計画その4 最終奥義
ギシギシと軋む階段を上らせられた。
どうやら、リーゼントの部屋は、二階にあるらしい。
その階段を、一歩ずつ踏み込むという行為は、死刑台までの階段を上がる死刑囚になった気持ちにさせた。
今までに感じたことのないほどのその恐怖感は、自然と身体を強張らせた。
「早く上がってきてよ~」
上では、リーゼントが、俺の到着を待ち侘びている。
まるで、使者を冥界に送る死神のように。
どうしても、二階に上がりたくなかった。だが、もう俺を助けてくれる人はいなかった。
初めて仲間になってくれたと思った銀さんでさえ、俺を助けてはくれなかった。
階段の残りが少なくなってきた。あと数歩で、地獄の世界が待っている。
「もう、早く~」
死神が、俺を手招きしている。上がれば地獄。
しかし、逃げても地獄になるのは間違えないだろう。
最後の一歩を、俺は踏み出したくなかった。
右足を上げて、下に下ろす。それだけで地獄の世界へ入ることになるのだ。
「私の部屋に案内するね」
そう言って、リーゼントは、俺が最後の一歩を踏み出す前に、俺の腕を引っ張り、奥へ奥へと連れて行った。
「ちょっと待って!」
俺は、無理矢理足を止めてから、言い放った。
「初めて出会ったのに、女の子の部屋に行くなんて、俺には出来ないよ」
リーゼントは、一瞬目を光らせて、俺を見た。
「男は、肝心なときに弱いのね」
がっかりした様に、リーゼントは言った。そして、また、正面を向いた。
「いいわ。恥ずかしいけど私がリードしてあげる」
何をリードする気だ? 悪寒が背中を走った。
俺はお昼にやっているドラマのワンシーンを思い出した。
ヒロインと付き合っている彼氏を、ヒロインのことを憎むヒロインの友人が部屋に連れ込み、こう言うのだ。
「私の身体であの子の事、忘れさせてあげる」
彼氏は、抵抗しながらも、憎らしい程の魅力を持つ友人に身体を奪われる彼氏であった。
俺は、それを見て『いいな~』と、思ったのは言うまでもないが、今、その行為が怖いということに気が付いた。
このままでは、リーゼントに喰われてしまうんではないかという恐怖が、俺の身体を支配した。
「ここが私の部屋よ」
リーゼントが、ある部屋の前で足を止めた。
何故か、霊感のない俺にも、やばいオーラを感じ取らせるその部屋を、リーゼントは静かに開いた。
「いらっしゃい」
リーゼントは、不気味な笑みを浮かべながら、俺を室内へと導いた。
部屋は真っ暗だった。リーゼントは、壁にあるスイッチを押した。
すると、リーゼントには似合わないほどの乙女チックな部屋が目の前に現れた。
「どう? 可愛いお部屋でしょ?」
正直、部屋は可愛かった。
薄いピンクの壁に包まれたその部屋のあちらこちらには、ピンク色の花が飾られ、床にひかれた花柄の絨毯は、より可愛さを演出していた。
ピンクで統一されたベッドの上には、可愛らしいウサギの人形が置かれていた。
初めて、リーゼントが女なんだと、少し納得してしまった自分に腹が立ってしまった。
「とりあえず、ベッドにでも腰掛けて」
そう言って、半ば強引に俺をベッドに座らせたリーゼントは、何故か、服を脱ぎ始めた。
「な、何やっているんだよ!」
俺は真剣に焦った。いくらなんでも早まり過ぎだ。
「何って……そんなこと聞かないでよエッチ~☆」
だから何照れてるんだ! 俺は、そんなつもりは一切ない!
金をもらっても、お前とは一線を越えるつもりはないんだ。
正直、中学生で童貞を捨てれば、英雄になれるが、こんな獣相手では、童貞を護りたいと本気で思ってしまう。
俺は、絶対、こんな怪物を認めない!
「あのさ……」
って、もう下着姿やし!
