表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/104

二十話 一緒に着替えるのは恥ずかしい。

「悠! こないだの人、単に部活のマネージャーなんだって!」


 実力テストも全て終わった次の日、教室で悠は実夏にそう言われた。

 続きを聞けば、サッカー部の打ち合わせで会っただけらしく、そういう関係ではないらしい。


「よかったね、ミミちゃん」

「何の話だ?」


 その場にいた慶二が割り込むと


「うるさい、慶二、あっち行ってなさいよ! 今女の子同士の話をしてるの!」


 実夏に追い返される。

 そのとき、少し実夏の頬が紅潮していたことを悠は気づかなかった。


「うん……うん……?」


 一週間前、女の子になってよかったと思った悠だが、完全に女の子扱いされるのは複雑である。

 あくまで、親友を慰められたという点において喜んだのだ。


「それにしても、どうやってわかったの?」


 慶二が追いやられるのを不憫に思いながら、悠が尋ねる。


「それはですね。私が家の人に頼んでみたんです」


 背後から理沙に声をかけられ、どきり。

 たまに彼女は気配を隠して近づいてくることがある。

 日本舞踊の応用とは本人の言である。


「……冗談だよね?」


 黒服のSPが聞き込み調査をしている姿を想像し、悠が一言。


「さぁ、どうでしょうね」


 理沙の答えは曖昧だった。

 はぐらかされたといえるかもしれない。


「悠。ありがと。慰めてくれたおかげだと思う」


 とはいえ、満面の笑みで親友に言われてしまえば、悠も相好を崩すしかない。


「ううん。一生友達、でしょ?」


 そう答えた途端、実夏は悠へとダイブ。


「うわっ!」

「あらあら」


 体勢を崩しそうになりながら、悠は思考していた。


 ――サッカー部で、僕の家に向かう途中会う男の子か。


 ――誰なんだろ?


 悠は必死に考えたものの、思い当たる人物は出てこなかった。





 五日ほどかけたテスト週間が終わり、今日から日常的な授業が行われる。

 基本的に、悠にとってさしたる問題はなかった。

 座学において性差は重要視されないためである。


 しかし、ある科目だけは問題がある。

 体育である。

 当然ながら学生服のままで授業を受けるわけにはいかない。

 体操服に着替える必要があるのだ。


 しかも耶麻中は九月になってすぐ、体育祭の準備に取り掛かる。

 そうなれば必然的に体育の授業回数は増えるのである。


 クラスのほとんどの女子たちは


「大丈夫、悠ちゃんなら気にしないよ」


 なんて言ってくれた。

 ……たった一週間のうちに、悠は「ちゃん」付けがデフォルトになりつつあった。


 それは兎も角。

 悠自身が気にするのである。

 自身の裸身ですら耐えられなかった彼女が、他人の物など、耐えられるはずがない。


 ――水泳のシーズンが終わっててよかった……。


 不幸中の幸いというべきか、致命傷は避けた。

 もし夏休み前にこの出来事が起きていれば、悠の精神はパンクしていたかもしれない。


 それでも下着姿を見るのは辛い。

 出来る限り目を反らすよう努めている。

 

 悠にとって救いといえたのは、女生徒たちが下着姿で語り合うほど開けっぴろげではなかったこと。

 もしかしたら悠に配慮してかもしれないが、彼女たちは器用にささっと着替えてしまう。


 漫画やアニメでよく見かけた、下着で


「A子ちゃんスタイルいいね~」

「Bちゃんの胸やわらかーい」


 なんて語り合う女性たちは幻想であった。

 健全な中学生なら嘆くべきかもしれないが、悠はほっと胸をなで下ろすのだった。


 しかし、悠は彼女たちのようにさっさと着替えることは出来ない。

 一々手間取ってしまうのだ。


 悠にとって他人の裸体を見ることは恥ずかしいことだが、自分の裸体を見られることも同様の羞恥を与えた。

 顔を真っ赤にして女子更衣室を後にする悠の姿は、一種のマスコットとしてクラスで扱われつつあった。


「ふふふ、悠さんはいつも可愛らしいですね」


 そんな悠を見て理沙が微笑む。

 からかいだけでなく、慈しむような感情交じりの声色だった。


「も、もう。理沙ちゃんはからかわないでよ」

「でも、少しは慣れなさいよ。女の子になってそろそろ一か月でしょ?」

「う……、でも……」


 なんて友人たちと語り合っていると


「悠はさっさと出てけよ!」


 つんけんとした口調で、少女が怒鳴ってきた。


「猪田さん……」


 彼女の名は猪田(いのだ) 愛子(あいこ)

 勝気な瞳がチャームポイントの少女である。

 常に二人の舎弟を引き連れ――男子なので流石に女子更衣室にはいないが――その上、男勝りな口調。

 ついたあだ名は女番長。


 ――とはいえ、畏怖からつけられたあだ名ではない。

 今の悠と同じぐらいの背丈なので、普段は可愛い小動物のような扱いを受けている。


 彼女は、悠を受け入れたという「クラスのほとんどの女子」ではない。

 所謂「受け入れなかった側」の一人である。


 愛子に賛同する生徒は数人だけだがいた。

 別に、陰湿ないじめに発展しているわけではない。

 悠が更衣室に入るとそそくさ出て行ってしまうか、逆に悠が出るまで入室しないだけ。


 しかし、猪田だけは


「悠、私はお前が女だとは認めないからな!」


 と面と向かって言ってくる。


「う、うん」


 意外なことに、悠は彼女に好感を覚えていた。

 変にひそひそ遠巻きに見られるより、直接言ってくれた方がすっきりする。

 それに、完全に女の子扱いされるのは、男だった頃の自分が忘れ去られてしまうようで悲しい。


「愛子、……あんたって本当ねちねちしてるのね。昔から悠に突っかかって来たけど、こんなときでも同じだなんて」


 とはいえ、実夏には親友への暴言としか思えないようだ。


「うるせーよ、ミミ。お前にはかんけーねー」


 そんな実夏を、愛子は鼻で笑う。

 一切悪びれた様子のない態度に、実夏のこめかみに青筋が浮かんだ。


「関係あるに決まってるでしょ!」

「お、落ち着いてよ、ミミちゃん! もう着替え終わったから! じゃ、猪田さん、ごめんね」


 必死で実夏を抑え、悠たちは更衣室を後にした。


 ――僕にっていうより、ミミちゃんに突っかかってる気もするけどなあ。


 廊下を歩きながら、悠はそう思った。

 愛子と実夏の対立は今に始まったことではない。

 幼馴染三人は、彼女とも幼稚園からの付き合いなのだ。


 小学校に上がるまで、二人の仲はとてもよかった。

 しかし、いつの日からか愛子が一方的に実夏を敵視するようになってしまった。

 今となっては完全に犬猿の仲。


「はぁ……二人とも昔みたいに仲良くしてくれたらいいのに」


 悠の口からため息が零れた。

 それを見て理沙は


「悠さんって鈍感ですよねえ……」


 と呟くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
意外とモテてたw 小学生の時分は足の速い子とか運動出来る子がモテるって聞くけど実際はその次くらいに優しかったり気遣い出来る子がモテるんよな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