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第六章 敵の攻撃

 夕方になって起きた紅倉と芙蓉は、顔を洗うついでにいっしょにシャワーを浴びて目を覚ました。いっしょにシャワーを浴びるのは芙蓉のレズ趣味ばかりでなく、なにしろ紅倉先生は洗面器で顔を洗うだけで溺れてしまう人なので、不慣れな浴室では危なっかしくってとても一人にしておけないのだ。……と言うのを言い訳にして実はルンルン気分の芙蓉でもあるのだが。芙蓉は先生が好きで好きで堪らないのだ。

 と、変態趣味のおのろけはこんなものにして、二人はルームサービスで食事をとり、夜の決戦に備えた。ちなみに二人の食事は紅倉がサンドイッチ盛り合わせで、芙蓉は特鰻重だ。


 六時半。

 駐車場で等々力たちと落ち合い、紅倉は取りあえず死体の上がった東へ一キロほどの海に行こうと決めた。そこが女幽霊の行動の拠点だろう。

 車を運転し、先生の様子からまだ出ないと判断して、芙蓉は質問した。

「敵がこの地を離れて獲物を探すということはないんですか?」

 神経を集中させながらまだリラックスした様子の紅倉は弟子の質問に快く答えた。

「それはないわね。少なくとも実体のはっきりしない今の状態で、この地を離れて霊体がバラバラに散ってしまうのを恐れているわ」

「地縛霊の一種ですか?」

「そうね」

 霊は記憶に縛られる。

 地縛霊とはその土地の記憶に縛られてそこから動けない霊のことを言う。

 芙蓉は先生の邪魔をしないように運転に集中した。


 死体の上がった海の、海水浴場の駐車場に車を止め、紅倉と芙蓉は外に出た。

 道路を渡り、広い砂浜を見下ろし、その沖を眺める。

 ニュースによると缶に詰まったセメントからはそれぞれやはり人体の一部が見つかり、他の部分を捜して海上保安庁が捜索を行っているそうだ。今眺める沖に巡視艇の姿はない。夕刻を過ぎ本日の捜索は終了して引き上げたのだろう。その後何か見つかったというニュースはなかった。

 警察は殺人、遺体遺棄事件と見て捜査を開始したと言う。

 遺体の死因及び身元は今調査中だそうだ。

 空はようやく夜の暗さを深くし、一番星を見つけると、見る間にあちこちで星が瞬きだした。

 砂浜に人影はない。昼間は野次馬が大勢押し寄せたことだろうが、海水浴を楽しんだお客はいなかっただろう。セメント詰めとは言え死体の沈んでいた海だ、気持ち悪い。

 死体の上がったのはこの沖一八〇メートル。そのほぼ真下三〇メートルに缶はまとまって沈んでいた。

 犯人たちはなんでよりによってこんな場所に永遠に隠すべき死体を沈めたのだろう?とその間抜けぶりに呆れる。

 近くの浜にレジャーや釣り用のボートが置かれているようだ。犯人たちは真夜中そこでボートを失敬し、音をさせては拙いのでオールを漕いで、きっと下手くそだったのだろうし、真っ黒な夜中の海が怖かったのだろう、先生の言うようにやっつけ仕事でええいここでいいやと無造作に投げ捨て、急いで帰ったのだろう。

