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十六話 さすがに僕も恥ずかしい。

 結局、慶二は三日のうちに宿題を終わらせ、旅立っていった。

 ……その前日に魔力供給を行い、精神を磨り減らすことになったが。


 宿題が殆ど手つかずだった実夏は、それ以降も連日悠の家に押し掛けることとなった。

 悠としては、内心とてもうれしい。

 ぎくしゃくしてもおかしくない告白の後だというのに、関係性が変わることなく付き合えているからだ。


 理沙もほとんど毎日来た。

 彼女は色々なお稽古に縛られ時間を取るのが難しいのだが、バカンスで会えなかった穴埋めをするかのように、足しげく通う。


 そして、あっという間に激動の夏休み後半は終わった。





 始業式前日。夏休み最後の日。

 悠は特大の渋面を作っていた。


「これ、着なきゃ駄目なんだよね……?」


 悠が女になってから二週間が経過していた。

 結局、男には戻れていない。

 まあ、それだけ経てば女性の服にも慣れつつある。


 目の前にあるのは制服である。

 もちろん女生徒用の。


「そうね。先生方の方に連絡はしてあるし、処理(・・)も終わってるわ。二学期からは女子生徒ってことになるわね」


 事も無げに美楽が答える。

 悠としては、仕方ないと思える。

 結局事態は好転していないのだから。


 だが。

 それでも。

 受け入れられないことがあるのだ。


「スカート……」


 そう。

 当然ながら女子用の制服はスカートである。

 この事実は、夏休み中一貫してズボンで通してきた悠に、大きな精神的打撃を与えていた。


 可能性を考えなかったわけではない。

 女子の制服は、一学期中に見慣れたものである。男に戻らなければ自分が着用することになるのは道理。


 しかし、悠は現実から目を背けてきた。

 実夏の面倒を見ることは、彼女にとって一種の現実逃避となっていたのである。


 幸い、上は男子のときと変わらないカッターシャツ。女性用ではあるが、サイズの違いだけなので抵抗はない。

 残暑が厳しい間は夏服で通すことが出来る。

 もちろん、それ以降はブレザーを羽織ることになるのだが。


「ズボンじゃ、駄目?」

「諦めなさい。っていうか、そっちの方が余計目立つわよ」


 悠は、熟慮に熟慮を重ねた。

 男としての矜持を捨てスカートを履くか。

 三年間、異彩を放ち続けるか――。


 結論は、前者だった。





 美楽としては内心、「どっちでも登校初期は目立つだろうけど」と思っていたが口には出さない。

 メンタル的に弱い悠の場合、登校拒否になりかねない。


 ――まあ、登校しちゃえばなんとかなるでしょ。


 そう美楽は考えていた。

 悠は、我が子ながら友達は多くないが友人関係に恵まれた子なのだ。


 「魔法」の通じない慶二や実夏は、人外であるという一間家の告白を二つ返事で受け入れてくれた。

 理沙の対応も然り。

 あくまで「魔法」とは、「突然性別が変わることもありえる」と認識を書き換えるもの。女性になった悠を受け入れるかどうかは別の話。

 だというのに、彼らは忌避することなく友人でいてくれる。


 これほど幸せなことはないだろう。


 夢魔である以上、避けられない困難というものがある。

 悠はその第一段階に立っただけ。


 しかし、娘を支えてくれる友人がいれば大丈夫。

 美楽はそう信じているのだ。





 翌朝。

 決意はしたものの、悠は悶絶していた。


 まるで、触れてはならぬもののように、おっかなびっくり手を伸ばす。


「いい加減にしなさい! 遅刻するわよ!」


 傍から突っ込みが入った。

 美楽である。

 珍しく朝早くに目が覚めたとはいえ、このままうだうだしていては遅刻は確実。


「ショーツ着けてブラジャーしておいて、今さらでしょうに」


 諭すように言われてしまうと、悠としてはぐうの音も出ない。


 ――よし!


 悠は、いつものように気合を入れ、頬を叩く。


 ――もう。やるしかない。





 慶二は、いつも登校より少し早い時間に家を出る。

 登校に要する時間は二十分ほど。だというのに、三十分以上前である。


 理由は、一間家へ立ち寄るためである。

 悠は朝が弱いため、登校中、あっちへふらふら、こっちへふらふらと心配極まりない。

 そんな幼馴染を、彼が心配し朝迎えに来るのは必然といえた。


 ちなみに、彼の通う中学は朝練を廃止している。

 昨年から校則で一律禁止にされているのだ。

 睡眠時間などの悪影響を懸念してとか、一時期色々ニュースになった記憶があるが、慶二としてはどうでもいい。

 兄である慶一と比べ、練習不足なのではないかという懸念がちらりと過る程度。


 慶二は、特に意識することなくチャイムを鳴らす。

 いつもなら出迎えるのは美楽。


『悠、まだ準備してるからちょっと待ってね』


 なんて言われて、リビングに上がらせてもらう。

 それが、彼の日常。


 どたどたと音がして、ドアが開いた。

 何か、デジャブ。


「慶二、おはよう!」


 悠だった。

 妙に、テンションが高い。


「よ、よう」


 慶二は何か違和感を覚えた。


 ――あ。


 上半身はカッターシャツ。

 今までと違い、主張する膨らみがあるものの、慶二はスルー。慣れという名の一種の諦めである。

 下半身が、ひらひら。

 丈は同級生に比べ長めなものの、悠が動けば合わせて広がる。

 学ラン姿のあどけない男子生徒ではなく、間違いなく女子生徒がそこにいた。





「スカートだよ、スカート!」

「あ、うん。そうだな」


 気圧されたのか、慶二は気の利いたことは言えず、あいまいな返事。

 が、これは正解だった。


 あくまで、悠はスカートを履いて喜んでいるわけではない。

 現に、彼女の顔は真っ赤。

 いつぞやと同じく、完全なヤケクソ。

 羞恥が極まった結果、燥いでいるだけである。


「凄いよこれ、ひらひらして面白いんだ」


 本心と全く異なることを言う。

 下半身のすーすーした感覚は、悠にとって明らかに未知のものであった。

 布にはそれなりの重さがあり、簡単なことで捲れあがるとは思えないが、それでも不安はぬぐえない。

 もういっそ笑い飛ばしてほしい。そんな気分。


「こういうの学園ドラマのシーンであったよね」


 そう言って悠はくるくると回り出す。

 自然と裾は広がっていき……。


「――ストーップ!」


 白い何かが見えそうになり、慶二は叫ぶ。


「ふぇあ? う、うん」

「落ち着け、それで動き回るな。見える」


 何が、とは言わない。

 悠は首をかしげ――ぼっと火を噴くように真っ赤になった。


「お、お見苦しいものをお見せしました」

「いや、見てない。わかればいいから、わかれば……」


 慶二は、悠を落ち着かせようと必死に宥める。


「まあ、行くか……」

「う、うん……」


 二人の足取りは、重い。

 一緒に登校イベントを作るためだけに廃止される朝練。

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