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Tag!  作者: くわひら
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 「あなたが犯人だったのね。」


 女と男は崖の上で対峙する。厳しい眼差しを向ける相手は愛した人で、その何もかもがいとおしいのに、お互いに拳銃を向け合っている。安全装置も外した、その状態で。


 「俺はお前を愛している。」


 動揺させるためなのか、はたまた本心であるのか。女はぐっと眉根を寄せた。


 「わたしも…わたしも愛しているわ。」


 暗転していく世界で、一つの銃声が鳴り響いていた。






 「もう本当に見ててハラハラしちゃって!!ラストシーンの銃声ってどっちのだと思う!?やっぱメイリーが撃っちゃったのかなあ!」

 「しらねぇよ。俺見てねぇし、女刑事メイリーの事件簿。」


 書類から一度も目を上げずにそう言い放つ同僚の言葉からは、興味のなさがありありと伝わってくる。この興奮を誰かと共有したい気分なのに、ルカは不満そうに唇を尖らせた。

 女刑事メイリーの事件簿は、今若い女性たちの間で大流行しているテレビドラマだ。クールで優秀な女刑事メイリーは難事件を次々と解決していく中、街で出会ったクリスというイケメンと恋に落ちる。しかしクリスの正体は犯罪組織の大ボスで、二人は崖の上で対峙、響き渡る銃声と暗転が昨晩までのあらすじだ。

 ルカも例に漏れずこのドラマにはまっており、毎週欠かさず見ている。各誌で絶賛されている二人の恋模様も気になるところではあるのだが、もう一つルカを魅了してやまない設定があるのだ。


 「あ~もう、メイリーみたいな女刑事になりたいー!!」


 ギコギコとパイプ椅子を鳴らしながら、ルカは何度目になるかわからないその言葉を口にする。また始まった、とうんざりしながら同僚は目線を向ける。


 「うちの署じゃ刑事課はエリート揃いだって知ってんだろ。平々凡々なお前じゃまず無理だっつうの。」


 不愛想な同僚は正論を言ってから、ルカの目の前に鍵をぶら下げる。


 「俺は書類仕事すっから、お前はパトロールに行ってこい。」

 「はいはい。わかりましたよ。」


 つれない同僚にうんざりする。自転車の鍵をぶんどって、ルカはパイプ椅子から立ち上がった。




 ルカ・レイバーはジェイエッロ署に勤務する警察官だ。階級は巡査で、所属は地域課。ジェイエッロ東交番勤務の俗にいうお巡りさんである。

 チビと童顔のせいで子供に見られがちだがうら若き二十三歳。将来の夢は刑事になることだが、夢はいまだ叶えられてはいない。


 「なんだよあいつ、自分は総務志望が通ったからって…。」


 ぶつぶつと悪態をつきながら、ルカは自転車を大きく漕ぐ。ジェイエッロ署の異動は上司命令もあれば志望を提出することもできる。志望が通ることは割とよくあることだ。刑事課以外ではあるが。

 ジェイエッロ署の刑事課はエリートコースとまで言われるほどに狭き門だ。キャリア組であれば当り前のように刑事課一直線、ノンキャリアだと運動神経がいいだとか一芸に秀でているだとかしないとなかなか入れはしない。ノンキャリアで運動神経はふつう、背丈はボーダーラインギリギリ。刑事になりたい意欲しかない。ふるいにかけられても真っ先に落ちていくタイプだということは自覚している。

 うららかな春の日差しの下、鬱々と考えている自分に嫌気がさしてルカは顔を上げた。澄み渡った青空の下、暖かい風を切りながらこんな気持ちのいい日は何も起こらないだろうと高をくくる。街角を曲がり、川沿いの土手を通っているとふいに黒い何かが地面に落ちていることに気が付いた。

 自転車を止めて近づくと、それは黒光りする革財布であった。落し物か、と辺りを見回すと、橋の下に人影が見えた。動く気配のないその影に首を傾げつつ、自転車に鍵をかけて土手を降りていく。その人が倒れていると気付いたとき、ルカは大慌てで土手を駆け下りた。


 「だ、大丈夫ですかー!?お兄さん、大丈夫ですか?意識あります!?」


 ぐったりと壁にもたれかかる体に不安になりながら肩をたたく。俯いているので顔はわからないが、体格からして明らかに男性だ。白いワイシャツの腹部に滲む血痕を見つけて、さっと血の気が引いた。


 「で、電話、電話…!」


 ポケットから携帯電話を取り出したところで、ルカの手を男の大きな手が包む。がっしりとした手は力強くルカの手を握りしめた。


 「平気だ。」


 掠れた声ははっきりしていて、ルカもボタンを押す手を止めた。緩慢に頭をもたげ、ギロリとルカを睨みつける。それからジャケットの胸元に手を伸ばし、携帯電話を取り出してボタンを押す。


 「俺だ、迎えに来い。」


 それだけ言って、男はすぐに携帯電話をジャケットに戻した。


 「迎えが来る。もう平気だ。」

 「で、でも…。」

 「平気だっつってんだろが。」


 ルカを睨み上げる目はまるで肉食獣だ。ごくりと唾を呑み込み、ルカは何回も頷いた。


 「じゃ、じゃあ気を付けて下さいね。」


 そう声をかけて、男の傍から離れた。自転車のあるところまで戻り、振り返るとすぐ近くから一台の車がやってくるのが見える。数人が車から降り、橋の下まで駆けていくのを見届けてからようやくルカもペダルへ足を乗せる。さて、と力をこめた瞬間に無線が鳴った。


 『中央ホテルでマフィアがやり合った。負傷者数名で野次馬が酷い。ルカ、お前は中央ホテルに直行してくれ。』

 「了解。」


 自転車の向きを変え、遠くに見える中央ホテル目指してペダルを漕いだ。


 

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