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一話 ただ彼女が愛らしい。

 初日のみ三話更新です。

 十二時に二話、二十時に三話予定。

 夏休みの終わり際のある日。

 一間(ひとま) (はるか)は自分の頬を叩き、気合を入れると


「明日こそ、僕は告白するよ!」

 

 自室で高らかに宣言した。

 自分以外には誰もいない。誰に向けてというわけでもなく、自身を鼓舞するためのものだ。


 悠は、ガッツポーズをとると、机の上に飾られている写真立をちらりと伺う。

 そこには、満面の笑みの男の子と女の子が一人写っていた。

 男の子は当然悠。女の子は、彼の意中の人、三谷(みつや) 実夏(みか)である。


 一見仲睦まじいツーショットに見えるが、これにはトリックがある。

 この写真、途中で折られているのだ。

 悠と実夏が中心に立っているだけで、端には親友がもう一人ずついる……。まあ、気分だけでもというやつだ。


 さて、悠が告白を決意したのには理由がある。

 それは、親友である古井(ふるい) 慶二(けいじ)からのメールだった。

 発端は


「夏休み終了まであと二週間。折角だから出かけようぜ」


 と短めだった。

 悠、実夏の二人に送られたものだ。

 彼ら三人は幼稚園のころからの付き合いで、所謂幼馴染だった。


 程なくして行き先や待ち合わせ時間が決まった。


 そして「また明日」と別れを告げるメールが届いた後、一通の追伸が悠だけに届いた。


「明日、俺は途中で抜けるから上手くやれよ!」


 悠は友情に打ち震え、今度こそ告白をすると決意した。

 ……そう、今度こそである。 





 悠が実夏を意識し始めたのは小学校四年生のとき。

 今までは普通に接していられたのに、何故か視線が彼女に惹きつけられてしまう。

 無意識のうちについ追いかけてしまうのだ。


 そして、視線に気づいた彼女は悠に向けて笑いかけた。

 十年来の付き合いである幼馴染へと、とても無邪気に。


 心臓が早鐘を打ち始めた。

 どきどき、ばくばく。

 頬は紅潮し、食事も喉を通らない。


 悠は、頼れる親友である慶二に異常を相談した。

 すると、帰ってきたのはただ一言。


「それは、恋だな」

「恋!?」


 慶二の言葉が引き金となり、悠はこの感情の正体を理解した。


 確かに思い当たる節はあった。いや、それどころか節しかなかった。


 実夏と話をするだけで、天にも昇るような浮ついた気分になってしまう。それどころか、体に触れたくて仕方ない。瑞々しい唇。柔らかそうな頬。思春期に差し掛かり、丸みを帯び始めた体を抱きしめればどんな感触が味わえるのだろう。


 他にも、実夏が自分以外の男子と喋っているだけで、どこかもやもやする。心臓をきゅっと握りしめられたような不快感。例え、慶二であってもだ。


 これは――嫉妬。


 まさか、こんな禍々しい感情が自分の中に秘められているとは思わなかった。

 悠はそう愕然としつつも、恋というどこか切なくも甘美な感情に酔いしれた。


 想いを自覚した悠の行動は早かった。

 幼馴染ゆえの距離感の近さを利用し、翌日には実夏を呼び出したのだ。

 放課後、人気のない公園。


「み、ミミちゃん……」

「なぁに、悠」


 ミミちゃんとは、実夏のあだ名である。

 みつや みか。苗字と名の両方の頭文字からとったそれは、親しい友人だけが呼ぶことを許されているのだ。

 実夏は少し勝気な瞳で、挙動不審な悠をじっと見つめる。


「僕は……僕は……」

「?」

「ミミちゃんがす、す……」





 ――言うんだ悠!


