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十三話 少しだけ親友が憎たらしい。

 悠が女の子になってから四日目。

 一度実夏に補充してもらったとはいえ、雀の涙である。魔力が切れ始めた。

 日常的に不都合が出るわけではないが、少し倦怠感を覚える。


 美楽の言っていた「感覚でわかる」とはこのことなのだろう。


「お母さん、慶二の家行ってくる~」

「はいはい。行ってらっしゃい」


 美楽に行き先を告げれば、目的を察したようで、特に言及なく送り出される。

 悠はサンダルを履き、慶二の家へ向かう。

 サンダルはリバーシティで購入したものだ。やはり、靴幅も大きく変化してしまった。合わないサイズは靴擦れを引き起こす可能性が高い。よって、最優先で買い替えたのだ。


 ――ピンポ~ン。


 呼び鈴を鳴らす。

 一間家のものより少しだけ低いチャイム。


 足音がして、一人の青年が迎え入れる。


「あ、悠くんか。……いや、ちゃんなのか? 何はともあれ、いらっしゃい」


 彼の名は古井 慶一。

 名が示す通り、慶二の兄である。年は三つ上。

 若干近視であり、矯正のため家では眼鏡を着用している。


 慶二がガキ大将タイプなら、慶一は理知的なリーダータイプだ。

 年に反して落ち着いた物腰は、男女を問わず当時の小学生の憧れだった。


 特にその影響力は、弟にも色濃く出ている。

 なにせ、慶二がサッカーを始めたのも慶一を見習ってである。


「慶一さん。お久しぶりです」

「弟から聞いてたけど、本当に女の子になっちゃったんだなあ」


 慶一は悠の姿を見てしみじみと呟く。


 シフォンのブラウスにショートパンツ。

 つい先日購入したばかりの新しい衣服である。流石に悠はまだスカートに抵抗がある。

 必然的に、このコーディネートとなった。


 悠としては、おめかししているつもりはない。

 単に、親友に女の子の姿を見せたらびっくりするかな、程度。

 少し恥ずかしいけど、ネタになるならいいかな……。

 そう考えたのだ。


「どういえばいいのかわからないけど……ま、頑張れよ」

「あは。はい、頑張ります」


 上手い表現が思い浮かばなかったのだろう。慶一は、照れ隠しがてら眼鏡のズレを直している。

 どうやら、慶一は「魔法」に引っかかる側の人間らしい。兄弟といえど、魔力は遺伝するものではないようだ。


「慶二だろ? あいつ、寝てるかもなあ。……来週から旅行なのに、どうする気なんだか」


 最後の方はぼそりと呟く。


「ゆっくりしていってくれよ~」


 とだけ言うと、慶一は居間へと戻って行った。

 幼馴染が訪ねてくるのは、彼にとっても見慣れた光景である。

 古井家は共働きなので、基本的にこの時間帯、家にいるのは子供だけ。

 慶二が一間家に慣れ親しんでいるのと同様に、悠も古井家の一員のようなもの。お互いに、そういう認識だった。


 しかし、ここ数日、悠が連絡しても、慶二は都合が悪いと断ってしまう。

 部活などで出かけているのであれば理解できるが、お隣だから家にいることは丸わかりである。

 悠を避けての居留守であるのは明らかであった。


 だからこそ、今日悠は慶二に連絡をしていない。

 唐突に訪れても笑って迎え入れる関係。

 それが二人の男同士(・・・)の友情だった。





 慶二の部屋は、悠のそれと同じで二階にある。

 また、外から見ると、向かい合うような配置をされている。幼いころは、夜ベランダから忍び込むことさえあった。悠は高所恐怖症なので、もっぱら遊びに来るのは慶二の方であったが。


 昼寝中と聞いて、出来る限り音を立てないよう、ひっそりと階段を登る。

 こういうとき、悠は自分に母の血が流れているのだと実感する。

 ヘタレの割に悠は、人を驚かせるのが好きなのだ。


 そーっと。

 そーっと一段ずつ登っていく。


 極力音を立てないよう、慶二の部屋のドアまでたどり着いた。

 まずは聞き耳。

 室内の状況を確認し、トラップを確認せねば。


 なんだか悠はとても楽しくなってきた。

 思い出すのは幼い日の探検ごっこ。

 基本的に引っ込み思案の悠だが、親友たちとのごっこ遊びは好きだった。自分がヒーローになったような気分になれたし、何より仲間たちの手が心強かった。


 聞こえるのはイビキだけ。

 よし。罠はない。


 ――ゴー!


