1.PAS団集会とササキさん
「あ、とられた。」
響太が焦る……はずもなく、むしろ嬉々とした笑みさえ浮かべ、落ち着いた声で言った。
「どういうつもりですか、佐々木さん?」
佐々木、と心の中で復唱する。佐々木、ささき、ササキ。こんな状況でもお爺さんらしい名前だなと思ってしまった。
「急な話、少しばかり貸して欲しいのです。この紙───『絶対平安法』の原案を。」
「人から強引に奪ったくせに『貸せ』とはよく言いますね。それをどうするつもりですか?」
「ちょっと人探しでね。」そこでササキさんは呼吸を整えた。
「この原案をダシに、今行方不明になっている娘を探そうと思って。政府に勤めていたんですよ。2年前まで。でも突然音信不通になって、警察も当てになりません。だからお役人さんには悪いけど、この原案の存在を匂わせて、娘の行方を聞き出そうと。」
実に嘘くさいが、ササキさんの悲壮感漂う雰囲気を見ると、本当かもしれないと思ってしまう。
「絶対平安法」とは、今政府が『国の安全基準を高める』との名目でつくっている新法案のひとつだ。まだ一部の上層部の人達しかその存在を知らない。つまり政府の極秘法案である。
なぜその原案を響太が持っているのかという事は、後から本人にたっぷり聞くとしよう。
でもなぜササキさんは、一回も見ていない紙が「絶対平安法」の原案だと直ぐにわかったのだろうか?
何かあるな、と直感的に感じた。第一、響太がそんな大切なものを簡単に手放すわけがない。
「返す気はなさそうですね。」
「とんでもない!娘の居場所がわかったら、すぐに返しますよ。」
「口先だけならいいです。」
「とんでもない!」
これらのやり取りに、誰ひとりとして声をあげる者は居なかった。
みんなポカンとした表情でお互いの顔を合わせている。そして示し合わせたかのように、一斉にササキさんに一瞥の視線を投げた。
ササキさんはすぐにそれに気付き、「困りましたねぇ。」と頭を掻く。困ったのはこっちだ。
「では、交換条件ということでどうです?」
「交換条件?」
「そう、交換条件。」
ササキさんが口をきゅっとすぼめて、胸ポケットから一個の懐中時計を取り出した。
「小さいですが、私が大切にしている時計です。これを預けましょう。これを渡したまま逃げるなんて馬鹿なことしませんから、信じてください。」
もはや懇願だった。響太が疑り深い目でその時計を受け取る。そしてちらっとササキさんを見て、僕にひょいっと投げた。
「それ、お前が持っとけ。」
「え、僕でいいのか?」
「あぁ。」
受け取った時計は思ったより重かった。なんとなく裏を見ると、“1964”と彫ってあるのに気付く。さらに色々なところを見ていると、文字盤の文字がかすれていること、全体的にうっすらとほこりを被っていること、短針が折れかかっていることにも気付いた。
「……これ、古いですね。」
「そうですね。私が20代の頃のものですから。」
ササキさんが心なしか嬉しそうだった。古い、という言葉は褒め言葉なのかもしれない。
「ササキさん。」
「はい?」
「なんでこんなに古いもの、大事に持っているんですか?」
「へ?」
そう、僕は古いものが嫌いだ。よって、この時もその古い時計が気に食わなかった。完璧な自業自得だった。感情が抑えられなかった。