1.PAS団集会
茜色。人通りの少なくなった商店街に、僕らPAS団は集まっていた。
PAS団とはなにか?
「Peace administer star」──意味はそのまま、「平和を司る星」の略である。何とも子供じみたネーミングセンスだが、名付け親であるPAS団所属の最年少、清野巧によると、知恵熱を出してまで考案した結果がこれだったそうだ。確かに意味は団の目的をよく象徴してあるし、何より呼びやすい。
実際、巧はPAS団の名付け親であることを誇りに思っているし、PAS団員もその奇妙な団名を気に入っている。
もちろん副団長の僕もそのひとりだ。
では、一体何のために集まっていたのか?
結論から言うと、今日はPAS団恒例土曜会議に参加するために集まっていた。
PAS団は団員の年齢層が広いのでなかなか全員の都合が合う日がない。だからこうして週に一回全員が顔を合わせる時間を設けているのだ。商店街で行う理由は、単に誰でも場所がわかるため。
もっとも、団長兼この会議提案者である響太は、「俺が居ない方が皆のびのび出来るだろう?」と言って滅多に参加しないのだが。
「副団長、団員全20人揃っています。」
巧が僕に報告してくる。中学の部活帰りに直接来たみたいで、汗ばんだ顔に前髪が張り付いていた。青春しているなぁ、と思わず口元が緩む。
「?何変な顔してニヤついているんですか。早く始めましょうよ。」
「……そうだな。では、いつも通り近況報告から始めよう。」
子供の無邪気さは武器だと思う。そういう僕も年齢的にはまだ、子供だ。
「待った副団長。近況報告の前にひとつ聞きたいことがある。」
使い古しのドラム缶に座っている中年男性が手を挙げた。異様に鋭い目。PAS団立ち上がり当初から居る人だ。
「なんだ?」
「皆も知っていると思うが、我らPAS団は、政府の裏計画を阻止するためにあるはずだ。なのにする事といったらこの意味のない会議と公園のゴミ掃除、商店街の宣伝、地域のボランティア活動ばかり。もうそろそろ本格的に動いてもいいんじゃないか?それとも、政府を探るのがやはり怖いのか?」
彼の意見に他の団員も頷いた。
「私も政府の人に反感を持ってるからこそ入団したわけだけど、正直今のままじゃ退屈よ。そもそもあなた本当にその政府の裏計画を知っているわけ?」
「そうそう。俺らだって色々と忙しいんだ。やるなら早めに頼むよ。」
次々と不満の矢が飛んでくる。どれもが正論だ。
この商店街でPAS団を立ち上げてから早一年、僕らは『政府の裏計画を阻止する』という大きな目標を掲げながら何一つ進歩していなかった。
しかし、これは響太からの命令なのである。命令を破るわけにはいかない。
「皆、もう少し───」
「おや、これまた随分と騒がしいようで。何があったのです?」
のんびりとした声が僕の声を遮った。その聞き慣れない声に今まで好き勝手喋っていた団員達の動きが一斉に止まる。
気付けば僕の後ろに、響太と、端正な顔立ちのお爺さんが一緒に立っていた。
「よう、久しぶり。待ってた?」
響太が右手をひらひらと振ってくる。それを見てお爺さんも嬉しそうに右手をひらひらと降ってきた。
「待ったも何も、今お前の命令のせいでPAS団は仲間割れの危機一歩手前になっていたんだぞ。」
「あらら。まぁ、そうなることは予想していたんだけどな。」
予想していたのなら先に言えよ、と心の中で悪態をつく。何故いつもお前は僕を困らせるんだ。
「しかし、急にどうしたんだ。それにそのお爺さんはどちら様で?」
あくまでも冷静を保って質問する。途端、響太の目から笑みが消えた。
「いろいろあってさ。そろそろPAS団も本格的に動こうと思うんだ。俺がこう思ったのも半分そのお爺さんのおかげなんだけど。」
「となると?」
「今までお前が律儀に守ってきたその命令は今日でバイバイだ。もう、無闇にボランティアなんかする必要はない。」
そう言うと響太はひょい、と店の前に積み重ねてあった段ボール箱の上に立った。
そして少しだけ僕の顔を見てから、演説をするようにPAS団全員に語りだした。
「PAS団のみんな久しぶり。最近顔出してなかったけど、覚えてるか?団長の、原響太だ。」
いきなりどうした、と団員がざわつく。無理もない。響太が土曜会議に来るのは実に3ヶ月ぶりだ。
「響太、いくら何でも1ヶ月に一回くらいは参加するべきじゃないのか?」
「団長と呼べ、奏。俺だって遊んでいたわけじゃない。PAS団のみんなのことはいつも頭にあった。」
嘘だ。まだPAS団全員の顔と名前さえ一致していないのに。
だが、ここでずるずる言及するのも面倒だ。
「……わかった。本題に入ってくれ、団長。」
「よし、じゃあまずボランティア活動のことだが、これはもう必要ない。みんなの努力のおかげでPAS団は市から『地域と地球に優しいボランティアサークル』としての地位を確立した。これで十分だから、安心しろ。」
安心しろ、と言った時ふっと響太の目が優しくなった。それを見て、なぜか安堵してしまう。みんなはどうなんだろうとそのまま周りを見渡していると、もじもじしている巧の姿が目に入った。
「巧、どうした?」
「あのー…団長。お言葉ですが、その地位は何のために?」
巧が間髪入れずに問う。おそらく、ボランティアサークルという仮面をかぶり、人々の信頼を得た方が、後々PAS団として不法な事をしても大目にみてくれる可能性があるからだろう。
そうだろう、響太?
「後々のためだ。信頼ほど、強い武器はない。」
ビンゴ♪と心の中で指を鳴らす。この信頼を勝ち取るため、雨の日も風の日もゴミと埃にまみれていたのだ。
まぁ、たまにティッシュ配りや商店街のチラシ作りもしていたけれど。
「そうなんですか、そういうものなんですかね。」
「そうだ、そういうものだ。」
「とりあえず、僕らの努力が無駄にならなくて良かったです。」
と巧はすぐに引っ込んだ。先程このことについて喚いていた中年男性も、妙に納得した顔をしている。響太の後ろ、ただ一人、あのお爺さんだけが話を理解していないようだ。ずっとぼんやりと野良猫を見ている。
野良猫もお爺さんの方が気になるようだ。
「それと、俺たちが本当に裏計画を知っているのかどうか疑っている奴もいるようだから、先に見せておこう。これを。」
猫とお爺さんなんかお構いなしに、響太がパーカーのポケットから一枚の紙を取り出す。
と、その瞬間何かが宙を切る音がした。
白い蝶が舞う。
しわが深く刻まれた手が、視界にうつる。
お爺さんの手だ!
と気付いた時にはもう遅かった。
白い紙はもうすでに、お爺さんの手の中に吸い込まれていた。