人とも、仲良いよね」
うんうんと頷きながら悠が言った。
そういえば、彼女の両親も結構イチャイチャしている。だから耐性があるのだろう。
理沙はそう考えた。
「ええ……そうですね」
――私も、悠さんみたいにこういう状況に慣れないといけませんね。
素直に感心。
理沙は大人びているようで、やはりまだ少女。付き合うまでの過程は見てて楽しいが、付き合ってからのイチャイチャは少し刺激が強すぎる。
何せ、目の前の光景は恋愛小説よりよほど甘い。
しかし――
「やっぱり幼馴染だもん。性別が違っても親友でいられるんだよ」
「え?」
続く言葉に唖然とするしかない。
「あの、もしかして気づいていないんですか?」
「何が?」
可愛らしく首をかしげる隣の少女。
理沙は、仕方がないので耳元で小さく囁いてやる。
「えーっ!?」
どうやら、悠は一学期中、一切気づかなかったらしい。
そんな彼女を見て、理沙は頭を抱えるしかなかった。
◆
悠が新事実に衝撃を受けていると、男子生徒が一人入室してきた。
鮮やかな金髪に日本人離れした白い肌。
海のように深い碧眼と通った鼻筋。まだ男になっていない線の細い体つき。
まるで、絵本に出てくる王子様のような整った顔立ちの少年だった。
「マーク! 久しぶり」
彼は柵谷 マーク。
悠たちと同じクラスの一年生で、容姿からわかるとおりハーフである。
彼は、悠が駆け寄ってくるのに気が付くとスマイルで応えた。
年頃の少女であれば見惚れてしまいそうな甘い笑顔だ。
「久しぶりやねー、悠。女の子になったってほんまやったんや」
――が、口から飛び出したのはこてこての関西弁。
「おいも、見るまでは信じられんかったわ」
だというのに一人称は鹿児島弁。
意味不明の取り合わせ。それが、彼の美の調和を全て破壊していた。
「うん。……っていうか、始業式のときに言ったと思うんだけど」
しかし、悠は慣れたもの。この口調に一切突っ込むことはない。
そんなことより、何かおかしいと思い、悠はマークを問いただす。
「いやー、すっかり寝てたわ。夏休み最後の日やからって夜更かししすぎたんよ」
「……始業式だからって居眠りは駄目だよ」
「すまんすまん」
「お久しぶりです、マークさん」
理沙も先輩たちから目を反らしたいのか、マークに近寄っていく。
マークは、彼女に対し、特上のスマイルをお見舞いする。悠に向けたものとは比べ物にならない輝きだった。
「これ、旅行のお土産です。どうぞお受け取りください」
が、完全にスルー。
悲しいほど事務的に包みを渡す。
しかしマークはそれでも嬉しそう。
柵谷マーク。彼は理沙のことが好きなのだ。……理沙本人としては全く嬉しくない好意だったとしても。
変人でないつもりだったのに悠が一番変人になりました(人ですらないけど)。