リーゼントは、セクシーポーズを取って、俺に近づいて来る。認めない。絶対に認めないぞ。
しかし、男の性欲というのは、時として、残酷である。
頭でわかっていても、下半身センサーは反応してしまう。
今まで、認めたくなかったが、リーゼントはモデル並みにスタイルがいいのだ。
胸はFカップはあるだろうし、くびれは細く、ヒップも形が良く丁度いい大きさだ。
そんな女性が、下着姿で近づいて来るんだ。男としては、とてつもなく嬉しい状況だ。
しかし、顔が男なのだ。
下半身センサーは反応しまくっているのだが、涙が出そうだった。
こんな怪物に反応している低レベルである欲求が情けなかった。
気付けば、リーゼントは、俺の目の前まで来ていた。
そして、あろうことか、急にしゃがみこんだのだ。
「ま、まさか……やめて……」
リーゼントは、俺のズボンに手をかけた。やばい、今のままでは危険だ。
何かいい方法はないのだろうか。
俺は、考えた。しかし、いい案なんて、浮かんでくるはずがない。
ただ、焦りながら周りを見渡すことしか出来なかった。
何か、何かないか。この際何でもいい。この状況を回避できる何かないのか!
「……!」
俺は、あることに気が付いた。
リーゼントの部屋に入った時は気が付かなかったが、俺が入ってきたドアの裏側、つまり部屋の中から見たドアには、ドアを覆い隠すほど巨大な明石屋さんまのポスターが張ってあるではないか。
それだけではない。あちらこちらにさんまの写真やグッズが置かれている。
明らかに熱狂的なファンである。
だが、今そんなことは関係ない。
そんなことわかっても、さんまのポスターは、俺を助けてはくれない。
そう言えば、俺の友人には、さんまそっくりな奴いるんだよな。
冷凍さんま。あいつ、嫌いなんだよな。すぐ馬鹿にするし。思い出すだけで腹が立つ。
あ~、あいつに嫌がらせして~。いつか俺を怒らせたことを後悔させてやる……。
危ない! 現実逃避していた。
気が付けば、ズボンが半分ずらされている。
不幸中の幸いか、下半身センサーが引っ掛かって脱がすのを苦戦させている。
下半身センサーが頑張っているうちに、何か考えなくては!
しかし、さっきの現実逃避のせいで、頭には、冷凍さんまが焼き付いて離れない。
いい案ないだろうか?
……いや、待て。あるぞ。
「止めてくれないか」
俺はそう言って、立ち上がった。
リーゼントはバランスを崩し倒れそうになった。体勢を直そうと必死なようだ。
「君は、俺のことの本気で愛してくれていない」
リーゼントは、驚いたような目で、俺を見た。
「愛しているわ。誰よりも!」
「嘘だ。君は彼が好きなんだろう?」
俺はそう言って、指差した。
「え? さんまさん?」
俺の指の方向を見たリーゼントは言った。
俺は、指を指しながら、その方向を睨んだ。
そこには、あの特大さんまポスターがあった。
「君は明石家さんまが好きなんだ」
リーゼントは、一瞬戸惑った顔をした。
「好きよ。でもその好きとは違うは……」
「それも嘘だ!」
俺は言い放った。
今までのストレスが溜まっているらしく、一言発する毎に心がすっきりとしていく。
「君は俺よりさんまを愛している。もしも、さんまより俺を愛しているなら、俺が来るこの日までに、ポスターを剥し、さんまを忘れているはずだ」
自分で言っている意味がよくわからなかった。だが、リーゼントの顔は徐々に暗くなっていた。
どうやらリーゼントには効くらしい。
「でも、君はさんまを忘れられなかった」
「なら今から貴方だけのことを愛するわ」
リーゼントは悲しそうな顔で哀願してきた。薄っすらと涙まで浮かべているほどだ。
「もう……遅いよ。終わりにしよう」
「どうしても……だめ?」
こんなにも弱気なリーゼントは初めてだ。俺は嬉しくて仕方がなかった。
「俺には君がもったいない。俺よりもいい人が君には見つかるよ」
決まった。最高の台詞だ。
俺がそこまで言うと、リーゼントは本当に泣き出した。
俺は、リーゼントから見えないところでガッツポーズをし、今回の英雄である明石家さんまのポスターに小さくお辞儀をした。
さんまの輝いた出っ歯を出しながらの笑顔が、一層爽やかに見えた。
「俺はもう、君を愛してあげられない。だからせめていい人を紹介するよ」
今まで泣いていたリーゼントだが、俺が話をすると、真剣に耳を傾けた。
最後まで言い終わると、リーゼントが体勢を直すために掴み、ずらしたズボンを定位置まで上げた。
下半身センサーは、今もまだ反応していた。




