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十二話 同性のそれでは駄目らしい。

 大よその買い物は終わった。

 途中から好き勝手買ってしまっていたが、冷静になれば母の財布もかなり薄くなってしまったのではないだろうか。

 悠は、自分のせいで余計な出費を強いたのだと考え、凹んでしまった。


 今は悠一人でベンチに佇んでいる。

 実夏はトイレ。美楽は、レシートと駐車場の無料券を引き換えるためサービスカウンターへ行ってしまった。

 流石に何度も試着しているうちに疲弊してしまった悠は、休憩を申し出たのだ。


 すると、一人の男が話しかけてきた。


「君、一人?」


 見るからにチャラい。年齢は高校生ぐらいなのだが、遊んでいるのがわかる風体。

 悠は困惑する。


 悠は経験上、こんな風に声をかけられた経験はなかった。


 ――か、カツアゲ?


 少し前まで男子中学生だった悠としては、自然な思考である。

 だが


「一人なら、ちょっと一緒に遊ばない?」

「……?」


 逡巡して、これがナンパだと理解した。

 当人はまだ理解していないが、現在の悠は、儚げな美少女なのである。


「友達と親を待ってるので、無理です」


 悠は毅然とした態度で応じた。

 相手が複数人だと萎縮してしまっただろうが、一対一ならまだマシ。

 それに、母は兎も角実夏はすぐに戻ってくるだろうという読みもある。


「そんなこと言わずにさ」


 男はしつこかった。

 彼としても、千載一遇のチャンスなのだろう。

 どうにか強引に誘おうと、食い下がる。


「……やめてください」


 男が悠の手首を掴んだ。

 ぞわりと怖気がする。


「いいからいいから」


 何がいいというのか。

 悠は無性に腹が立ってきた。


 ――確かに、僕が馬鹿なことを考えたせいで女になったけど、こんな状況は望んでない!


 環境の変化に貯めこんだストレスが、爆発したのだ。


「もう! あっちに行ってください!」


 悠が吠える。

 凛としたソプラノボイスだった。


 男の様子が豹変する。

 感情が抜け落ち、無表情。その姿はまるでマネキンだった。


 ――え……。


 ただならぬものを感じ、悠の身体が強張った。

 まさか逆切れされるのではないだろうか。

 元々、悠は喧嘩なんてしたことのない男の子だった。女の子になって非力さは更に増している。


 しかし――


「そうだね、ごめん、あっちへいってるよ」


 まるで、棒読みだった。

 だが、男はそれだけ告げると、どこへやら行ってしまった。


 ――た、助かった。


 緊張が解け、悠の身体が弛緩する。

 そこに、実夏がやってきた。


「お待たせ、悠……ってどうしたの!?」


 ぐったりとする親友に、実夏は慌てて声をかけた。


「ちょっと、気が抜けたみたい……」


 出来る限り心配をかけないよう、悠は気丈に笑う。

 とはいえ、実夏としては気が気でない様子。


 結局、五分ほどして美楽が戻ってくるまで、悠はこの出来事を話すことになった。





「軽度の魔力切れね」


 帰ってきた美楽は、少し様子を見てそう判断した。


「歩ける?」


 そして気遣わしげに悠の顔を覗き込む。


「うん、なんとか。でもちょっとしんどいかも」

「そ。ごめん、実夏ちゃん。車の中で、悠に魔力をあげてもらえる?」

「それはいいんですけど、どうしたらいいんですか?」


 魔力と言われても、実夏にはピンとこない。

 美楽は今朝、そのあたりの説明を省いたようである。


「手を握ってるだけでいいわ。異性の方が効率はいいんだけど、同性でも出来ないことはないから」


 悠はなんとか車内に戻り、シートベルトをすると実夏と手を繋いだ。

 憧れの人と手を繋いでるはずなのだが、あくまで友達のそれ。なんだかもやもやを感じる。


 てっきり、昨日の慶二との供給同様、熱に浮かされたようになるのかと悠は想像していた。

 しかし、現実はとても穏やかなものだった。


 確かに魔力は澱みなく送られてくるのだが、殆どが自分の身体には残らない。

 霧散してしまうのだ。


 とはいえ、掌のぬくもりは確かに感じる。強い、安心感。

 悠は、疲れもあって、いつの間にか眠りに落ちてしまった――。





「悠~。もう着いたわよ。起きなさい」


 肩をゆすられ、目が覚める。

 窓から外を伺えば、自宅だった。自動車はとっくに車庫へ入れられている。


 実夏は困った顔。

 悠は思いのほか、手を固く握ってしまっていたようで、降りられなかったのだ。


「あ、ごめん」

「ん、いいよ」


 悠は驚くほど平静だった。

 はにかむ実夏にも、異性としてのどきどきを感じない。


 とはいえ、それを深く考えることなく、シートベルトを外し立ち上がった。


 ――なんか、物足りないな。


 ぼんやりと体内の魔力を感じる。

 率直に言えば、微量にしか回復していない。四十分以上実夏と手を繋いでいたのにだ。


「実夏ちゃん、お茶飲んでいく?」


 美楽の誘い。

 実夏は逡巡したものの


「いえ、帰ります。今日は、ご馳走様でした。服も買ってもらっちゃったし……」


 と遠慮した。


「いいのよ。実夏ちゃん、これからも悠のことよろしくね。色々大変だと思うけど……」

「あは、いつものことですから」

「もう、ミミちゃん!」


 悠は怒って見せるのだが、現に女の子になり大変なことを引き起こしたので、あまり強くは出られない。

 あくまでじゃれ合いのフェイクである。


 ひとしきり笑うと、最後にもう一度だけ礼を告げて実夏は去って行った。

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