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確かに撃たれたのは、隣町ルーナの町長だった。
病院に搬送されたが、治療の甲斐なく亡くなったらしい。朝、コーヒーを飲みながらテレビをつけると昨日の事件ばかりが取り上げられていた。犯人はマフィアで、町長は立派な人物だったとキャスターが会話する姿を眺めながらパンを焼く。
昨日は日が沈むとなんとか落ち着いた人ごみも、ニュースを見た野次馬がまた集まるだろうなあと憂鬱になりながら朝食をとっていると、ふいに携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
『ルカか!?お前、無事か!?』
「…はい?」
電話の相手はエイルで、鬼気迫る声に思わず首を傾げる。
「無事無事。どうしたの、寝ぼけてるの?」
『いいかよく聞けよ。昨日黒い財布を拾っただろ。』
「ああ、拾った拾った。拾得物だから書類も出したよ。ちゃんと仕事してるでしょ。」
日没後に東交番へ戻り、拾得物処理の手続きは昨日のうちに終わらせてしまった。財布を落とした人は今頃生きた心地もしないであちこち探し回っていることが容易に想像できたから、はやいうちにやってしまおうと思ったのだ。
『お前が拾ったその財布、ルフィーニが取引に使ってた財布なんだよ!!』
「ルフィーニ?」
『いいか、ルフィーニは…』
凄まじい音をたてて、手に持っていたカップが粉々に砕けた。
『マフィアだ。』
銃声と壁やテーブルに弾丸がめり込む音が部屋中に響く。指に引っかかったカップの取っ手を捨てて、ルカは壁際にへばりついた。
「ななななな、なに、これー!!」
誰に言うわけでもなく、爆音に負けない声でルカは叫んだ。食器棚に穴が空き、中の食器が粉々に砕ける様子を茫然と眺めながら自分の置かれた状況を回らない頭で理解しようとするが。
「無理、無理だってー!!」
鳴りやまない銃声に頭を抱える。部屋はもはや蜂の巣状態だ。鳴りやんだ銃声に頭を上げるが、追い打ちをかけるように襲うドアの衝撃音に半泣きだ。
誰かが部屋に入ってこようとしている。薄いドアはもうボコボコで、鍵を狙って弾丸が撃ち込まれた。ガタガタと脚は震え、死を覚悟してルカはぎゅっと目をつぶった。
「あ、いたいた。本当にコイツで合ってるかなあ。」
ドアの蹴り破られる音と共に、女の声が頭上から降ってきた。恐る恐る目を開けると、眼前に迫ったアンバーの瞳に思わずひっと息をのむ。
「あんた、名前は?」
「ル、ルカ。ルカ・レイバー。」
そういうと、女は満足そうに笑って首をひねった。
「合ってる。ルカ・レイバー。ボスの言ってた女だよ。」
「そうか。」
女越しに、屈強な体躯の男が立っていることにようやく気が付いた。その時、再び始まった銃声に身を縮める。弾丸が飛んでくる中、何食わぬ顔で話を続ける男女にルカは信じられず夢でも見ている気分だった。
痛いほどの爆音の中で会話が交わされたあと、女がルカに向き直る。
「ついてきて。わたしたちの任務はあんたを無事に警察まで送り届けることだから。」
「に、任務?」
「いいから。」
無理やり立たせられると、女とは思えない力で腕を引っ張られて部屋を出る。すぐ近くに止まっていたベンツに押し込まれたと思ったら、物凄い勢いで車が急発進した。
激しく揺れる車内であっちこっちに体をぶつけていると、ルカの思考もどんどんごちゃごちゃになっていく。いったい何が起こっているのか、こういうことに慣れているといわんばかりのこの人たちは誰なのか。考える暇も聞く暇もなく、ドアが開けられてルカは外に放り出された。
「じゃあね~。」
車窓から顔を出し、にこにこ笑いながら手を振る女が猛スピードで視界から消えていった。去っていくベンツを茫然と眺めていたルカの肩を誰かが叩いた。驚いて大声を出すと、相手も驚きながら片手を差し出してきた。
「大丈夫ですか?」
声をかけてきたのが警察官だということに気付き、ほっとルカの緊張が解ける。ありがたく手を借りて立ち上がると、そこがジェイエッロ署のロータリーだということにようやく気が付いた。