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十五話 四人目の親友とは久しい。

 翌日、慶二は悠へとメールを送り、返事が来てからようやく一間家へ向かった。

 慶二にとって、今までのように、事前連絡なしで訪れるのは無理。何か嫌な予感がする。心の平穏のためにも、ラッキースケベとかそういうのは御免こうむりたい。


 返事の内容は


『鍵空いてるから自由に入って』


 と一言のみ。

 とりあえず、インターフォンを鳴らしてから慶二は二階へ登る。


 悠の部屋のドアの前に立つと、ノックを三回。


「入って~」


 返事を聞き届け、ようやく慶二は部屋に入ろうとし――


「では、面接試験を開始します」


 思いもよらない人物がそこにいた。


「ミミ!?」


 三谷 実夏その人であった。


「試験番号、一番。古井 慶二くん。着席しなさい」

「……わけわからん」


 なんで実夏がここにいるのか。

 そしてこの茶番はなんなのか。


 その二つを込めて慶二がぼやく。


「……ノリ悪いわねえ」


 呆れたように実夏。


「うら若い男女を密室で二人っきりってのは駄目でしょ。だから来てあげたのよ」


 恩着せがましく告げた。

 とはいえ、彼としては心強い。

 慶二といると燥ぎがちな悠だが、実夏と一緒ならばむしろ振り回される側に回る。

 実夏は、慶二としては見慣れたGパンとTシャツ姿だった。


「……ミミちゃん、そう言うけど、自分もあんまり宿題進んでないんだよ」


 さりげなく悠が告げ口。

 彼女の方に目を向ければ、相変わらずのパンツルック。上はノースリーブであり、慶二としてはなんとなく目のやり場に困る。


「だってぇ。悠の教え方がいいからすらすらわかるのよ」


 実夏の成績は下の上。あまりよろしいとは言えない。

 その分運動能力は男子顔負けであるのだが。


 一方、慶二は中の中。

 ただし、悠と一緒に勉強会した場合のみ。そうでなければ実夏と同レベルまで落ちる。


「うーん、単にやる気がないだけだと思うけど……」


 悠は顔をポリポリと掻いて困り顔。

 とはいうものの、彼女の成績は常に上の上を保っている。根もまじめで、早々に夏休みの宿題は終わらせてしまっている。

 この場で彼女が行うのは、幼馴染への教示と二学期の授業の予習である。


「じゃ、始めるか?」


 気を取り直して慶二が言う。

 持参した宿題の山を床へどさりと置いた。


「ちょっと待って。もう一人来るから」

「もう一人?」


 聞いた傍から、車が止まる音がした。

 窓に視線を向けると、そこには住宅地に不似合いな黒塗りのベンツ。

 ドアが開き、一人の少女が降りるのが見えた。

 そして、少女が何やら告げるとすぐに車は立ち去ってしまう。


「理沙? あいつ、帰ってたのか」

「一昨日、帰国してたみたい。あたしに連絡が来てたから誘ったのよ」


 ブブブと振動音がして、悠のスマホがメール通知を行う。

 手早く悠は返信。先ほどと同様、上がるように指示を送る。


 少しして、またノックの音が響いた。


「入って、理沙ちゃん」


 悠が告げるとドアが開き


「お久しぶりです、皆さん」


 深々と礼をする少女の姿があった。





 少女の名は仁田(にった) 理沙(りさ)

