-終わり-
家の近くにある、噴水が綺麗に咲き乱れる公園に俺はいた。
いつもより、しっかりとした服を着て、手には赤い薔薇を一本持って、五分ほど前から、俺はこの公園にいた。
今、俺はある人の訪れを待っている。
「こんにちは」
爽やかな声と共に、リーゼントの姉・ヴィーナスが俺の前に現れた。
白いワンピースを着たヴィーナスが天子のように見えた。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「ううん、いいの。丁度今日は予定無かったし」
そう言って、ヴィーナスは俺に微笑みかけた。
「はい、これ。店先で綺麗に咲いていたから、君に、と思って」
俺は持っていた薔薇をヴィーナスに渡した。
「うわぁ~。ありがとう。綺麗ね~」
ヴィーナスが嬉しそうに笑った。俺はそれだけで胸がいっぱいだった。
薔薇と美人は似合う。今、薔薇はヴィーナスの美を引き立たせていた。
「本当に綺麗だね」
「うん。やっぱり薔薇は綺麗だよ」
「薔薇じゃなくて……君だよ」
キザな言葉も、彼女の前では自然と出てしまう。彼女は恥ずかしがって、顔を伏せてしまった。
「……ありがとう。そういえば……その~、妹と……別れたの?」
ヴィーナスが謙虚に質問した。
「誤解されているようだけど、俺実際は付き合っていなかったから。勝手に彼女が言っていただけで、彼女と付き合っているつもりはなかったから」
俺がそこまで言うと、ヴィーナスは頷いた。
「あの子、いつもそうなんだ。でも悪気ないから許してあげてね」
なんて優しいんだ。あんな怪物にも慈悲の愛を注ぐなんて。
俺はどんどんヴィーナスに引き込まれていった。
「あ、あのさぁ」
ヴィーナスがゆっくりと顔を上げた。俺の心臓は、緊張しすぎでどうにかなりそうだった。
「なぁに?」
ヴィーナスが不思議そうな顔で俺を見つめてきた。
「こんなこと言うの、今までで初めてだから、なんて言えばいいかわからないんだけど……」
俺はヴィーナスの綺麗な手にそっと触れ、ヴィーナスを透き通った目を見つめた。
俺の胸の鼓動は爆発寸前だった。
「俺、初めて君を見た時から、君が好きになった。俺と付き合ってください!」
顔が真っ赤になり、熱を帯びた。
言ってしまった。言ってしまった後に恐怖がやって来た。返事を聞くのが怖い。
「……だめかな?」
ヴィーナスは、伏せていた顔を上げた。彼女もまた、顔を赤く染めている。
それがまた可愛かった。
「……私も……そんなこと言われたこと無かったから……何て言えばいいかわからないけど、その、なんていうか……」
俺は少しばかり諦めていた。
こんな可愛い子が俺なんかと付き合ってくれるはずない気がしてきた。
告白したことを少々後悔している。
「私で……よければ」
一瞬にして、俺のマイナス思考は消え去った。俺は今までにないほどの幸せを噛み締めた。
そうだ。神はいつだって俺の味方なんだ。俺は神を信じる。
「これからよろしくね」
俺がそう言うと、ヴィーナスは恥ずかしそうに微笑み、小さく頷いた。
俺の脱獄劇は、こうして幕を閉じた。
『ピンポーン』
インターホンが鳴った。
「うるさいな。今ので何回目だよ」
通称冷凍さんまは、自分の部屋から出ると、玄関に向かった。
別に機嫌が悪いわけではない。彼はいつもクールなのだ。
明石家さんまに容貌がそっくりだったことから、クラスの友人から冷凍さんまと呼ばれるのが嫌いであった。
彼は玄関まで来ると、ドアに付いた覗き窓で外を覗いた。しかし、そこには黒い物体しか見えなかった。
まるで髪の毛のようなその質感は、覗き窓を塞ぎ、外の視界を塞いでいた。
「どちらさまですか?」
冷凍さんまは止むを得ず、ドアチェーンをかけたままドアを開けた。
「来ちゃった」
「は?」
目の前には、リーゼントがいた。