十話 どうも僕には似合わないらしい。
車で四十分ほどをかけ、三人は目的地へ到着した。
リバー・シティ。
一昨日の苦い経験が蘇る、大規模ショッピングモールである。
「このあたり、ここ以外あまりいいお店ないのよねえ」
「わかります、美楽さん。ところどころいいところはあるんですけど、やっぱりリバーシティの品ぞろえには敵わないっていうか」
この後を考え、憂鬱になっている悠を余所に、二人のガールズトークに花が咲いている。
「はあ、帰りたい……」
「何言ってるの。あなたずっとその格好でいいの?」
お洒落な二人に対して、悠の服装はジャージである。
当然、丈はだぶだぶ。
流石の悠も、この格好に羞恥は感じている。
道行く人々に、まじまじと見つめられるのだから余計である。
「良くはないけど……」
「悠、いい加減観念しなよ。流石に……ノーブラはどうかと思うわ」
実夏の言葉も、最後の方は小声だ。
公衆の面前で宣言されれば、悠は真っ赤になっていただろうから当然だが。
◆
まず連れてこられたのは、リバーシティの下着売り場だった。
現在、悠が身に着けているのはトランクスである。腰回りががばがばで、いつすっぽ抜けてもおかしくない。
試着する前に優先されるのは当然だろう。
「……あ、あの」
悠の声はぼそぼそ。
人見知りなところがあるとはいえ、いくら悠でも普通なら店員に声をかけられる。
だが、それは普通のお店のお話。
下着売り場は、健全な男性であれば居心地のとても悪い場所である。
傍を通りすぎるだけでもどこか後ろめたさを感じてしまう。
中に入るとなれば、重圧は筆舌に尽くしがたい。
「あの、店員さん。この子のサイズ測ってもらえますか?」
見かねた美楽が声をかけた。
「はい。少々お待ちくださいね」
店員はにっこり。
仕事を中断し、メジャーを胸ポケットから取り出した。
「全身、お願いします。この子、ブラ初めてなので」
「承りました。じゃ、こっちに来てくれるかな?」
店員も悠が一昨日まで男だったとは夢にも思わないだろう。
顔を真っ赤にしているのも、内気な子なのかと思う程度。
言われるがまま、悠は試着室に向かい、上半身裸になる。
キャミソールがあればその上から測ってもらうこともできるのだろうが、残念ながら悠の家にそんなものはなかった。母親のものはサイズが合わない。
ひんやりとした感触と共に、メジャーが回される。
流石はプロ。あっという間に終わった。
次は下半身。
悠はズボンを脱ごうとして――
「あっ」
トランクスであることに気づいた。
店員は……、見てはならないものを見てしまった顔。
だが、あくまでプロである。
何も聞かない。ただ事務的に寸法を測る。
「終わりましたよ。お母さんたちと相談して、サイズにあう下着をお持ちしますね」
悠はこくこくと頷くだけ。
顔は真っ赤を通り越して、今にも爆発しそう。
そうして、悠の人生初めてのサイズ測定は終わった。
◆
幾つかの候補の中から下着を選び終わると、悠たちは下着売り場を後にした。
流石に女の子らしいピンクなどには抵抗がある。
無地の白やブルーの下着を優先して選んでいった。そのうちの一つは、今すぐ着けたいと店員に申し出、タグなどをとってもらった。
悠としては
――こんなに小さいのに、ブラジャーなんているのかなあ?
と疑問に思う。
店員曰く、Aカップらしい。
どうにも着なれない感覚が煩わしい。
それを実夏に告げると
「結構、男子って見てくるから、今のうちに慣れておくべきよ」
と返された。
「……今だから言うけど、悠も何度も見てきたわよね」
「ふぇ……!?」
悲しいことに事実である。
実夏は年の割に発育が良い子だった。必然的に、性に目覚めかけた男子の目を引くわけで……。
悠はもう黙り込むしかなかった。
「じゃ、実夏ちゃん。案内お願いね?」
後ろでこそこそとお喋りする子供たちに、美楽が言う。
美楽もお洒落にはうるさいのだが、流石に少女向けは門外漢のようだ。
この世界に来たころは成熟した女性だったので尚更である。
必然的に、かじ取りは実夏に任されることになった。
「わかりました。最初はどういう風な服を見ます?」
実夏は美楽に対して訊く。
――そこは僕の意見で決めるんじゃないの?
と内心思わなくもないが、スポンサーは母なのでだんまり。
「余所行きの服から見ましょうか。お昼も近いしね」
美楽の一言で、行き先は決まった。
◆
実夏に案内されたのは『ブラン』というお店だった。
「ここ、結構いいお店なんですよ」
何故か実夏が自慢げ。
悠にとって、見覚えのあるお店だった。そう、一昨日のデートで実夏がウィンドウショッピングを楽しんだお店である。
「悠、実夏ちゃんと一緒に探してきなさい。私も別で良さそうなの見つけておくから」
「僕、ミミちゃんやお母さんの選んだのでいいよ」
悠にはファッションなどわからない。
異性のものであれば余計にだ。
早々にギブアップしようとし
「駄目よ。ちゃんと自分で選びなさい。男の子だったころから思ってたけど、少しはお洒落に興味を持ちなさいな」
「……僕が女の子のコーディネイトを学んでどうするんだよ」
悠は男に戻ることを諦めたわけではない。
今は難しいかもしれないけど、必ず再び条件とやらを整えてやる。
「今は女の子でしょ? ファッションの基礎は、男女で変わらないわ。きっと、男の子に戻っても役に立つわよ」
「本当かなあ」
どうにも半信半疑。
だが美楽は畳み掛ける。
「それに、女の子のファッションがわかってればモテるかもしれないわよ?」
悠には心当たりがある。
一昨日のウィンドウショッピング。悠は実夏に気の利いた言葉の一つも言えなかった。
この恋は残念な結果に終わってしまったが、もしかしたら次の恋に活かせるかもしれない。
悠はそう考え、実夏と共に行動することにした。
◆
実夏は慣れた手つきで衣服を選んでいく。
どことなく見覚えがあった。もしかしたら、一昨日のとき、お気に入りを幾つか見つくろっていたのかもしれない。
「……そんなに買ってもらうの?」
咎めるわけではないが、選びすぎではないだろうかと疑問に思い悠は訊いた。
「……これ悠の服よ?」
「え?」
「一昨日試着したとき、あたしには似合わなかったから。でも悠ならって」
「え?」
実夏の手にある服は、全体的にスカートだったりフリルだったり。
所謂少女趣味なチョイス。
「ちょ、ちょっと待って? 僕もミミちゃんみたいに、ボーイッシュな方がいいんだけど」
「ダメダメ、多分悠には似合わないわ」
元男なのにボーイッシュが似合わないとはどういうことだ。
問いただしたい気持ちになりながらも、悠は強引に押されて行ってしまった。