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中央ホテルに近づくにつれて、道路は多くの人でごった返していた。お昼時とも相まって外に出ている人が多かったのだろう。引き寄せられるように事件現場へ足を向ける一般人を押しのけて、ルカはなんとか立ち入り禁止のテープをくぐった。
「お疲れ様です。ジェイエッロ東交番勤務のルカ・レイバーです。」
「ああ、お疲れ様です。助かります。」
近くに立っていた警察官に会釈する。辺りを見回してもいるのは交番勤務の警察官ばかりで、刑事や鑑識の姿が見当たらない。
「この人でしょう。救急車はなんとか行かせられたんですけど、刑事と鑑識の車がこれないみたいで。ほら。」
クラクションを鳴らしながら人ごみをかき分けてくる警察車両を指さしながら、警察官は苦笑いだ。何人の警察官が一般人をどけながらなんとか車を立ち入り禁止のテープの傍まで誘導し、ルカは車が入れるようにテープを持ち上げた。
「それにしてもすごい数ですね。なんでこんなに…。」
そう言いかけたとき、群衆からキャー!と黄色い声が上がる。
「は!?な、なに…?」
どう考えても事件のあった場所で上がる声じゃない。ルカが驚いていると、歓声を上げた女性の一人が大きく手を振っていた。
「ブライト副署長~!」
全てを納得し、ルカは呆れて溜息をついた。じろりと先ほど入れてやった警察車両を見れば、颯爽と車から降りてくるエイル・ブライトの姿があった。ルカを見つけたのか、こっちを向いて片手を上げている。その姿がどうしてもルカにとっては厭味ったらしく見えて、ケッと唇を尖らせた。
エイル・ブライトはルカと同い年の二十三歳にしてジェイエッロ署の副署長に就任した天才だ。おまけに女性受けのするさわやかな顔面とモデル並みのスタイルの持ち主で、ただいま広報でも大活躍中。ただの噂だと思っていたファンクラブの存在がたった今の出来事で一気に現実味を帯びてきた。
天から一物も二物も与えられた完璧人間の登場で、なんだか頭が痛くなってきた気がする。歩み寄るさわやか顔面野郎を無視していると、声をかけられたのでルカはぐるりと首を回し無理やり笑みを作った。
「やあ、エイルくん。元気?」
「…なんか悪いものでも食ったのか?」
「いいや。なんでもないよ。なんでもね。」
誰が嫉妬なんてしてるかバーカと心の中で嫉妬心をむき出しにしていると、エイルは首を傾げながら口を開く。
「なんだ、また刑事課に落ちたこと考えてるのか?」
考えていなかったことをほじくり返されて、ルカはこめかみに青筋を浮かべた。最終学歴はアメリカのアイビーリーグ、当り前のようにキャリア組でなんの苦労もなくエリートコースの刑事課に入れたエイルに突っ込まれたくない話ナンバー1を軽々しく言われて猛烈に腹が立つ。
頭二つ分高い位置にあるインテリ銀縁眼鏡をかけた小顔を睨み上げ、ねちっこく厭味ったらしく言葉を選ぶ。
「そうですよぉ。チビでバカでブスのルカ・レイバーは刑事課になんかいりませんよねぇそうですよねぇ。」
「別にブスだなんて誰も言ってないだろ。」
「あ!チビでバカは否定しないんだ!エイルの最低!もう二度と話しかけないで。」
エイルに背を向けて、怒りをすべてパパラッチにぶつけてやる。
「俺は刑事に向いてると思ってるけどなあ、ルカは。」
見え透いたお世辞には無視を決め込む。写真を撮らないでくださいと声を張り上げながら、人ごみの向こうに鑑識の車両を探すがまだくる気配はない。さっさと来て現場検証してさっさと帰れエイルのバーカと思いながら、ふと何故エイルがここに来たのか、それ自体を疑問に感じた。
ふつうは副署長が現場に出向いたりなどしない。抜群に見た目のいい副署長様はイベント行事に引っ張りだこだし、これが警察のイメージアップ運動の一環であるなら話は別だが、それもありえないことなのだ。
ジェイエッロはイタリア中部に位置する観光地で、治安の維持と観光地としてのイメージ作りには常に最新の注意を払っている。だから、マフィア絡みの事件で警察が頑張ってますアピールすることなんてまずありえない。そんなことが様々な媒体で知れ渡ってしまえば、ジェイエッロの観光地としての評判が地に落ちてしまうことは目に見えている。
「…なんでエイルが来たの?」
ルカの問いに、エイルは一瞬だけ驚いていた。見上げるルカの表情からすべてを読み取ったのか、苦笑しながら口を開く。
「お前、やっぱ刑事になる素質あると思うわ。これはまだ公表されてないから他言するなよ。…隣町の町長が撃たれた。」
「え?」
「今、いろいろゴタゴタしてんだよ。まあ、お前はお前で頑張ってくれ。」
ぽんとルカの肩を叩いて、エイルは今しがた到着した鑑識車両の傍へと駆けていった。鑑識と挨拶を交わし、ホテルの中へと入っていくエイルの後ろ姿に羨ましさを感じながらルカは人ごみに向き直る。刑事になる素質あると思うわ。エイルの声を思い出して、ルカはちょっぴり笑った。