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二話 夢だったら覚めないで欲しい。

 冷房の効いた電車に乗ると、二人は息をついた。


「ふ~。生き返ったって気がするわ」

「ホント。この駅の待合室、クーラーついてないからね」


 悠たちの暮らす耶麻町はかなり田舎の部類に入る。

 当然、駅も小さく、設備がほとんど整っていない。

 なにせ、自動改札すらついていないのだ。田舎っぷりは筋金入りである。


 小学校のころ、社会科見学で工場に向かったのだが


「この工場では自動改札機を作っているんですよ。みなさんの住んでいる街の駅にもありますよね~」


 というガイドさんの呼びかけに、全員が沈黙を貫いたという虚しい逸話が存在する。


 ひんやりとした冷気に汗が引くのを感じながら、悠は車窓に反射する自分の姿を見る。


 お世辞にも高いと言えない背。

 中性的――といえば聞こえはいいが、頼りなさげな顔つき。寝癖を整えただけの髪。TシャツにGパンという、冴えないコーディネート。

 我ながら、隣の少女とは不釣合いだと悠は自嘲した。


 実のところ、一世一代の大勝負の前に、精一杯のおしゃれをしようと考えていたのだ。

 だが、悠には致命的に服装センスがなかった。とりあえず親の買ってきたものを適当に見つくろって着る。そういう少年なのだ。


 あまりにうんうん唸っていたところを母親に叩き出され、このような服装となった。

 まあ、母親の一喝は


「あんたの普段の姿を実夏ちゃんは知ってるの! 今更取り繕ったって何になるの!」


 と悠からしても頷けるものだったのだが。


 ――なんでお母さん、僕が告白するって知ってるんだろう。


 首をひねるものの、答えは出ない。

 しかし、彼の親からすれば息子の考えることなど、掌の上のように簡単にわかってしまうのだ。そもそも、机の上の細工した写真を見れば一目瞭然である。

 もし尋ねれば


「え、隠してるつもりだったの?」


 とあっけらかんとして答えるだろう。





『川上~川上~お降りのお客様は、ドア横のボタンを押してお降り下さい~』


 駅員の独特のアナウンスに合わせて実夏は赤いボタンを押した。


「ぽちっとな」


 ついそう呟くのは彼女のくせ。

 彼女はボタンを押すのが好きなのだ。電車、バス、その他諸々――自分に任せろといって憚らない。

 そのあたり、どんどん大人っぽくなりつつある彼女もまだ子供なのだと感じ、悠は安心する。


 耶麻町から川上市まで電車で15分ほど。

 一人で向かうには退屈だけど、二人ならお喋りの内にあっという間に着いてしまう微妙な時間だ。

 待たせている慶二のことを考え、悠たちは迅速に駅を出る。


 駅を出ればすぐ目的地のショッピングモールへと辿り着く。

 その名もリバー・シティ。


 約十年ほど前、耶麻町と大差ない田舎であった川上町――当時は市ですらなかった――の土地を企業が買占め、一大アミューズメントへと生まれ変わらせてしまった。

 それ以来、周辺の開発は進み、どんどん発展していったのだ。


 学生たちの遊び場として、まず候補に挙がるのがこのリバー・シティである。

 ショッピング、カラオケ、ボーリング。ダーツに居酒屋、なんでもござれ。結果、地元企業との軋轢が産まれているらしいが、悠たちにとっては知ったことではない。


 リバー・シティ玄関に入り、スマホで慶二へと連絡する。


『今どこ? 僕たちは着いたよ』


 短文を送れば返信は早かった。


『すまん。用事が出来て今日はいけそうにない。悠、ミミ、二人で楽しんでいってくれ』


 ――け、慶二!


 恐らく気をまわしたのだろう。

 最初からそのつもりだったのか。


 健全な青少年なら二人きりのデートだと喜ぶべきだろう。


 だが、悠は違った。

 彼はヘタレなのだ。


 ――余計なことしすぎだよぉ!


