表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第三章 連続襲撃

 すっかり満ち足りたルンルン顔でホテルに戻ってきた芙蓉は、部屋のドアの前でハタと、中から漂ってくる異様に不機嫌なオーラを感じて、そうっと、ドアを開いて様子を窺った。

「せんせえー……、ただいま戻りましたあーー……」

 そうっと奥へ進み、ソファーの上で膝を抱えて丸くなっている紅倉を見つけた。まるで幽霊みたいだ。

「先生、」

「はい。お帰りなさい」

 紅倉は芙蓉に顔を向けるとニコ〜ッと笑った。

「お好みのかわいこちゃんはいた?」

「お仕事ですよお、日頃お世話になっている東亜テレビさんに頼まれて。こうして先生にも快適なリゾートホテルをお楽しみいただけますし」

「わたしはじめっとした暗いところが快適なんです」

「またまたそんなナメクジみたいなことを言って」

「ふーーん、だ」

 子どものように口を尖らせてすねる紅倉に、持て余すようにため息をつき、きりっと真面目な顔になると芙蓉は訊いた。

「何かありましたか?」

 紅倉も不機嫌は直らないながら真剣な顔で答えた。

「海の底からたちの悪い怨霊が引き上げられてしまったわ」

「怨霊、ですか?」

 幽霊と言ってもいろいろある。その呼び名なんて適当なものだが、二人の間の定義として、取りあえず死んだ人の霊を死霊、悪さをする霊を悪霊、もっと憎悪の強い明らかな悪意を持ったものを怨霊と呼んでいる。その更に上は、鬼、更に、魔物、と呼んでいるがそうなるともはや人間のキャラクターではなくなっている。

 紅倉はまた皮肉な目になって芙蓉に言った。

「バラバラ死体らしき物が上がったってずいぶん騒ぎになっているみたいだけど、美貴ちゃんともあろう者がそれにも気付かないなんて、よっぽど、楽しかったみたいね?」

「なんですか? 先生もいらっしゃればよかったのに。まだパーティーは続いてますよ?」

「嫌です、人の多いところなんて。美貴ちゃん、あなたそろそろ化けの皮がはがれ掛かっているから気を付けた方がいいわよ?」

「誰が化けの皮なんて被ってます?」

「芙蓉美貴はレズだって、業界じゃすっかり公然の認識よ?」

「綺麗な子と仲良くなりたいなあって、ふつうでしょ? 失敬な。わたしはまだ処女です。欲しければいつでも先生に差し上げますよ?」

「知ってる? 処女を失うと霊能力も失っちゃうのよ?」

「迷信でしょ? じゃあ、いっしょに試してみましょうよ?」

「女同士でエッチしてもねー? どうなのかしら?」

「だったら安心してできますね?」

「なにを?」

「なんでもしてあげますよう?」

 なんてつまらないことをしゃべっているところへ、トントン、とノックの音がした。

「等々力さんね」

 芙蓉は内心チッと思いながらドアへ向かい、紅倉の見立て通り、等々力を中へ入れてやった。等々力には芙蓉の留守中先生が何か困ったことになるのを用心して先生のキーカードを渡してあるのだが。どうせ紅倉が芙蓉無しで部屋を出ることはまずない。

「や、芙蓉さん。戻られてましたね。審査員ご苦労様。お楽しみいただけましたか?」

 真顔で訊かれて芙蓉は苦笑した。

「どうぞ」

 と部屋へ通してやる。

「失礼します」

 と改まって言う等々力は、紅倉に面目なさそうに頭を下げて報告した。

「先生。申し訳ありません。残念ながら間に合いませんでした」

「うん……」

 紅倉は喉でつぶやくように言い、

「交通事故?」

 と訊いた。

「はい。運転していた東京の女子大生が一人亡くなりました。ただ、亡くなったのは事故のせいではないようですな。その前に突然苦しんで、意識を失ったそうです。心臓発作ですかなあ? まだ二十歳なのに」

「いえ。病気ではないですね。肺をやられたんです。肺を腐敗させられて、殺されたんです」

 等々力は驚いた。

「幽霊が? 直接肉体をですかあ?」

 等々力も好きこそものの上手なれで心霊現象のセミプロだ。本人に「勘」以外の霊感はないようだが。そのセミプロの知識で、幽霊の攻撃というのはたいてい相手に取り憑き、その霊体を蝕んでいくというやり方が一般的で、直接、そんな短時間で肉体を駄目にするような強力な攻撃をする奴は珍しい。

