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二十一話 巻き込まれるのは煩わしい。

 体育の授業が始まった。

 体育教師の花山は男子生徒に向け


「二学期最初ということで長距離走を行う」


 と告げた。


 ――何が「ということで」なのかわからん。


 慶二は心の中でそう突っ込む。

 この場に悠がいれば、同じことを言っただろう。

 慶二はそう思った。


 冷静に考えれば、悠と一緒でない授業はこれが初めてである。

 小学校は生徒数が少なかったのでクラス分けという概念がなかったし、中学校はそもそも同じクラスだ。

 病欠などでない限り、常に悠が傍にいた。


 中学に上がれば体育の授業は男女別である。

 これからはそういう機会も増えるのだろう。

 慶二は、妙な寂しさを覚える。


「体育祭に向け、体力作りってやつじゃね?」


 後ろから聞こえた声に振り向くと、鹿山 銀がいた。

 声だけでもチャラい。


 その隣には、蝶野(ちょうの) 修平(しゅうへい)

 彼は大柄な男子生徒で、その背丈は男性教師と並ぶほどである。背が高いだけでなく、体つきもがっしり。印象に違わず寡黙な男で、口は一文字に引き締められている。


「……体力は、大事だからな」


 地の底から低い声に、つい慶二は圧倒されそうになる。

 どうやら、思考が口から洩れていたらしい。


「なんだ、お前らか」

「はぁ、悠のやつ、姐さんと一緒に体育とかマジ羨ましいわ」


 鹿山のぼやきに、蝶野の首が微小に縦に振れたのを慶二は見逃さなかった。


 鹿山と蝶野は、慶二と同じ小学校の出身である。

 この二人は、愛子を「姐さん」と慕う、所謂舎弟たち。


 悠や慶二ともそこそこ仲が良く、夏休みもたまに一緒に遊んでいた。

 「そこそこ」止まりであるのは、愛子と実夏の対立が関係しているのだが、男たちは目立って敵視をしているわけではない。


「俺としては、長距離走しなくていいのは羨ましいな」


 慶二は運動部に所属するバリバリの体育会系だが、体育の授業はそこまで好きではない。

 あくまで好きなのはサッカーであり、部活まで体力を温存しておきたいのだ。

 特に今日は始業式、テスト週間を終えた久々の部活である。全力全開で楽しみたい。


「せめて女子と一緒ならなぁ。揺れとか見れるのによ」


 そう言って鹿山は笑う。

 彼はあまり体力がないので、長距離走など苦行でしかなく、そこに喜びを見出すしかないのだろう。


 ――悠は、揺れるほどないよな。


 慶二の脳裏にそんな思いが一瞬過り、すぐに打ち払われた。


 ――何を考えてるんだ俺は。


 つい先日魔力供給したばかりなのが影響しているのかもしれない。

 いや、そうに違いない。

 慶二は自分が冷静になるよう言い聞かせながら、必死にそう考えた。




 

 授業が終わり、男子たちが全員制服に着替え終わると、ドアが解放された。

 中学校には男子更衣室などないので、自分たちの教室で着替えることになる。それまで女子は締め出しである。


 慶二としては、別に入られたからどうということはないのだが、言うのは野暮というもの。


「あ、慶二」


 声をかけてきたのは悠だ。

 制服をピシッと着ている。このあたり、悠は悠なのだと慶二は思う。

 どんなに暑い日でも制服は着崩さないまじめな生徒だった。


「よう……体育、何やってたんだ?」


 先ほどの授業中、女生徒たちは体育館だった。

 慶二たち男子にはさっぱりわからない。

 少し気になったので訊いてみた。


「跳び箱だったよ。一学期から引き続いて創作ダンスの可能性もあったらしいけど、僕が参加できないから、って配慮してくれたみたい」

「そうなのか」

「……ちょっと感謝してる人もいたかな」


 主に感謝していたのは適当な振り付けを提出した学生たちらしい。

 身から出た錆とはいえ、それを何度も踊らされるのは一種の拷問だとか。

 どんな振付か説明しようと手を動かす悠に、慶二は吹き出してしまった。

 幼いころみたギャグアニメのダンスにそっくりだったからだ。

 

