第一話 「首吊」 三
【三】
アリアの話によれば、拳冶には特別コースの生徒たちを調べてほしいということだった。確かに、犯人が魔法使いなのであれば、まずそこを疑うのが筋というものだろう。
「でも会長、なぜ犯人が魔法使いだと? そもそも、殺人だと疑った理由は何なんですか?」
拳冶はアリアに疑問を投げかける。昨日はアリアの気迫に気圧されてしまったが、そういえばまだ理由を聞いていなかった。
「理由はいくつかあります。まず、殺人ではないかと疑ったのは沙織との約束があったからです」
「約束?」
「沙織とは、夏休みに旅行に行く約束をしていました。これから自殺をしようという人が、そんな約束をすると思いますか?」
「なるほど……」
と、拳冶は自分の顎に手をかける。確かに、自殺する人間がそんな約束をするとは考え難い。だが、その約束をした後に自殺を決意したとも考えられる。自殺を完全に否定する証拠としては少し弱いだろう。
「それから、沙織の足についていた傷です」
「足に怪我をしてたんですか?」
「ええ。私は朝、警察が来る前に直接遺体を見ています。右の太ももに、何かで引っかいたような傷が確かにありました」
「昼間に怪我をした可能性は?」
「いえ。彼女は放課後しばらくの間、生徒会室で私と一緒に居ました。傷はその後についたものです」
「警察にはそのことは……」
「話しています。遺体のポケットから、血のついたスカーフも出てきたそうです」
「でも自殺と判断された、と」
「はい。怪我は死亡時刻よりも前についたもので、直接的な死因には関係なく、あくまでも死因は首を吊ったことだと言っていました」
拳冶は、腕組みをして考え込んでしまった。確かに、やや不自然さは感じられる。だが、警察の言うように自殺だとしてもおかしくはないだろう。
「あの日、沙織は用事があるから早く帰る、と言っていました。なのに、沙織は家に帰らず、そのまま校内で首を吊った。あれだけの怪我をしているのに、スカーフで応急処置をするだけに留めたまま」
「ちゃんと手当てをしない……いや、できない理由があった?」
「おそらく、あの傷は何者かにつけられた傷なのではないでしょうか? そして、その何者かに追われていたから、彼女は傷にスカーフを巻くことしかできなかった」
アリアの拳に力が篭もる。
「放課後、ずっと校内にいたにも関わらず、どこにも血痕は残っていなかった。これは、誰かが拭き取ったとしか考えられません」
「それが、殺人である根拠だと……?」
「はい」
「では、魔法使いがその犯人だというのは?」
「警察が自殺と判断した、ということは他殺の証拠が出なかったからでしょう。証拠が全くない殺人。高確率で魔法使いによる犯行です」
おそらく――と、言いかけて拳冶は思いとどまった。
魔法使いが犯人だとすれば、魔法の種類はおおよそ見当がつく。
だが、それが危険なのだ。
魔法使い同士の戦いは、単純に力の強弱で決まるものではない。
相手の魔法能力を正確に把握していれば、対策の取りようはある。しかし、その見当が外れてしまった場合、より危険な状況を呼びかねない。
「では、俺は明日から特別コースの生徒を中心に探りを入れてみます。人間一人の首を締め上げ、木に吊るすというのは、それなりの出力が必要なはずです。たぶん結構絞れるんじゃないかと思います」
「わかりました。お願いします。何かわかったら報告に来て下さい」
言い終えてから、「そうそう」と、書類を一枚机から拾い上げ、拳冶に手渡した。
「これを先生に提出しておいて下さい。そうすれば、あなたは晴れて生徒会の一員ですよ」
そういえば手続きがまだだった。昨日の一件で、拳冶はすっかり生徒会に入ったつもりでいたのだが、正確にはこの書類を提出するまでは確定ではなかったのである。
拳冶はアリアに感謝すると、生徒会室をあとにした。
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書類を提出すると、教官は半ば呆れたような、複雑な表情を拳冶に向けた。
「こんな抜け道があったとはな。まあ、よかったじゃないか」
そう言うと、教官はニッと歯をだして笑った。
