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魔術のない世界で

作者: 平山コウ

「あなたに魔術をかける」


 目の前の、その女は言った。


「あなたを殺す魔術。あなたを救う魔術。わたしを憎む魔術。……わたしを愛する魔術」


 突然現れ、そんなことを言うその女に、俺は一言だけ、口にする。


「やってみろ」


 瞬間、周りに突如大きな力が現れ、魔術を紡ぎだした。

 繊細な魔力の糸が三次元的に張り巡らされながら、強大な力を、生み出していく。

 へえ、と少し感心しながら、俺はそれを眺めて、


 直後、全身を貫かれた。




◇◆◇◆




「っつう……!」


 俺は上体を起こす。

 冷や汗吹き出す肉体と、すっかり覚めた精神を伴って、俺という存在は目を開いた。そして映されるのは、自分が乱した寝具と見慣れた自室。

 夢だった。


「夢見が悪いにも程があるだろ……初夢のくせして」


 今日は正月。ちらつきもしない雪を切望する子どもたちがはしゃぐ声をなんとなしに聞きながら、俺は起き上がった。

 もちろん、魔術など存在しない。ここは、れっきとした現実である。


「アホか……」


 これが正夢になんてなるはずもなかろうが、と俺は着替えを済ませた後に陰鬱とした気分で部屋を出た。








 今日は正月。ひたすら餅食ってぐうたらするだけの日という認識の日であったが、今日に限ってはそれだけでもなかった。

 いつもと変わらずぐうたらしている俺に向かって母親が眉をひそめた。


「あんた、あの子の準備手伝ってあげなくていいの?」

「いいんだよ、面倒くさい」

「そんなこと言って……今日が最後なんだから、挨拶ぐらいしないと」


 あの子、と言うのは近所の知り合いである。それが今日、離れた場所に引っ越すのである。


「まったく……なんでこんなに薄情なの」


 母親が嘆くようにそう言った。

 手伝えば、それだけ早く引越しになりそうだろう。

 俺は、欠伸をした。







 昼も過ぎ、俺は家を出た。

 雪も降らないような地域とはいえ、震えるほどには寒い。だから、「おーさむいさむい」と言いながら歩いた。

 たどり着いた先には、ひっそりとした公園。最寄りの場所である。

 そこにいた先客に、俺は視線を向けた。

 言葉は相手が発した。


「寒いね」

「ああ。帰っていいか」

「駄目だよ」


 近くまで寄って、そいつと会話する。

 同じくらいの背丈、濡れ羽色で肩までのショートヘア、黒曜石の瞳に美しい顔立ちをしたそいつは、同じく公園近くに済む、母親の言う「あの子」である。

 俺は意味もなく眉をひそめる。


「それで、何の用だ?」

「何の用だと思う?」

「ムーンサルトキックの披露か」

「君にかますよ?」


 俺たちの日常会話である。

 俺たちはお互いに鼻で笑うと、互いに黙った。

 珍しいことに、俺の方から切り出した。


「まさか、別れでも言いに来たか」

「来たのは君もだけどね」

「屁理屈だ」


 再び続くはずだった会話が、途切れる。それに怪訝に思う俺だが、そいつは存外真面目な顔をしていた。

 そして、言ったのだ。


「あなたに魔術をかける」


 俺は僅かに驚きを示した。

 しかし、そいつはやめなかった。


「あなたを殺す魔術。あなたを救う魔術。わたしを憎む魔術。……わたしを愛する魔術」


 俺は知らず冷や汗を流しながら、そいつを見た。

 黒曜石の瞳は、俺をまっすぐ映していた。


 俺たちの日常会話なら、言う言葉は一つだった。

「やってみろ」




 魔力はない。しかし――俺は全身を貫かれた。




 目を大きく見開く俺を映す黒曜石は、目の前にあった。俺を憎むような、そんな色が浮かんでいた。


 しばらくして、そっとそれは離れた。止まっていた呼吸が、動き出した。

 俺はしばし呆然としており、そいつは愉しげな口調で口を開いた。


「やってみたよ」

「……」

「魔術、かけたよ」

「……」

「君は、どうなった?」


 俺は……ため息を吐いた。


「殺された、かもな」

「……はは」

「救われた可能性も、ある」

「そっか」

「同時にとても憎らしい」

「僥倖だね」


 俺は、口を止めた。

 言葉を紡ぐのをやめた。そいつは怪訝な顔をした。


「それだけ、かな?」


 愉しげな口調のくせして、少し震えた声を出すそいつに俺は意味もなく眉をひそめた。欠伸でも漏らしそうな気だるげな感じのまま、


「さあな」


 そう言って、魔術を発動した。


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