-始まり-
人はよく、ちょっとしたことで怖いと感じます。
ホラー映画を見たとき。真夜中に人気のない道を一人で歩くとき。
テストで赤点を取り、親に見せるとき。
確かに怖いのかもしれませんが、真の恐怖を知る人はそうはいません。
真の恐怖。
例えば、ナイフを持った変人に襲われたり、お墓で火の玉や幽霊を見てしまったり、数年間付き合っていた恋人が自分と同性だと気が付いたときなど、いろいろあるのかもしれません。
今回、俺は真の恐怖を味わうことになる。
夏休みだ。学校へ行かなくてもいい。俺たち中学生にとって、夏休みは最高のプレゼントだ。
宿題はかなりの量出るが、たいしたことはない。
夏休みラスト一週間ぐらいで終わらせればいいのだから。
そう言って結局、始業式前日に涙流しながら徹夜で宿題を終わらせる生徒は数多い。
でも、その危険をわかっていながらも、ついつい遊びたくなるのが、夏休みの恐ろしいところである。
別に朝早く起きる必要もないし、夜は遅くまで遊んでいられる。
部活もほとんど休み(と、勝手に思っている幽霊部員な俺)だし、今日は一日中家でごろごろ出来る
……そう思っていた。
現実はそう甘くないらしい。
「ピンポーン」
インターホンが家に響いた。こんな日に訪問客とは正直ムカついた。
両親はもう仕事のため家にはいなかったので、俺が対応しなければいけない。
どうせ親の客なのだから俺が出る必要もない。
そうだ、居留守を使おう。
俺はそう決めて、今まで見ていたテレビ番組であるドクタースランプアラレちゃん(夏になるとよく再放送されている)に目線を戻した。
「ピンポーン、ピンポーン」
インターホンは続いた。
どうせもうすぐ帰るだろうと思い、車をおいしそうに食べるガッちゃんを見つめていた。
「ピンポーン、ピンポーン」
しつこい客だ。この家には誰もいませんよ。
「ピンポーン、ピンポーン」
しかし、インターホンのラッシュは続いた。
これでは気が散って、アラレちゃんを見られないではないか。
しょうがない、とっとと帰ってもらおう。
俺は嫌々立ち上がると玄関に向かった。そして、ドアを開けた。
それが恐怖の始まりだった。
ドアの前にリーゼント頭が立っていた。
俺は一瞬頭の中が真っ白になった。状況が理解できない。
何なのだ、こいつは……。そうか、両親の知り合い(それも奇妙だが)に違いない。
「あの~、両親は今留守ですが……」
リーゼントは笑った。恐ろしいほど酷い顔で。
「何言っているの~? 私、貴方に会いに来たに決まっているじゃない☆」
思い出した。思い出したくなかった。一応、このリーゼントは俺のペンフレンドだ。
「やっぱりかっこいいね!」
俺はかっこいいと言われるのは好きだが、人は選ぶ。目の前のリーゼントに言われても嬉しくない。
「あ、ありがとう」
心とは別に、勝手な言葉が出てきた。
リーゼント頭に黒いサングラスをかけたそいつは、俺の顔を見てニコニコと笑った。
俺はテンションが下がった。
リーゼントはピンク色のブラウスを着て、赤いミニスカートを穿いていた。
あえてもう一度言わせてもらう。
リーゼントはピンク色のブラウスを着て、赤いミニスカートを穿き、俺の前で立っているのだ。
「ねぇ、家にあがっていいかな?」
一瞬、リーゼントがサングラスの奥で、獲物を狙うかのような鋭い目をしたのを俺は見逃さなかった。
「男の人の部屋初めて~☆」
リーゼントは俺の部屋に入るなり、そう言ってはしゃいだ。
俺はというと、初めて部屋に連れ込んだ異性(まだ認めてないが)が、このリーゼントだということに、悲観していた。
「ねぇ、今日一日中、私の相手をしてね☆」
「う、うん」
やった~! と言って、リーゼントは飛び跳ねた。
俺は引き攣った笑顔で、リーゼントを呆然と眺めた。
「何か飲み物持ってくるよ」
俺がそう言うと、リーゼントは嬉しそうに笑い、大きく頷いた。
リーゼントの髪がブンと音を鳴らし、空間を縦に切り裂いた。
「さて、これからどうしようか」
俺は、冷蔵庫にあった麦茶をコップに注ぎながら、考えた。
そうなんだ、今から俺の、リーゼント乙女という牢獄からの脱獄が始まるのだ。