 予定外のことに慌てふためくしかない。

 実のところ、電車の中ですら、なんとか平静を保っていただけなのだ。


「なんて?」


 実夏はぐいと体を乗り出し、悠の手元のスマホを覗き見る。

 密着するような形になり、心臓がドキリ。


「きょ、今日は用事が長引いて無理だって……」

「そ。折角来たんだし、二人で回ろうか? 電車代も勿体ないしね」

「う、うん」


 早くも悠はリードを取られつつあった。





 午前中は、実夏に付き合ってウィンドウショッピングを楽しんだ。

 少し退屈であったのは事実だが、悠としては実夏の様々な衣装が見られるのだから、眼福である。

 実夏は様々な服を試着していった。

 特に目を惹かれたのが、普段と異なりガーリッシュなファッションをした実夏だ。


 少し丈が短めのスカート。ふりふりのブラウス。

 トドメに上目づかいで


「ねえ、悠。やっぱり男の人ってこういう服が好きなのかな?」


 なんて可愛らしく首を傾げるのだ。

 こういうとき、気の利いた言葉をかけられればいいのだが


「……人によるんじゃないかな」


 としか返せないのが悠という少年だった。

 内心


 ――どうして僕はこんな返事しか出来ないんだ!


 とのた打ち回るのだが、実夏は気にした風もなく


「そっか。そうよね」


 とだけ告げると別の服を探し始めた。





 腕時計を見れば十二を指していた。

 ファッションショーは切り上げ、昼食をとることになった。

 リバーシティ内は様々なレストランが凌ぎを削っている。和洋中、その日の気分で楽しめるのだ。他にも更に安価なフードコートがあり、学生に優しい仕様である。


 今日は奮発して、雰囲気の良いカフェへと向かうことになった。

 慶二の入れ知恵である。

 『ヴィステリア』という名で、確かに女性好みのする、お洒落なカフェだった。

 アンティークは過度に主張しないよう配置されているし、流されている音楽も落ち着いたジャズである。


 相談の末、二人はパスタセットを頼んだ。

 サラダとパン、パスタ、食後のコーヒーの組み合わせ。少し追加すればデザートもメニューに加わるシステムだ。

 悠は単品、実夏はデザートも追加する。


 味は申し分ない。

 トマトソースなのだが、何処か和風の出汁を感じる。

 とはいえ、普通の男性なら、少し物足りない量ではないかと悠は思った。


 ――僕はこれで十分だけどな。


 悠は食べ盛りの中学生にしては少食だ。

 下手すれば、女の子の方が食べるのではないかという程度。

 そのため、同学年の女子と一緒に食事をとる機会は殆どない。「まるで自分が大食いのようだ」と嫌われるからである。


 そのあたり、実夏は気にしないので付き合いやすい。

 まあ、四人目の親友である彼女(・・)も特に何も言わないが。


 食後のコーヒーと共に、実夏にだけスイーツが運ばれてくる。

 ミルフィーユにフルーツの盛り合わせ、最後にアイスがトッピングされている。


「……よく入るね」


 満腹感で気が緩み始めた悠がぼそっと呟く。

 慌てて口を押えるが、実夏は気にしたそぶりはない。


「こういうのは別腹なの。悠も女になればわかると思うわ」


 冗談すら返す始末だ。


「ははは……それでも僕は食べられないと思うなぁ……」


 悠には想像できない。

 食後にモリモリとスイーツを頬張る自分の姿など。

 このあと、コーヒーをすすりつつ幾つか言葉を交わすと、二人はカフェを後にした。





 さて。

 食事も済み、次はどこに向かうかという相談が始まった。


「午前中はあたしの行きたいところだったし、昼から悠が決めていいわよ」


 伸びをしつつ実夏が言った。


「あ、折角だし、悠の服でも見る?」


 そして、いい考えだとばかりに提案する。


 ――いや。僕は。


 ここで言わねば、いつ言うというのか。

 悠は、一世一代の決心をし、自分の頬をぱちんと叩く。


 ――気合を入れろ!


「ミミちゃん、僕が行きたいのは――」





 二人が向かったのは、リバーシティ屋上だった。

 日によってはヒーローショーなどでごった返しているのだが、特にイベントのない今日は人も疎らだった。


 中央には噴水があり、いくつかベンチが配置されている。

 客の憩いの場として常に解放されているのだ。


 風が、少しだけ強い。


「ミミちゃん、僕は――僕は――」


 悠と実夏は面と向かい合っている。

 どもる悠に対し、実夏は無警戒。

 この状況は小学四年生から幾度となく繰り返されてきた。


 悠にとっては情けない記憶でも、実夏からすればもう慣れた幼馴染の奇行なのだろう。


 ――言うんだ! ここで引くわけにはいかない!


 決意を固め、悠は宣言する。


「僕は、ミミちゃんが好きだ!」


 悠の顔は真っ赤だった。

 今までの認めた便箋なんて何の意味もない。

 二年間貯め続けた想いが籠った、飾りっけの一切ない求愛の言葉。


 そして、彼女は――。

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