 ――そういえば悠はあの踊り好きで、よく踊ってたな。


 少し懐かしい気持ちになりながら、慶二はなんとか笑いを抑えた。


「そっちは?」


 笑われたことに赤面しながら、悠が問う。

 彼女としても、自分が抜けた後の授業が気になったらしい。


「長距離走だよ、隣の工場まで走るやつ」

「……こういっちゃなんだけど、女の子になってよかったかも」


 慶二は予想通りの反応をする親友ににやり。

 体力のない悠は、いつも足をがくがくさせながら完走していた。それから逃れられたのはこの上ない幸福であろう。


「む……なんだよ、慶二」


 ニヤニヤ顔の慶二に、ふくれっ面で悠が顔を近づける。

 彼女からすれば、何が面白いのかわからないのだろう。


 すると、フルーツの香り――オレンジだろうか――が慶二の鼻孔を擽った。

 体臭とは異なる、女の子の香り。


「――なんか、つけてるのか?」


 慶二は出来る限り平静を装った。


「え? ああ、制汗剤。ミミちゃんに強引にぷしゅーってやられた」


 どれだけ「ひやっとする感覚が嫌」といっても許されなかったと悠は続ける。エチケットというものらしい。


「……そうか。そろそろ予鈴、鳴るな」

「あ、そうだね。じゃあね」


 悠が自分の席に戻るのを見送った後、慶二は


「不意打ち気味に来るのはやめてくれ……」


 と小さく呟いた。





 体育の次はホームルームだった。

 四時間目で、これが終われば昼休み。自然とだらけた空気になりがちである。


「注目! これから、体育祭の参加リストを作ります!」


 それを払拭しようと、担任である木戸が声を張りあげる。自然とクラス中の視線が集まった。


「じゃ、後は運営委員、よろしく」


 それだけ言うと、自分の席に戻り、腕組みの姿勢。

 体育祭運営委員は一学期の内に決められている。


 男女の運営委員が前に出た。

 鹿山と一香である。

 一年B組の運営委員は、真面目さより場のノリを優先して選ばれた。

 ……投票ではない。立候補だ。


 二人以外にやりたがる生徒はなく、なら押し付けてしまおうということで決まったのである。

 そのとき、慶二は部活に集中したいと考えていたので、傍観を貫いていた。


 後になって話したところ、悠はてっきり運動能力の高い実夏か慶二が選ばれるかと思っていたらしい。

 彼女は勘違いしているのだが、運営委員に求められるのは場を仕切る能力であり、運動能力ではない。


 結果がこれである。

 

「とりあえず、運動が得意な人から決めよ~」

「いいんじゃね? じゃ、運動が得意な人、手、上げて!」


 恐ろしく緩い。

 が、おかげで話が早い。

 クラスの人数と種目の参加者数を考えれば、必然的に重複して出場する生徒が必要になる。大分端折られているが、まずそれから決めようということである。

 若干不安を感じる生徒はいるものの、話をまとめる能力だけは高い二人である。


 木戸も、生徒の自主性に任せる方針なので何も言わない。

 彼女は、教育方針が「ある程度は生徒の自主性に任せ、未熟ゆえに誤ったときはそれとなく助ける」だと公言している。新任であるというのに、肝が据わった教師だといえた。


 自信のある生徒たちが何人か挙手をする。

 その中には実夏と愛子が含まれていた。


「慶二、見て見ぬふりするんじゃねーよ!」


 鹿山からヤジが飛ぶ。

 慶二の手は机につけたまま。それどころか、出来るだけ目立たぬよう、机に伏せている。

 彼の運動能力は、クラスでも上位に入るというのにである。


 ――だって、なあ。


 慶二は、実夏と愛子の両名をちらりと伺った。


 ――面倒くさいことになりそうだし。


 クラス全体の運動能力を考えると、間違いなく花形競技である男女混合リレーに慶二、実夏、愛子の三人が組み込まれる。

 この二人のいがみ合いに巻き込まれるのはごめんだ。

 慶二は本気でそう思っていた。


 しかし


「慶二の名前書いといて」

「りょ~かい~」


 司会は無慈悲であった。

 強制的にリストに名前が綴られていく。


 慶二の顔が苦悶に歪む。

 だがそれを止めようというものは誰もいなかった。





 余談だが、悠は蚊帳の外であった。

 運動能力の低い彼女にとって、体育祭は無縁なのである。

 全員参加の種目を除けば、障害物競走のような得点への影響の小さい競技だけで済ませるつもり。事実、それは現実となった。


 しかし、今年の体育祭。

 勝利のカギを握るのが悠の行動であることを、このとき誰も知らなかった。

 冬に夏の話上げてる時点でいまさらですが、大晦日なのに運動会シーズンです。

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