二話 夢だったら覚めないで欲しい。
冷房の効いた電車に乗ると、二人は息をついた。
「ふ~。生き返ったって気がするわ」
「ホント。この駅の待合室、クーラーついてないからね」
悠たちの暮らす耶麻町はかなり田舎の部類に入る。
当然、駅も小さく、設備がほとんど整っていない。
なにせ、自動改札すらついていないのだ。田舎っぷりは筋金入りである。
小学校のころ、社会科見学で工場に向かったのだが
「この工場では自動改札機を作っているんですよ。みなさんの住んでいる街の駅にもありますよね~」
というガイドさんの呼びかけに、全員が沈黙を貫いたという虚しい逸話が存在する。
ひんやりとした冷気に汗が引くのを感じながら、悠は車窓に反射する自分の姿を見る。
お世辞にも高いと言えない背。
中性的――といえば聞こえはいいが、頼りなさげな顔つき。寝癖を整えただけの髪。TシャツにGパンという、冴えないコーディネート。
我ながら、隣の少女とは不釣合いだと悠は自嘲した。
実のところ、一世一代の大勝負の前に、精一杯のおしゃれをしようと考えていたのだ。
だが、悠には致命的に服装センスがなかった。とりあえず親の買ってきたものを適当に見つくろって着る。そういう少年なのだ。
あまりにうんうん唸っていたところを母親に叩き出され、このような服装となった。
まあ、母親の一喝は
「あんたの普段の姿を実夏ちゃんは知ってるの! 今更取り繕ったって何になるの!」
と悠からしても頷けるものだったのだが。
――なんでお母さん、僕が告白するって知ってるんだろう。
首をひねるものの、答えは出ない。
しかし、彼の親からすれば息子の考えることなど、掌の上のように簡単にわかってしまうのだ。そもそも、机の上の細工した写真を見れば一目瞭然である。
もし尋ねれば
「え、隠してるつもりだったの?」
とあっけらかんとして答えるだろう。
◆
『川上~川上~お降りのお客様は、ドア横のボタンを押してお降り下さい~』
駅員の独特のアナウンスに合わせて実夏は赤いボタンを押した。
「ぽちっとな」
ついそう呟くのは彼女のくせ。
彼女はボタンを押すのが好きなのだ。電車、バス、その他諸々――自分に任せろといって憚らない。
そのあたり、どんどん大人っぽくなりつつある彼女もまだ子供なのだと感じ、悠は安心する。
耶麻町から川上市まで電車で15分ほど。
一人で向かうには退屈だけど、二人ならお喋りの内にあっという間に着いてしまう微妙な時間だ。
待たせている慶二のことを考え、悠たちは迅速に駅を出る。
駅を出ればすぐ目的地のショッピングモールへと辿り着く。
その名もリバー・シティ。
約十年ほど前、耶麻町と大差ない田舎であった川上町――当時は市ですらなかった――の土地を企業が買占め、一大アミューズメントへと生まれ変わらせてしまった。
それ以来、周辺の開発は進み、どんどん発展していったのだ。
学生たちの遊び場として、まず候補に挙がるのがこのリバー・シティである。
ショッピング、カラオケ、ボーリング。ダーツに居酒屋、なんでもござれ。結果、地元企業との軋轢が産まれているらしいが、悠たちにとっては知ったことではない。
リバー・シティ玄関に入り、スマホで慶二へと連絡する。
『今どこ? 僕たちは着いたよ』
短文を送れば返信は早かった。
『すまん。用事が出来て今日はいけそうにない。悠、ミミ、二人で楽しんでいってくれ』
――け、慶二!
恐らく気をまわしたのだろう。
最初からそのつもりだったのか。
健全な青少年なら二人きりのデートだと喜ぶべきだろう。
だが、悠は違った。
彼はヘタレなのだ。
――余計なことしすぎだよぉ!