 考えてみれば殺されバラバラにされて捨てられた女は哀れだ。が、そのやっていること、やろうとしていることを許すわけにはいかない。

 夜の海を眺めていた紅倉は、ここにはもうヒントは残っていないと見極め、

「車で待機しましょう」

 と駐車場へ向かった。

 撮影していた等々力と二人の男性スタッフも後に続いた。


 紅倉を助手席に乗り込ませ、芙蓉が運転席に回ってくると、

「美貴ちゃん!」

 紅倉が大声で叫んだ。

 芙蓉がキッと身構えながら横を向くと、

 芙蓉がギョッとしたことに、

 男が長さ一メートルもある、先が四つの爪に分かれたいかりを振りかぶり、襲いかかってきた。

 芙蓉は『先生が!』と考えたが、紅倉から『避けて!』とテレパシーが返ってきて、芙蓉は身を沈めて間一髪振り下ろされる錨を避けた。

 ガッシャーン!と派手な音を立ててフロントガラスが粉砕され、錨の爪は「ズガン!」とフロントカバーに突き刺さった。

 錨を握る男の腹に芙蓉は蹴りを入れた。が、男はわずかに背中を震わせただけで、力を入れてバリバリッと錨を引っ張り上げ、再び頭上に振りかぶった。

 芙蓉は一瞬迷い、さっと横に逃げた。

 男は錨を「ドンッ!」とフロントカバーの中央に打ち下ろした。オイルの臭いが立ち上り、これで車は動かせない。

 男は錨を引き抜こうとしたが、爪が硬い金属にがっちり食い込んで引き抜けない。

 再び攻撃を試みた芙蓉だが、ハッと振り返り、反射的に横へ飛び退いた。

 ビュンと飛んできたもりがドガン!とフロントドアに突き刺さった。凄まじい怪力だ。

 銛を放った男が両手を広げて芙蓉に掴みかかってきた。

 芙蓉は掴みかかる男の手から上体を反らして逃げ、逃げながら手を着いて側転し、足を男の首と腹に掛け、クルンと、大車輪で投げ飛ばした。

 男は四五メートルもすっ飛んで硬いアスファルトの地面に激突して転がった。

 しかし芙蓉が安心する間もなく、錨を諦めた男が銛をドアから引き抜き、ものすごい勢いで芙蓉に連続して突き下ろしてきた。芙蓉はやっとの思いで回転しながら逃げ回った。

 芙蓉は合気道の達人である。その芙蓉が逃げるばかりでまるで反撃の余裕がない。服装や雰囲気から漁師と思われる二十代の男の剛力、素早さはそれにしても人間離れしている。

 いやこの男ばかりではない、投げ飛ばし伸びているはずの三十代の漁師まで起き上がって、腹が立ったのか、反射板の付いたポールを蹴り倒し、バリバリと金属を引きちぎって掴み上げ、それを銛に猛然と芙蓉に襲いかかってきた。ギザギザの刃が芙蓉を襲う。

 芙蓉は二人に挟まれて攻撃され、飛び退き、転げ、必死に避けながら、

『先生!』

 と紅倉を心配した。

 砕けたフロントガラスを被り、慌ててドアから外へ逃れた紅倉はうろうろし、そこへ第三の刺客が現れた。

 無言で近づいてきた五十代の漁師が、船上で暴れる鮫の頭をぶっ叩き、非常の際には硬いロープをもぶった切る刃の厚いなたを振り上げ、ダダダッ、と紅倉目掛けて走り出した。

「どすこーーい!」

 堅太りのプロレスラー体型の等々力が横から思い切りタックルを喰らわし、いっしょに吹っ飛んでゴロゴロ転がった。

「先生を襲うたあ太てえ野郎だ!」

 自分より体の細い漁師に馬乗りになって顎を腕でがっちり押さえ、手首を掴んでぶっそうな鉈を放させようとしたが、漁師は放すどころかギリギリと等々力の手を押し返し、鉈のところどころ欠けてギザギザになった刃を等々力の太い首に近づけていった。

「こ、こ、こ、こいつうー……」

 さしも馬鹿力の等々力も歯を食いしばって脂汗を流した。

「等々力さん、頑張って」

 うろうろしていた紅倉が意を決したように近寄ってきた。

「い、いけません、先生、こ、こいつあ、危ない!」

 漁師の目がギョロリと紅倉を見上げた。馬鹿力どうしを闘わせる刃がガクガク震えながら等々力の首に迫っていく。こいつをどかせれば生っちろい女の首を跳ね飛ばすなど簡単だ………

「うむむむむうー……」

 顔をまっ赤にしながら等々力はうめいた。

 紅倉は地面に這いつくばり、そーっと右手を伸ばすと、漁師の耳の穴に「えいっ」と人差し指を突っ込んだ。

「えいっ」

 紅倉がもう一度言うと、漁師はビクウッと顎をのけ反らせ、目を剥き、白目になるとがっくり首を横たえた。

「おほっ、」

 力の抜けた手から鉈を振り落とさせ、等々力は

「ふえ〜〜……」

 と顎を拭った。

 紅倉は立ち上がり、二人を相手に逃げ回る芙蓉を見た。

「頭の中にコントローラーを植え付けられているのよ。外からじゃ脳もいっしょに壊してしまうわ。なんとか動きを止めないと」

 紅倉は考え、

「ドーピング」

 と、芙蓉に左手をかざした。

 芙蓉はビビッと体に電気が走ったように感じ、体が超伝導のようにスムーズに動くのを感じた。

 地面を転がる頭の横に、ガリッ、と銛が火花を散らした。

 芙蓉は足を跳ね上げ肩を支えにブレイクダンスのように下半身を回転させ、腕を伸ばして飛び上がると、長い脚で足首を若い漁師の首の後ろに掛け、アクロバティックに体を漁師の背中に振り上げた。そのまま背中の上に立つようにし、怒った漁師が捕まえようと肩をひねり手を伸ばしてくるところを、合気道のセンスでトンと腰を蹴り、漁師はバランスを崩して膝を付いた。

 芙蓉に休む間を与えずポールを銛にして先輩漁師が襲いかかってきた。

 芙蓉は突きを避け、今度は新体操のように後ろ向きに右脚を背中に跳ね上げ、漁師の顔をシューズの裏で「パチン」とぶった。威力はないが敵は一瞬ひるみ、素早く腰をかがめた芙蓉は思いっきり漁師の両足を払った。漁師は両足揃えて前に出し、ストンとお尻を落としてアスファルトに座骨の底をストレートに打ち付けた。これはさすがに利いたようで、「ガッ」と声を上げ、痺れたように脳天までブルルッと震え上がった。

