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脱獄のススメ  作者: 真弥
2/6

計画その1 盛る

 俺の母は、ストレスが溜まったとかで、一時期不眠症に悩まされた。


 その時使っていた睡眠薬が今も少し残っている。

 

 今、リーゼントは、その薬の入った麦茶を飲んでいる。


 その調子だ……。


 母の話だと、その薬はそれなりに効果があるらしく、数分後には眠気が襲ってくるそうだ。


 リーゼントは麦茶を飲み終わると、コップに残っていた氷を噛み砕き、ニコニコと俺を見つめていた。


 もう少しだ。もう少しでこの怪物は眠る。それを俺は待てばいい。


 眠った後のことは考えていない。でも、寝かせた後ゆっくり考えればいい。


「おいしかった☆」


 リーゼントは無邪気な顔でそう言った。


「それはよかったね」


 俺は適当に相槌を打ち、心では眠気に襲われるリーゼントをイメージした。


 リーゼントはゆっくりと目を閉じ、静かな眠りの世界と旅立つ。


 そして、俺はこの勝負に勝つのだ。あと、数分で俺の勝利は決定する。


 絶対にイメージ通りになる。

 

 単純だ。単純な勝利だが、シンプル・イズ・ベストというように、単純な勝利に勝る物はない。

 

 リーゼントはあくびをした。俺は不覚にも笑みを浮かべてしまった。


 まだだ。こいつが寝て、勝利が決まったとき、大いに笑えばいい。それまでは堪えるのだ。




 三十分後。リーゼントは前にも増して元気だった。


 俺は三十分間、延々とリーゼントのくだらない話を聞き、疲れ果てていた。


「でね、友達が私を可愛いって言ってくれたの。そんなことないのにね☆」

 

 確かにそんなことない。


 リーゼントは良く見てみると、頬はがっちりと硬そうで張りがなく、ニキビが顔中を覆っていた。


 お世辞でも可愛いとは言えないが、この怪物を前にしたら、恐怖で口からお世辞が出てしまうであろう。


「あのさ、一応聞くけど、眠くない?」


 ひょっとすると、眠気を気合でカバーしているのでは? という疑問が俺の頭に浮かんだ。


「え?」


 リーゼントは驚いたようにそう言った。


「いや、なんとなくそうじゃないかなって思ったんだけど」


「嫌だ~いやらしい! でもいやらしい男の人も好きよ☆」


 そう言って、リーゼントは顔を赤く染めた。


 何か勘違いしている。


 俺はお前みたいな怪物と一線を越える気はまったくない! 


 絶対にそんな勘違いをされたくない!

 

 だから俺は大声で言ってやったさ! 


「冗談だよ~」


 リーゼントの前では、全ての罵声が喉に詰まる。


 言えない。言ったら自分がどうにかなってしまうのではという恐怖に怯えてしまう。


「も~、ビックリしちゃったよ。まだ両親にも会ってもらってないのに」


 会わせる気なの!?


 両親になんて会いたくない! よくよく考えたら、こいつの両親なんて予想が出来る。

 

 ヤクザだ。ヤクザに違いない。俺は極道の道なんて行く気はない!

 

 でももしかしたら、俺の思い過ごしで、こいつの両親はめちゃくちゃいい人かもしれない。


 それで、娘の暴走から俺を助けるかもしれない。少ない希望だが、確認しなくては意味がない。


「あのさ、両親は何やっている人?」


「え? どうしてそんなこと聞くの?」


 何ドキドキしたような顔しているんだよ! 俺は心の中で叫んだ。


「君のこと知りたいんだ」


 これで満足か? そんな気持ちはこれっぽっちもないぞ! 


「えへへ☆」


 照れるな! 気持ち悪い!


「じゃあ教えてあげるね☆」


 リーゼントは恥ずかしそうに言った。俺はそいつの恐ろしさに息を飲み、そいつの話に耳を傾けた。


「私のお父さんは、何か良くわかんないんだけど、組とかっていうやつの社長で、家によく、お父さんの部下の人達が遊びに来るんだ。みんな言い人でね。その中の一人が私と同じ髪型で『お嬢もこの髪型になれば強い人間になれるんだよ』って言って、私の髪型を変えてくれたの。この時期、たまに部下の人がスイカ持ってきてくれてね、懐から自分専用のナイフ出して私のためにスイカを切ってくれるの。その人、左手の小指なくてね、昔『どうしてないの?』って聞いたら『このナイフで切っちゃったの』って笑いながら教えてくれたの。怖そうな顔の人もいるけど、お茶目なところもあって、腕とか肩に絵を描いたりしてね」


 リーゼントは一呼吸おき、少し経ってからまた話を続けた。


「お母さんは、お父さんの部下の人に『姉御』って呼ばれていてね、銀さんっていう部下の人が本当にお母さんのことを姉のように慕っているんだよ」


 俺は絶望的だった。リーゼントの話す全ての部分に怪しい香りが漂っていた。


 まさにツッコミ所満載である。


「そうなんだ……」


 俺の魂は、この場所から抜け出そうと必死になっていた。


 もし本当に幽体離脱が出来るなら、今この場でさせてほしいくらいだ。


「話はこれくらいにして、デート行こうよ☆」 


「ど、どこへ?」


「う~ん、映画も行きたいし、ボーリングやカラオケもいいけど、でも一番はプリクラを撮りに行きたい

な☆」


 嫌な単語。


 お前は知らないだろうけど、俺はお前のために……

 

 正確に言えばお前のくれたプリクラに写っていた可憐な乙女のためだが……


 数週間前に女装したり、やーさんにからまれそうになったり、ブルースリーに惚れられたり、カーネルを拉致ったり、いろいろと大変だったんだよ!


「行こうよ☆」


 落ち着け、俺。怖がることはないんだ。


 顔に騙されているだろうが、ひょっとしたら性格はいい奴かもしれない。


 話せばわかるかもしれないんだ。プリクラは嫌だと言え。言うんだ、俺。


 プリクラなんか撮ったら、この怪物との思い出を残すことになるぞ。


 言うんだ、頑張れ、俺。


「あのさ~」


 リーゼントは、俺を見つめ、首を傾げた。


 リーゼントの目には獣が宿っていた。

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