予定外のことに慌てふためくしかない。
実のところ、電車の中ですら、なんとか平静を保っていただけなのだ。
「なんて?」
実夏はぐいと体を乗り出し、悠の手元のスマホを覗き見る。
密着するような形になり、心臓がドキリ。
「きょ、今日は用事が長引いて無理だって……」
「そ。折角来たんだし、二人で回ろうか? 電車代も勿体ないしね」
「う、うん」
早くも悠はリードを取られつつあった。
◆
午前中は、実夏に付き合ってウィンドウショッピングを楽しんだ。
少し退屈であったのは事実だが、悠としては実夏の様々な衣装が見られるのだから、眼福である。
実夏は様々な服を試着していった。
特に目を惹かれたのが、普段と異なりガーリッシュなファッションをした実夏だ。
少し丈が短めのスカート。ふりふりのブラウス。
トドメに上目づかいで
「ねえ、悠。やっぱり男の人ってこういう服が好きなのかな?」
なんて可愛らしく首を傾げるのだ。
こういうとき、気の利いた言葉をかけられればいいのだが
「……人によるんじゃないかな」
としか返せないのが悠という少年だった。
内心
――どうして僕はこんな返事しか出来ないんだ!
とのた打ち回るのだが、実夏は気にした風もなく
「そっか。そうよね」
とだけ告げると別の服を探し始めた。
◆
腕時計を見れば十二を指していた。
ファッションショーは切り上げ、昼食をとることになった。
リバーシティ内は様々なレストランが凌ぎを削っている。和洋中、その日の気分で楽しめるのだ。他にも更に安価なフードコートがあり、学生に優しい仕様である。
今日は奮発して、雰囲気の良いカフェへと向かうことになった。
慶二の入れ知恵である。
『ヴィステリア』という名で、確かに女性好みのする、お洒落なカフェだった。
アンティークは過度に主張しないよう配置されているし、流されている音楽も落ち着いたジャズである。
相談の末、二人はパスタセットを頼んだ。
サラダとパン、パスタ、食後のコーヒーの組み合わせ。少し追加すればデザートもメニューに加わるシステムだ。
悠は単品、実夏はデザートも追加する。
味は申し分ない。
トマトソースなのだが、何処か和風の出汁を感じる。
とはいえ、普通の男性なら、少し物足りない量ではないかと悠は思った。
――僕はこれで十分だけどな。
悠は食べ盛りの中学生にしては少食だ。
下手すれば、女の子の方が食べるのではないかという程度。
そのため、同学年の女子と一緒に食事をとる機会は殆どない。「まるで自分が大食いのようだ」と嫌われるからである。
そのあたり、実夏は気にしないので付き合いやすい。
まあ、四人目の親友である彼女も特に何も言わないが。
食後のコーヒーと共に、実夏にだけスイーツが運ばれてくる。
ミルフィーユにフルーツの盛り合わせ、最後にアイスがトッピングされている。
「……よく入るね」
満腹感で気が緩み始めた悠がぼそっと呟く。
慌てて口を押えるが、実夏は気にしたそぶりはない。
「こういうのは別腹なの。悠も女になればわかると思うわ」
冗談すら返す始末だ。
「ははは……それでも僕は食べられないと思うなぁ……」
悠には想像できない。
食後にモリモリとスイーツを頬張る自分の姿など。
このあと、コーヒーをすすりつつ幾つか言葉を交わすと、二人はカフェを後にした。
◆
さて。
食事も済み、次はどこに向かうかという相談が始まった。
「午前中はあたしの行きたいところだったし、昼から悠が決めていいわよ」
伸びをしつつ実夏が言った。
「あ、折角だし、悠の服でも見る?」
そして、いい考えだとばかりに提案する。
――いや。僕は。
ここで言わねば、いつ言うというのか。
悠は、一世一代の決心をし、自分の頬をぱちんと叩く。
――気合を入れろ!
「ミミちゃん、僕が行きたいのは――」
◆
二人が向かったのは、リバーシティ屋上だった。
日によってはヒーローショーなどでごった返しているのだが、特にイベントのない今日は人も疎らだった。
中央には噴水があり、いくつかベンチが配置されている。
客の憩いの場として常に解放されているのだ。
風が、少しだけ強い。
「ミミちゃん、僕は――僕は――」
悠と実夏は面と向かい合っている。
どもる悠に対し、実夏は無警戒。
この状況は小学四年生から幾度となく繰り返されてきた。
悠にとっては情けない記憶でも、実夏からすればもう慣れた幼馴染の奇行なのだろう。
――言うんだ! ここで引くわけにはいかない!
決意を固め、悠は宣言する。
「僕は、ミミちゃんが好きだ!」
悠の顔は真っ赤だった。
今までの認めた便箋なんて何の意味もない。
二年間貯め続けた想いが籠った、飾りっけの一切ない求愛の言葉。
そして、彼女は――。