 事前に相談を受けた慶二は、親友の一世一代の晴れ舞台を見ようと、木陰にさりげなくスタンバイしていた。

 親友のこととなれば、放ってはいられない。義に熱いと言えば聞こえはいいが、若干出歯亀な男であった。


「す、すてきな友達でいたいなって……!」


 慶二は盛大にずっこけた。

 ただし、全くといっていいほど音は立てない。もし覗かれていたとなれば、悠は顔を真っ赤にして怒るだろう。

 覗かないという選択肢はないが、そのあたりの気遣いは出来る男だった。


「悠ったら、変なの。そんなこと言わなくても、あたしたちはずっと友達よ?」


 何を今さら。

 そう付け加えながら実夏に微笑まれれば、悠はもう何も言えない。

 ただ顔を真っ赤にして頷き返すだけ。


 一間 悠。

 彼は行動の速さの割に、いざとなれば及び腰となる――所謂ヘタレであった。





 それから、何度も悠は実夏へ告白しようとした。

 小学校五年生の林間学校のとき。

 六年生の就学旅行の晩。

 卒業式の帰り際。

 中学校に上がってからも同様で、入学式やゴールデンウィークなど、ことあるごとに告白の機会を見計らった。


 だが、全てにおいて直前で思いもよらぬ言葉が出てしまうのだった。


 最初は乗り気だった慶二ですら途中から呆れ果ててしまった。

 「寸止めの男」などという不名誉な称号でからかってくる始末だった。


 中学一年生の夏休み直前。

 悠はある誓いを立てた。

 必ずこの夏の内に告白して見せること。もし出来なければ、もうこの恋は諦める。


 要するに、背水の陣である。

 慶二もこれには感心したのか、協力的な姿勢を再び見せてくれるようになった。


 ……すでに夏休みの終わり際である。

 残り期日はあと二週間。結局悠は、ここまで自分を追いつめてなお、告白できていなかった。


 見かねた慶二のくれた最後のチャンスがこれというわけだ。


 悠は二年前からしたため続けた便箋を取り出した。

 ラブレターである。実際に渡すわけではない。告白用の原稿として綴り続けたのだ。


 まるで乙女だ。


 そう自嘲しつつも、悠は最終チェックに取り掛かった。

 一間悠。

 彼は予習を欠かさない男だった。





 翌日。

 待ち合わせ場所の駅前。切符売り場のすぐ左。

 そこには実夏が立っていた。


 初めて会った時から変わらない強気な瞳。

 半袖のシャツとショートパンツから覗く白いすらりとした手足が眩しい。実夏は一貫してボーイッシュな出で立ちを好むのだが、それが却って彼女の女の子らしさを際立たせている。やはり、少年と少女は違う。

 そう悠は感じた。


 艶やかな黒髪は小学校低学年から伸ばし続けたもの。幼少のころは男勝りな短髪だった彼女だが、小学校に入った途端伸ばし始めたのだ。

 彼女が跳ねまわると、黒髪もつられて跳ねる。まるで黒猫のよう。


 凛々しい美少女は鮮烈な存在感を放っており、明らかにその一角だけ空気が違う。

 悠は見惚れそうになる自分の頬を叩き、実夏へと声をかけた。


「おはよう、ミミちゃん。今日も暑いね」

「おはよう、悠。はあ、もうすぐ九月だっていうのに、嫌になるわよ。……あー、九月ってことは夏休み終わっちゃう!」


 自分で告げて苦しむ実夏に、悠は苦笑する。

 この分には宿題は終わっていないのだろう。小学校のころから続く、いつものこと。


 普段ならここで慶二が合流するのだが、今回は用事があるとかで、直接目的地であるショッピングモールで合流することになっている。


 ――ちなみに真っ赤な嘘である。


 気を利かせて、二人だけの時間を設けてやろうという粋な計らい。

 それだけのために、彼は一本電車を早めたのだ。


 親友の心意気に、悠は心の内で感謝の意を示す。


 実夏と一緒に遊ぶ。ここまでは例年と変わらない、いつものこと。

 だけど、今年こそは。

 いや、今日こそは。

 いつもと違う二人になって見せるのだ。


 そう悠は心の中で強く宣言した。

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