「実を言うとな、お前のことは心配してたんだよ。俺はクラス移動には反対したんだけど、結局押し切られてな」
その言葉を聞いて、拳冶は少し驚いた。
だが、先ほどのアリアの言葉を思い出し、拳冶は理解した。自分が思っているほど、周りに悪意が溢れているわけではないのだ。自分が思っているより、自分は守られているのだということを。
「ところで先生。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「おう、何だ? あと数日はお前の先生だからな。何でも聞いてくれ」
(ここは慎重に尋ねないとな。こちらの意図がわからないように)
拳冶は、思い切って教官に特別コースの生徒たちのことを尋ねてみた。人間ひとりを動かせるだけの魔法を扱えるのは何人くらいいるのか、それは魔法使いの中ではどれぐらいの希少さなのか。だが、教官はそれに答えることはなかった。
「悪いな仁志。そういった質問に答えることは禁止されてるんだ」
「いえ、無理言ってすみませんでした。ただ、自分がクラス移動になったことに納得したくて、みんながどれくらいの魔法を使えるのか知りたかったんです」
「なるほどな」
拳冶は、我ながらうまい理屈をつけたものだと思っていたのだが、どうやらこれ以上教官から情報を聞き出すのは無理なようだった。
教官に向かって一礼すると、拳冶は職員室のドアに向かって歩き始めた。その背中に向かって「おい、仁志」と呼ぶ教官の声が聞こえた。
「そういうことなら、成績上位の奴に直接聞いてみたらどうだ? この間やった実技試験の成績上位者だったら教えてやれるぞ」
「ありがとう、先生!」
教官の前では初めて見せる爽やかな笑顔を残し、拳冶は職員室を去っていった。
「今の生徒と何を話してたんですか?」
拳冶が去った後、教官に話しかけてきた男がいた。
「やあ、木嶋先生。彼が仁志ですよ、二学期から木嶋先生のクラスに編入される。ついでに挨拶させとけばよかったかな」
「いや、それには及びませんよ。どうせ二学期になったら嫌でも毎日顔を合わせるんですし」
木嶋と呼ばれた教師は、あははと爽やかに笑う。やけに白い歯がキラリと光った。
まるで、爽やかを絵に描いたような男である。刈り込まれた短髪、細身だが程よく筋肉がついた肉体、そして笑顔。全てが、爽やかな好青年たる彼を形づくっていた。
「それにしても、特別コースからの移動なんて大変ですね。彼、退学にならなきゃいいけど……」
「その心配はないようですよ」
と、教官は先ほどの書類をぴらぴらと振ってみせた。
「生徒会……ですか。そういえばそんな校則ありましたね」
「古い学校ならではの盲点でしたな」
ふうん、と木嶋は書類を手にとって眺めた。
「よく、あの吾妻アリアが生徒会に迎え入れましたね」
「まあ、どういう理由かはわかりませんがね。吾妻の奴もこの前の事件以降かなり参ってたみたいですから、少しは落ち着いてきたんじゃないですか? こうやって、積極的に他人と関わるなんていい傾向ですよ」
ええ本当に。と、答えて木嶋は自分の席へと帰っていった。
日はすでに傾き、教師たちも帰宅をはじめる者がちらほら出始めていた。
「木嶋先生は今日も残業ですか?」
「ええまあ。採点があと少し残ってまして。独身だから、帰りを待つ人もいないのでね」
と、木嶋は大げさに肩をすくめてみせる。
「もう少しだけ仕事したら僕も帰りますよ。戸締りはしておくので、あとは任せてください」
「あ、そうだ。明日は古紙の回収日だった。申し訳ないんですけど、そこの雑誌束を紐で結わえておいてもらえますか?」
「わかりました。それもやっておきますよ」
面倒な用事を押し付けられても、木嶋は嫌な顔ひとつせず快諾した。そういったところが、彼の評判のよさにも繋がっているのだろう。
木嶋が採点をつけ終えた頃には、他の教師たちの姿は職員室から消えていた。「さてと」と、荷造り紐を持ち出して、木嶋は雑誌を縛り始める。
きつく、固く、縛っていく。
「……吾妻……アリア」
木嶋のつぶやきを聞く者は、誰もいなかった。
荷造り紐を巻きつけた手に力を込めて、木嶋は次々と雑誌を縛っていく。
その顔は、普段の爽やかさとはかけはなれた、歪んだ笑顔に染まっていた。




