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第一章 浮上した憎悪

※紅倉&芙蓉のテレビ時代の話です。この作品について詳しくは7月23日付活動報告「発掘・一昨年の夏」をお読みください。




挿絵(By みてみん)


 沖の海を小型クルーザーが後ろにバナナボートを引っぱって走っていた。

 バナナボートにはオレンジ色の救命胴着を付けた、女、男、女、男、の若者四人が乗り、クルーザーの立てる白波にジャンプする度きゃーきゃー歓声を上げて喜んでいたが、ついに大きな波に乗り上げ、宙を飛び、ドンと着水した拍子に、

「キャーッ」

 後ろの女が手を放して飛び上がり、その後ろの男が受け止める形でいっしょに後方の海にドッボーンと落下した。

 クルーザーはドッドッドッドッドッ、とエンジンを停止させ、バナナボートに残った男が振り返り、

「おーい、だいじょうぶかー?」

 と声を掛けた。

「オーケーオーケー、だいじょーぶ」

 落ちた二人は救命胴着でぷかぷか浮き、スリルを体験した興奮にケタケタ笑っていた。

 クルーザーはついでにゆっくり進んで旋回を始めた。

 海上に浮かぶ二人は笑いが収まって、なんとなく岸の方を見た。二〇〇メートルか、もっとあるのか? 海の上は距離感が掴みにくい。遠くの砂浜では小さく海水浴客たちがきゃっきゃと声を上げてうごめいている。贅沢なボート遊びをしてる自分たちに優越感を持ちつつ、浸かる外海の水の冷たさにだんだん不安を感じてくる。

「だいじょうぶ?」

「うん」

 男に訊かれて女は笑顔で答えた。

「戻ってきた」

 クルーザーは少し離れた沖側を通り、停止した。上手くバナナボートが一番近い位置に止まる。

「おらおら脱落者ども、上がってこーい」

 ボート上の男に煽られて、

「コンニャロー」

 海の上の男は殴るように腕を上げ、

「行こう」

 と女を励ますように笑顔で言った。

「うん」

 二人がバナナボートに泳ぎ着き、先に男が取り付き、意地で自力で這い上がり、

「はい」

 と、いっしょに落ちて連帯感の生まれた女に手を差しのばした。女は笑顔でその手を握り、側面の小さいバナナにもう片方手を掛け引っ張り上げてもらおうとした。


 小型クルーザーとバナナボートはロープで結ばれ、その距離およそ四メートル。

 そこに、

 ゴボリ、

 と大きな泡が浮かんできて、黄色く色の付いた気体を弾けさせた。

 若者たちはぎゃっとかぐえっとか悲鳴を上げた。

「くっせえ〜〜! なんだこの臭い!?」

「やだ、怖い、早く離れようよお〜!」

 しかし見てる間に小さな泡がコポコポ立ち上り、その数を増やし、何かが、海中から浮上してきた。

 四人は、逃げることも出来ず強張った顔で見つめた。

 コポコポコポ………ボボボボボボボ……

 まるでサイダーのような大量の泡が弾け、悪臭に皆顔をしかめた。

 白い固まりが黒い水の底から急速に浮き上がってきて、海上に飛び上がるように顔を出すと、内部の圧力が解放されたように

「ボンッ」

 と弾けた。

 気泡とは比べものにならない強烈な悪臭が広がり、弾けた白い物が降りかかり、

「きゃああああっ」

「うわああああっ」

 四人は悲鳴を上げた。

「いやああっ、きゃああああっ!!!」

「ぎゃあああっ、うっわあああっ!!!」

 クルーザーからも四人の男女が鼻を押さえ、顔をしかめて浮き上がった物体を見つめた。

「なんだこれ? 魚か、鮫の死骸か?……」

 白いブヨブヨした肉が飛び散り、裂けて露出した内部に赤黒い物が爆発してぐちゃぐちゃになって覗いている。

 大きさは縦四〇×幅三〇くらいの筒状だが、爆発してふやけているので元の形はよく分からない。

 大型の魚か、鮫か?

 しかし、見守る若者たちは嫌な予感がしてならない。

 海に半分浸かったままの女の子が這い上がろうと無理矢理男の腕を引っぱり、浮き上がった物に気を取られていた男はバランスを崩して再び海中に落下した。

 女はキャーキャー騒いで男にしがみついた。

「落ち着いて、だいじょうぶだから」

「きゃああっ、きゃああっ!!」

 すっかりパニックに陥った女は大声で悲鳴をわめき、男にしがみつき、男の顔を手で押さえてバナナボートに戻ろうと必死になった。

 女は叫んだ。

「人よ! 人の、胴体よおーーーーーっ!!!」

 浮き上がった白いブヨブヨした固まりは、内部の赤黒い物を爆発させて、そこに、白いあばらを覗かせていた。

「きゃああああっ」

「きゃああああっ」

 バナナボートの上と、クルーザーから見下ろす女たちは、まさかとため込んでいた悲鳴をほとばしらせ、それはきゃああきゃああと止まることはなかった。

 砂浜の監視台ではピイーーッ、ピイイーーッ、と鋭く笛が吹かれ、波打ち際で遊んでいた海水浴客たちは急いで砂浜に上がり、皆不安そうに沖の大型ボートを眺めた。

 きゃあきゃあと、悲鳴はいつまでも続いていた。

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