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十話 どうも僕には似合わないらしい。

 車で四十分ほどをかけ、三人は目的地へ到着した。

 リバー・シティ。

 一昨日の苦い経験が蘇る、大規模ショッピングモールである。


「このあたり、ここ以外あまりいいお店ないのよねえ」

「わかります、美楽さん。ところどころいいところはあるんですけど、やっぱりリバーシティの品ぞろえには敵わないっていうか」


 この後を考え、憂鬱になっている悠を余所に、二人のガールズトークに花が咲いている。


「はあ、帰りたい……」

「何言ってるの。あなたずっとその格好でいいの?」


 お洒落な二人に対して、悠の服装はジャージである。

 当然、丈はだぶだぶ。

 流石の悠も、この格好に羞恥は感じている。


 道行く人々に、まじまじと見つめられるのだから余計である。


「良くはないけど……」

「悠、いい加減観念しなよ。流石に……ノーブラはどうかと思うわ」


 実夏の言葉も、最後の方は小声だ。

 公衆の面前で宣言されれば、悠は真っ赤になっていただろうから当然だが。





 まず連れてこられたのは、リバーシティの下着売り場だった。

 現在、悠が身に着けているのはトランクスである。腰回りががばがばで、いつすっぽ抜けてもおかしくない。

 試着する前に優先されるのは当然だろう。


「……あ、あの」


 悠の声はぼそぼそ。

 人見知りなところがあるとはいえ、いくら悠でも普通なら店員に声をかけられる。

 だが、それは普通のお店のお話。


 下着売り場は、健全な男性であれば居心地のとても悪い場所である。

 傍を通りすぎるだけでもどこか後ろめたさを感じてしまう。


 中に入るとなれば、重圧は筆舌に尽くしがたい。


「あの、店員さん。この子のサイズ測ってもらえますか?」


 見かねた美楽が声をかけた。


「はい。少々お待ちくださいね」


 店員はにっこり。

 仕事を中断し、メジャーを胸ポケットから取り出した。


「全身、お願いします。この子、ブラ初めてなので」

「承りました。じゃ、こっちに来てくれるかな?」


 店員も悠が一昨日まで男だったとは夢にも思わないだろう。

 顔を真っ赤にしているのも、内気な子なのかと思う程度。


 言われるがまま、悠は試着室に向かい、上半身裸になる。

 キャミソールがあればその上から測ってもらうこともできるのだろうが、残念ながら悠の家にそんなものはなかった。母親のものはサイズが合わない。


 ひんやりとした感触と共に、メジャーが回される。

 流石はプロ。あっという間に終わった。


 次は下半身。

 悠はズボンを脱ごうとして――


「あっ」


 トランクスであることに気づいた。

 店員は……、見てはならないものを見てしまった顔。


 だが、あくまでプロである。

 何も聞かない。ただ事務的に寸法を測る。


「終わりましたよ。お母さんたちと相談して、サイズにあう下着をお持ちしますね」


 悠はこくこくと頷くだけ。

 顔は真っ赤を通り越して、今にも爆発しそう。


 そうして、悠の人生初めてのサイズ測定は終わった。





 幾つかの候補の中から下着を選び終わると、悠たちは下着売り場を後にした。

 流石に女の子らしいピンクなどには抵抗がある。

 無地の白やブルーの下着を優先して選んでいった。そのうちの一つは、今すぐ着けたいと店員に申し出、タグなどをとってもらった。


 悠としては


 ――こんなに小さいのに、ブラジャーなんているのかなあ?


 と疑問に思う。

 店員曰く、Aカップらしい。

 どうにも着なれない感覚が煩わしい。


 それを実夏に告げると


「結構、男子って見てくるから、今のうちに慣れておくべきよ」


 と返された。


「……今だから言うけど、悠も何度も見てきたわよね」

「ふぇ……!?」


 悲しいことに事実である。

 実夏は年の割に発育が良い子だった。必然的に、性に目覚めかけた男子の目を引くわけで……。

 悠はもう黙り込むしかなかった。


「じゃ、実夏ちゃん。案内お願いね?」


 後ろでこそこそとお喋りする子供たちに、美楽が言う。


 美楽もお洒落にはうるさいのだが、流石に少女向けは門外漢のようだ。

 この世界に来たころは成熟した女性だったので尚更である。

 必然的に、かじ取りは実夏に任されることになった。


「わかりました。最初は(・・・)どういう風な服を見ます?」


 実夏は美楽に対して訊く。


 ――そこは僕の意見で決めるんじゃないの?


 と内心思わなくもないが、スポンサーは母なのでだんまり。


「余所行きの服から見ましょうか。お昼も近いしね」


 美楽の一言で、行き先は決まった。





 実夏に案内されたのは『ブラン』というお店だった。


「ここ、結構いいお店なんですよ」


 何故か実夏が自慢げ。

 悠にとって、見覚えのあるお店だった。そう、一昨日のデートで実夏がウィンドウショッピングを楽しんだお店である。


「悠、実夏ちゃんと一緒に探してきなさい。私も別で良さそうなの見つけておくから」

「僕、ミミちゃんやお母さんの選んだのでいいよ」


 悠にはファッションなどわからない。

 異性のものであれば余計にだ。

 早々にギブアップしようとし


「駄目よ。ちゃんと自分で選びなさい。男の子だったころから思ってたけど、少しはお洒落に興味を持ちなさいな」

「……僕が女の子のコーディネイトを学んでどうするんだよ」


 悠は男に戻ることを諦めたわけではない。

 今は難しいかもしれないけど、必ず再び条件とやらを整えてやる。


「今は女の子でしょ? ファッションの基礎は、男女で変わらないわ。きっと、男の子に戻っても役に立つわよ」

「本当かなあ」


 どうにも半信半疑。

 だが美楽は畳み掛ける。


「それに、女の子のファッションがわかってればモテるかもしれないわよ?」


 悠には心当たりがある。

 一昨日のウィンドウショッピング。悠は実夏に気の利いた言葉の一つも言えなかった。


 この恋は残念な結果に終わってしまったが、もしかしたら次の恋に活かせるかもしれない。

 悠はそう考え、実夏と共に行動することにした。





 実夏は慣れた手つきで衣服を選んでいく。

 どことなく見覚えがあった。もしかしたら、一昨日のとき、お気に入りを幾つか見つくろっていたのかもしれない。


「……そんなに買ってもらうの?」


 咎めるわけではないが、選びすぎではないだろうかと疑問に思い悠は訊いた。


「……これ悠の服よ?」

「え?」

「一昨日試着したとき、あたしには似合わなかったから。でも悠ならって」

「え?」


 実夏の手にある服は、全体的にスカートだったりフリルだったり。

 所謂少女趣味なチョイス。


「ちょ、ちょっと待って? 僕もミミちゃんみたいに、ボーイッシュな方がいいんだけど」

「ダメダメ、多分悠には似合わないわ」


 元男なのにボーイッシュが似合わないとはどういうことだ。

 問いただしたい気持ちになりながらも、悠は強引に押されて行ってしまった。

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