 脳内で自分一人のために合図をかけ、悠は突入した。





 慶二は惰眠を貪っていた。

 本来なら、現在は夏休みの宿題に充てるはずの時間であった。

 だが、早々に匙を投げるとベッドに横になってしまう。


 慶二は決してバカではないのだが、自習となれば集中力がどうにも持たないタイプなのだ。

 なので、毎年、期限ぎりぎりになって悠に面倒を見てもらう。

 これは夏休み恒例の出来事である。 

 同じ部屋で勉学に励むだけで、不思議と集中できたのだ。


 最近あまり眠れていないのもある。

 幼いころから使っている抱き枕があるのだが、流石に経年劣化でボロボロになってしまっていた。

 とりあえずゴミ収集に出したものの、何度寝具屋に足を運んでも二代目としてしっくり来るものが見つからず、未だ空席となっている。


 勿論それだけが不眠の原因ではない。悩みがあるのだ。

 彼の悩みは、端的にいえば、突如少女へと変貌した親友についてである。


 正直に言って、どう対応すればいいのかわからない。

 普通なら、少しずつ、非日常を日常へと受け入れていく道もあっただろう。だが、初日から衝撃は核爆弾級であった。


 かつて親友であった少女が、自分の手で艶めかしく喘いだのである。

 ……少し語弊を生む表現だが、事実。


 あんな濡れた瞳で見上げられたら……。

 もう、慶二にはどうすればいいのかわからない。


 ――あれ(・・)は一間 悠なのだろうか。


 ――YES。


 今となってはもう、否定しようのない、事実である。


 ――あれ(・・)は十年来連れ添った幼馴染なのだろうか。


 ――YES。


 少し会話しただけだが、記憶は一切変化していなかった。


 ――あれ(・・)とこれまで通り付き合ってよいのだろうか。


 答えは、まだ――見つかっていない。


 そして、夢の中で探り当てようとして――何やら、手の中に柔らかい感触があった。

 ……慶二は、状況を理解するのに少しの時間を要した。そして、彼は急速に眠りから呼びさまされた。





「あ。慶二、起きた?」


 頬をむにむにとつまみながら、悠が言った。


「ん、悠……? なんで?」


 寝起きでぼんやりとした思考のまま、柔らかさを堪能しつつ、慶二はぼやく。


 ――ああ、いつものことか。


 お互いに部屋の主が眠っていても押し掛けてくるのはいつものことである。流石に、ベッドの中まで入ってくるのは幼少のころ以来だったが、さして、不都合のあることでは――


 いや。あった。

 夢の中で見た、そして、現実にも存在する腕の中の柔らかい感覚――


「ちょ、悠!?」


 慶二は叫んだ。

 それは、悠だった。

 自分の腕の中に、異性(・・)がいる。

 急いで離すと、がばっと起き上がり、慶二は彼女の姿を見る。


 ちょっとだけボーイッシュだが、十分に女の子らしい服装。

 多分、様子を見るに相手がどう思うかなんて考えていないのだろう。


 が、慶二は大きな衝撃を受けた。

 対処に困惑していた少女(・・)が、性を意識させる格好でやってきた。それどころか、何故か抱きしめている。

 寝起きの彼には強すぎる一撃だった。


 呆けた慶二に悠が言う。


「ベッドに入ったら、いきなり引っ張られてそのまま。中々起きてくれないんだから困ったよ」


 彼女はまったく危機感を感じていない顔。 

 そんな少女に、自身の欲望が鎌首をもたげそうになり、慶二は焦った。


「ば、馬鹿野郎ッ!」


 そして慶二の口から飛び出したのは怒号だった。


「お前、女だろ! 無防備に来るんじゃねえよ!」


 何か起こってからでは遅い。

 もしそうなれば、傷つくのは悠だ。

 そんな思いが、口からついて出た。


 悠は大きく身を震わせる。

 瞳には怯えの色が濃い。


「ご、ごめんなさっ……」


 詫びる途中、悠の目から涙が零れ落ちた。

 ぽろぽろ、ぽろぽろと止まらない。


「あ、ちがっ……」


 慶二としても、これほど強く叱るつもりはなかった。

 ただ、混乱していただけなのだ。


 突如変わってしまった親友への困惑。

 あまりにも無防備な悠への苛立ち。

 親友を無意識のうちに情欲の対象に見てしまった自分への嫌悪。

 色々な感情が綯交ぜとなり、怒号となってしまった。


 慌てて慶二は悠の頭を撫でてやる。

 泣き虫な悠は、こうしてやるのが一番いい。これは親しい人間の中の共通認識。

 もしかしたら、少女の悠(・・・・)は一層泣き虫なのかもしれない。慶二はそう思った。


「すまん、混乱してた……」

「ううん、僕こそ。悪乗りが過ぎたと思う」


 付き合いが長いので、仲直りも早い。

 お互いに謝り合い、一件落着。


 ――これから気を付けてくれたらいい。それでいいじゃないか。


 慶二はそう思った。


 だが


「やっぱり、女の子になっちゃったから、もう慶二とはずっと親友でいられないのかな?」


 悠の無自覚な精神攻撃は、終わっていなかった。

 クリスマスだというのに風邪をひきました。

 次回から一日一回更新になると思います。

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