 落ち着いた女の子で、まるで日本人形のようなロングヘアーが特徴だ。和服がよく似合う……というか、自宅では普段着として着ているらしい。

 そう、彼女は所謂いいとこの一人娘なのだ。


 本来なら、悠たちにとっては雲の上の存在である。

 彼女は、悠たちが小学四年生のとき転校してきた。それ以来、幼馴染グループの四人目として仲良くし続けている。


「今日はよろしくお願いしますね」


 はんなりとした雰囲気で理沙が言った。

 座り方は正座。他の二人がぺたんとお尻をつける女の子座りなので、姿勢の良さが強調される。


「あ、ああ。二週間ぶりか?」


 慶二は少し気圧されて聞く。

 親しい付き合いの相手だが、彼としては少し苦手なタイプである。女の子女の子しているより、悠や実夏といった気の置けないタイプの子の方が話しやすい。

 それに、今までは男女が均等なグループだったが、ひょんなことから男子は慶二、一人になってしまった。


「ええ。お土産もありますよ」


 カバンの中からクッキーやチョコレートといったお菓子が顔をのぞかせる。

 誰に送っても喜ばれる、無難なチョイスだ。


「ハワイだっけ?」

「はい、ミミさん。どうして暑い時期に暑いところに行きたがるのか、私にはわかりませんが……ようやく帰ってこれました」


 理沙は不満げに言った。

 彼女としては、家の付き合いも兼ねたバカンスよりも、友人たちと遊びたいというのが本音なのだろう。


 出会って三年目だが、彼女にとって悠たちは親友であると胸を張って言えた。

 同じく、実夏や悠も心を許している。それは、実夏をあだ名で呼ぶことから明らかだ。


「忘れないうちにこの本返しておきますね」


 理沙は三冊の本を差し出す。

 シリーズものの文庫本だ。慶二も何度か勧められたことがある。

 しかし、残念なことに登場人物が多すぎて覚えきれず途中で断念してしまった。


 悠は受け取ると、本棚の空きスペースへと片づける。


「どう? 面白かった?」

「はい。まさか、最後にこんなどんでん返しがあるなんて……。悠さんのおすすめの本には外れがないです」


 元々、悠が理沙と仲良くなったきっかけも本だった。

 悠が図書室で読書をしていたところ、理沙に話しかけられたのだ。そして趣味が合致し、深く付き合うようになったのである。


「それにしても悠さん。本当に女性になられたんですね……」


 理沙はしみじみ。


「あ、うん。でも、僕は僕。これからもよろしくね」


 彼女も「魔法」の影響を受けた側らしい。

 三人とも美楽から「実夏ちゃんや慶二くんのような人間は数千人に一人ぐらい」と聞いているので、特に思うことはない。


「すこし、残念です」


 ため息交じりで一言。

 悠は


「それって、……どういう?」


 と恐る恐る尋ねた。

 一拍おいて


「――男の子の悠さんを一度でいいから女装させてみたかったんです」


 激白である。

 流石の実夏も、引き気味。


「今の悠じゃ駄目なのか?」


 慶二には理解できない。

 現に今の悠は、飾りっ気は薄いが、慶二から見て女の子らしい服装をしている。


「男の子が女の子の格好をするのがよろしいんじゃありませんか!」

「お、おう……」

 

 理沙の前に、三人の心が一つになった。

 何を言っているんだこいつは。


 理沙はようやく、自分を見つめる眼差しに気づいた。これは、まずい。


「……こほん。ともかく、勉強会を始めましょうか」


 熱く語りすぎた自分を恥じ、咳払いをして理沙が促す。


「そ、そうだね。お茶もってくるよ」


 そそくさと悠が一時離脱。

 親友との久々の再開だというのに、気まずい雰囲気は中々払拭されなかった。





「うん、わかりやすい! さっすが悠!」


 実夏はご機嫌で悠を褒め称えた。

 彼女は問題集の途中で何度も躓くのだが、その度悠が丁寧に教えてくれる。少しずつ理解が深まり、ついには自分一人の力で一ページやり遂げた。

 そうして嬌声を上げたというわけだ。


「えっと。一学期の復習内容だよね、これ?」


 悠としては、ちょっと複雑。

 そこまで大層なことをしているつもりはないのだ。むしろ、何故そんなに躓くのかが理解できない。


「頭の出来が違うのよ~!」


 実夏の自虐。

 悠はなんと答えればいいかわからなくておろおろ。


「私も教えているんですけどね……」


 少し不服そうな理沙。

 彼女もとっくに宿題など終わらせている組である。学校の成績は上の上の上。要するにトップ。

 必要はないが、友人と遊びたくてこの場に来たというのが本音だろう。


「悪いけど、理沙の教え方さっぱりわかんない」


 理沙は成績は良いものの、説明べただった。

 自身の頭の中では噛み砕かれているようなのだが、上手く伝えることが出来ない。どうして方程式で解が導けるかわからない人間に、方程式を使えと言っても、真の理解にはならないのだ。


「む、そうですか」


 理沙が膨れる。

 

「あ、あはは」


 実のところ彼女としても心当たりがあるので、気を悪くした様子はない。おどけているだけだ。

 なんとなく悠は苦笑い。

 悠本人としては、説明上手なつもりはない。父親が塾講師なのが関係あるかな? 程度の認識である。


「にしても。ひたすら黙々って感じね」


 慶二を見て実夏が言う。

 彼は勉強会が始まってから無言を貫いていた。

 驚くべき速さでドリルが消費されていく。


「慶二さんは『やればできる子』ですからね」

「まあ、逆に言えば『やらなきゃできない』のよね」

「実夏さんが言える立場ではありませんけどね」


 痛烈なカウンター。

 穏やかな雰囲気に反し、割と理沙は毒舌気味である。


「ま、まあまあ。僕も意外だった。てっきりうるさいって怒るかなって」


 実夏は集中している間は静かだが、合間合間に姦しい。

 集中の邪魔だと慶二が怒る可能性は十分にあると、悠には思えた。

 しかし、この集中っぷり。もし常にこの状態がキープできれば、成績上位も余裕で狙えるだろうに。

 悠は残念でならなかった。

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― 新着の感想 ―
あ、これ男のまま行ってたらどっかで理沙とくっついてたパターンか?
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