 しかし若い漁師は膝をガクンとさせながらまだ立ち上がってくる。先輩漁師も手を付いてもぞもぞとお尻を持ち上げてくる。

 芙蓉はしつこさにチッと舌打ちした。

 二人が並んで銛を構え、再び芙蓉を襲ってこようとする。

 そこへ、

「ピイイーーーッ、ピイイイーーーーッッ!!」

 と激しく警笛を響かせてお巡りさんが二人、等々力組のスタッフに先導されて走ってきた。

 反対の道からももう一人のスタッフに連れられて若者たちが走ってきた。

 駆けつけたお巡りさんたちは危険な凶器でか弱き女性を襲う暴漢二人に驚き、

「こらあっ! なにをやっとるかあっ!」

 と警棒を構えて捕獲に掛かったが、年上の方がポールをぶん回して近寄らせようとしなかった。

 その間芙蓉と若い漁師の闘いが再開されていたが、今度は芙蓉の蹴りや足払いが決まり、漁師は押され気味だった。しかし蹴られても倒されてもまるで疲れも痛みも知らないように何度でも立ち上がって全力で襲いかかってくる。

 警官の一人が漁師の振り回すポールに警棒を弾かれ、半袖から露出した腕を引きちぎられた鉄の尖端に「ビッ」と引っかけられ「ぎゃっ」と悲鳴を上げて後退し、だらだらと血を滴らせた警官は、ついにホルダーから拳銃を引き抜き構えた。

「やめなさあいっ! 撃つぞおっ!」

 相棒は横に回り、相手が怯んだらいつでも飛びかかって羽交い締めに出来るよう警棒を構え直した。

「あー、お巡りさん。乱暴は駄目ですよ」

 紅倉が拳銃を構える警官に後ろから声を掛けた。

「危険だ! 下がってなさいっ!」

 すっかり頭に血の上ってしまっているお巡りさんは拳銃を下ろさず、紅倉を叱りつけた。ムッとした紅倉は「ポン」とお巡りさんの帽子の頭を叩いた。

「こらあっ! 何をするかあっ!」

 お巡りさんが怒ってチラッと後ろを見た隙に、

「美貴ちゃん!」

 紅倉の声に芙蓉は、ダッと外に一目散に走り出した。驚いた漁師が一瞬の間の後追いかけようとすると、

「それえっ、うおおおっ!」

 長ーく伸ばしたロープの両端を等々力とスタッフと若者たちが持ち、わあーっと二人の狂った漁師向かって横一文字になって走った。

 ロープが、バシッ、バシッ、と漁師二人の胸に当たり、踏ん張る二人に、

「うおおおっ」

 と両端の男たちは二人を巻き取るようにぐるぐる交差して走り、二重三重に漁師にロープを掛け、二人を背中合わせにがんじがらめにしていった。

 しかし怪力の二人は腕をギリギリ広げてロープから抜け出させ、それぞれ銛を構え、走り回り接近してくる男たちを突き刺そうと構えた。

 紅倉は右手を突き出し、

「むんっ」

 と念を送った。すると漁師たちの握る銛がウミヘビとなって二人に牙を剥いた。漁師たちは反射的にヘビを放り出した。

 ロープに縛り上げられた二人は接近した等々力と若者をひっ掴んで反撃した。

「いてててててて」

 いかに厚い面の皮でも怪力で引っぱられて等々力は悲鳴を上げ、若者の方はぎゃあぎゃあわめいて仲間が「こんちくしょう」と漁師をボコボコ殴った。

 紅倉がタタタタタと走って、

「えいっ」

 と右の人差し指を若い漁師の耳の穴に突っ込み、「あぐうっ」と白目を剥いて大人しくなると、

「えいっ」

 と先輩漁師の耳に指を突っ込み、「うぐっ」と大人しくさせた。

 パンパンとパンツのほこりを払いながら芙蓉が紅倉のところに来た。

「面目ないですね、まるでかないませんでした。この人たちいったいなんです?」

「ふうん…。悪い奴にわたしたちを襲うよう頭の中に呪いを植え付けられたのね。ま、いわゆるゾンビね。実際死にかけたようだから。お巡りさん、早く病院で手当してあげてくださいね?」

 せっかくの大活躍を邪魔されたお巡りさんたちは不満そうな顔で紅倉を見て、

「ああ、あんた、テレビのお化けの人か? これは、なんだ? テレビの撮影か?」

 と訊いた。紅倉は口を尖らせて

「違いますよお。本当に危険ですから早く手当してあげてください!」

 と言い返した。

「本当か? もう暴れないかね?」

「大丈夫です。地元の漁師さんでしょう。ご家族が心配しているでしょうからそちらもよろしく」

「ううん、そうか。じゃあ後でちゃんと話を聞くからね?」

 と、ようやく無線連絡で救急車を手配してくれた。

 芙蓉が訊いた。

「この人たちを操っていたのは、何物です? 普通の幽霊にこんな真似……」

 紅倉の目がカアッとまっ赤に燃え上がった。

 紅倉はブルッと怒りに震えた。


 若い女性の悲鳴が、紅倉の脳裏に響き渡った。

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