「やはり海から上がった死体の奴ですか?」

 紅倉は頷いた。

「うん。女ね。すっかり憎悪で染まってしまっているわ。バラバラにされたんじゃあねえ、無理もないけれど。

 これは最初。上がった肉体は七つ。後六人は確実に襲うわね」

「いや、先生」

 等々力が紅倉の情報を訂正した。

「上がったのは最初の胴体を入れて六つですぜ?」

「ええ?」

 紅倉は本当?と言うように目を丸くして首を傾げた。

 顔をしかめてじいっと何かを探るようにして。

「あらほんと。六つ。肝心の首がないわね? どこかしら?」

 等々力は死者への礼節より好奇心をむき出しにして訊いた。

「ブリキ缶にセメントを詰めた物が五つ引き上げられたっていうんですがね? じゃあセメントの中にはやっぱり? 内訳はどういうんでしょうなあ?」

 紅倉は指で数えるように言った。

「上半身、下半身、右腕、左腕、右脚、左脚。あと首があるはずなのよね。いったいどこに行っちゃったのかしら?」

「砂の中に埋まってるんじゃないですか?」

「いいえ。あの近くの海には見あたらないわね。首だけどこか別に処理したのかしら? うーーーーん……、分からないなあー………」

 紅倉は腕を組んで、うーーん…、と横に傾いていって、倒れる前に考えるのをやめた。

「体も知らない物を探っても無理ね。やーめた。

 そっか、なんか掴み所がないと思ったら、頭がなくってキャラクターがはっきりしないのね。でも、胴体を手に入れたからその分イメージが固まってきたわ」

 等々力が訊いた。

「その幽霊は自分の体を取り戻そうとしているわけですか?」

「そうねえ。

 体をバラバラにされて、霊体もバラバラにされていたのね。おまけに海中に沈められて、だいぶ霊媒が拡散して、霧状になっちゃってるのね。元のまとまった霊体に戻るために生きた新鮮な霊媒を取り込もうとしているのが一つ。あとは、やっぱり殺されてバラバラにされた恨みね」

 ここで言う霊媒とは魂の構成物質で、幽霊の肉体のような物だ。ううーんと等々力は渋い顔で腕を組んだ。

「バラバラ殺人事件ですかあ。嫌ですなあ。殺人は、怨恨ですか? 証拠隠滅が主ですか?」

「分からないわね。何しろ頭が行方不明だから。体に残った記憶を見ると、かなりやっつけ仕事な感じがするから、証拠隠滅が主な理由でしょうね。手の指も焼かれているわ。胴体の入る大きさの缶がなかったから、しょうがなく腰で切り分けたのね。複数の男の手のイメージがあるわ。そっちの方にはめんどくさい気持ちしかないから、何か組織的な連中でしょうね」

「やくざでしょうかなあ?」

「ふうん、そんな感じね。

 固めた死体の捨て方もいいかげんね。手漕ぎボートで、欲張って一回で全部片づけようとしたからかなりの重量になって、本当はもっと沖に捨てるつもりだったんだけど沈没するのが怖くて、ここらでいいやってあそこに捨てちゃったのね。………うーーん……、やっぱり頭部もいっしょに捨てたと思うんだけど……、どこ行っちゃったのかしらねえ?……」

 紅倉は再び首をひねって考えたが、やっぱり見つからないようで諦めた。

「いいかげんな仕事だったから、セメントを注ぐときにかなり空気が入ってたのね、それで腐敗が進んで、ガスが溜まって、膨れて、薄いセメントが割れて、はがれて、中身が海上へ浮き上がって来ちゃったのね」

 紅倉はフムフムと自分の頭の中のイメージを確認しながらしゃべった。史上最強と言われる紅倉の霊視能力だ、どれほど鮮明で生々しいイメージを捉えているのか想像するだに身の毛がよだつ。

 等々力が深刻そうに訊く。

「幽霊は次の犠牲者を狙っておるんですな?」

 それ、と紅倉は指さした。

「それが問題。頭が何を考えているか分からないけれど、体の方はこの世に対する憎しみでいっぱいで、体を取り返すためにやはり女の子を襲い続けるわね」

 芙蓉が訊く。

「一人の霊体を奪うだけでは駄目なんですか?」

「それじゃあ気が収まらないんでしょうね。憎しみと、うらやむ気持ちが強いのかな?」

「襲われた子といっしょにいた子たちが危ないんじゃないですか?」

 紅倉は考え。

「いいえ。他の子たちには興味ないようね。襲われた子は……、四人の中で一番綺麗な子ね。どうやら女幽霊はあなたと同じ綺麗タイプの女の子がお好みらしいわね?」

 とチラッと芙蓉に皮肉な眼差しを向けたが、すぐに真剣な目に戻った。

「幽霊の好みはかなりはっきりしているわ。また似たようなタイプの子が襲われるはずよ。暗くなったら、動くわね」

 紅倉は窓の方を見て目を細めた。紅倉はひどく目が悪い。現実の世界は白黒のぼやけた影でしか見ることが出来ない。今外の光は夕焼けから夜の暗さに移って行っているところだ。

「美貴ちゃん、お酒は?」

「飲んでません」

「じゃあ運転お願い。幽霊を捕まえに行くわよ」

 等々力が訊いた。

「先生、カメラは?」

「お好きに。でも、何かあっても知らないわよ? 見殺しにされてかまわないならどうぞ」

「了解しましたあ!」

 等々力はまた張り切ってスタッフを連れに飛び出していった。

「さあ美貴ちゃん、行くわよ!」

 紅倉は立ち上がり、廊下向かって飛び出そうとし、危うく壁に激突しそうになって芙蓉に腕を取られて引き止められた。

「先生の目には目的の物しか見えないんですからね。こっちですよ」

 いつも通りかっこわるくドアに引っぱられていく紅倉だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