十一話 別腹って素晴らしい。
二話目です。
『ブラン』での買い物が終わり、またもや悠は着替えていた。
昼食前に、荷物を車に置きに行くということで話がまとまったのだ。
ジャージが恥ずかしかったのは事実だが、女の子の服はそれはそれで恥ずかしい。
美楽のチョイスも実夏同様、スカートが多かった。
二人曰く
「「悠は女の子らしい服の方が似合う顔」」
らしい。
――どんな顔だよ!
僕の十三年間はなんだったのか。
悠からすれば複雑な心境だ。
彼女に女装趣味はない。
ちなみに、悠自身のチョイスであるボーイッシュな衣服は悲しいほど似合わなかった。
益々悠は複雑になる。
「スカートはまだ無理!」
そう叫び、結局、なんとか頼み込んで、パンツルックのコーディネイトをお願いした。
「まあ、仕方ないわね」
と母に選んで貰ったのが、現在の服装だった。
白のシフォンブラウスに、紺のショートパンツ。
波打った生地は透けていて、余計に悠の白磁の肌を強調する。ショートパンツも端にリボンなどがあしらわれ、女性だと主張している。
――な、なんでこんなに恥ずかしいの!?
悠は、男のころ、何度も短パンを着用したことはあった。
だからショートパンツも特に抵抗なく受け入れたのだ。
が。
実際に歩いてみると感覚が全く違う。
通行人にじろじろと見られると、つい隠したくなってしまう。
――僕、何か変なのかな!?
悠はひたすらあわあわするばかり。
そんな彼女の姿を見て、少し後ろにいた実夏は頭を抱え
「ヤバい、とてつもなく可愛い」
ぼそりと呟いた。
一昨日まで男の子だった悠に女子力で負けている気がする。
頬を朱に染め、目を伏せる姿は抱きしめたくなってしまう。
当人は悪目立ちだと感じているのだろうが、実際は真逆である。
羞恥におどおどとする少女の姿は、他者の庇護欲を掻き立てるのだ。
「今更、もう遅いわよ?」
そんな実夏に、美楽が言った。
「……私は別に好きな人がいますから!」
「ふふ、知ってるわよ。けい……」
「わー! わー!」
必死で隠そうとする実夏。
反応を見て益々、微笑む美楽。
女三人寄ればなんとやらというが、二人でも十分姦しいコンビだった。
◆
昼食のレストランの選択は美楽が行うことになった。
悠としてはあまり空腹ではないし、実夏は奢ってもらうので特に異論はない。
「お洒落なカフェがあるらしいのよ」
美楽は地図を見ながらそう言った。
――なんか嫌な予感がするなあ。
悠の感覚は正しかった。
「あ、ここよ。『ヴィステリア』」
――……そこまで彷彿とさせてくれなくていいのに。
またもやそこは悠の失恋デートコースの一つだった。
美楽としても悪気はないのだろう。
理由がわからず、怪訝な顔をしていた。
一方実夏は
「あ、ここすごく美味しかったんですよ! 続けて食べられるって、嬉しいな」
特に気にした様子もない。
悠は内心複雑だが、なら騒ぎ立てる必要もないと無言を貫いた。
◆
悠たちはまたもやパスタセットを頼んだ。
学生にとっては少し高めだが、主婦の美楽にとっては許容範囲内。
悠は食欲がないのでデザート追加はなしにしようとしたのだが、美楽によって強制的に追加されてしまった。
「私が出すのだから遠慮しないの」
不服そうに悠はするが、自分が遠慮すると実夏も頼みづらいかと思い、素直に頷いた。
しかし
「もし食べられなかったら私が食べてあげるから」
と美楽は付け加える。
……そちらが本音ではないのか?
悠にはそう思えてならなかった。
◆
結局、悠はパスタを少し残してしまった。
男性時代ちょうどよい量だったので、女性になり更にその影響で食欲が薄れている現状では、多すぎたのだ。
宣言通り、その分は美楽が食べる。
やはり、夢魔だからといって少食とは限らないようだ。
そして、少ししてデザートとコーヒーが運ばれてきた。
前回同様、ケーキにフルーツ、アイスの組み合わせ。三人分である。
最初、悠は「食べられるわけがない」とたかをくくっていたのだが、意外なことにケーキセットを目にしたら食欲が湧いてきた。
シフォンケーキをフォークで小さく切り、口へと放り込む。
味覚自体は変わらないのかな? なんて考えていた悠だが、甘味を口にした途端、表情が変わった。
――甘い。
男のころ、悠は甘ったるいケーキが大の苦手だった。
食べるとしたら甘さ控えめ。生クリームなんてもっての外という嗜好をしていた。
だが、どういうことだろう。
濃厚な甘味の前に、つい頬が緩んでしまう。
たちまち二口目に手が伸びる。
「はぁ……悠ちゃんは可愛いなあ」
無心で頬張る姿を眺め、思わず実夏は頭を撫でまわしそうになるのだった。
最終的に少し残してしまったものの、悠は十分な量デザートを堪能したのだった。
◆
「昼から、どうするの?」
満腹感に身を委ねつつ、悠が問うた。
もう服は買ったし用事はないよね? とでも言いたげ。
ちなみに、実夏はすでに美楽に報酬であるおねだりを済ませている。それは、一昨日、悠の前で最後に試着したブラウスとスカートだった。
「あら、まだ買い物は終わってないわよ?」
「え? でも、もう何着も買ったじゃないか」
「あれは余所行き。普段着とかあるでしょうに」
「……」
「なら悠。毎日、さっき買った服を着るの?」
横から実夏が口を挟む。
スカートを履いている自分を想像し――
「ゴメンナサイ。カイモノダイスキ」
片言になってしまうのだった。