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迷子の子猫ちゃん(2)

 一度家に帰ってからの僕の行動は、その日によって違う。宿題の量によっては即座にそれを切り崩しにかかる事もあるのだ。キツネはそういう日、間違いなく僕を頼りにしているので、僕は頼りにするべき相手もいない。キツネを甘やかしていると、うさぎさんに怒られもしたけれど、勉強なんてそんな物で良いと思っている。

 知ったような事を言うのなら、だけれども。

 宿題を夕飯の後やれば充分な日は、大抵僕は散歩をしている。この町に来てまだ日が浅いので、道を覚えておきたいからだ。しかし、一人歩きは家のある程度近くだけにするように言われているので、その範囲も限られて入るのだけれど。それでも、毎日新しい発見がある。意外と近くに、小さな本屋が一軒あるのを発見したり、駄菓子屋さんがあるのもついこの間、散歩の途中で知った。

 夕暮れ時の散歩道は、どこかもの淋しい。

 友達と別れて家に帰る時の記憶がそう感じさせるのかもしれない。あるいは、夕日の色に、人にそう感じさせる魔力のようなものがあるのかもしれない。はたまた、近所の家から漂ってくる夕飯の匂いが、そうさせるのだろうか。

 それとも単に、僕が家族では無かった家族の事を思い出しているからだろうか。

 そんな事を思いながら歩いていると、これまで知らなかった場所に出る。空き地なんて今の時代、あっても入る事が出来ないようになっているものだけれど。ドラえもんの劇中に出てくるような、土管が置いてある空き地だった。子供は居ないけれど、この辺りに住んでいる子供が放っておく事は無さそうな、手ごろな空き地である。

 一人でやって来て遊ぶという事も無いけれど、何となく、僕はその空き地の真ん中あたりに置いてあった土管の上に腰を下ろした。ノビタ君たちは、こうして毎日遊んでいるのだろうか、とか。そんな事を思う。今の子供なら、ここに座ってDSでもしているのだろうか。

「おい人間、そこはおれっちの場所だにゃん」

「………」

 突然の猫言葉に、言葉を失った。語尾がにゃん。

 振り返ってみると、そこには猫耳を生やした、中学生くらいの女の子がいた。偉そうにふんぞり返っているその腰のあたりから、白い尻尾が生えている。

「猫か」

「そう、猫だにゃ。よく分かったにゃ、人間」

 見れば分かる。この町に来て最初に学んだ事は、多分、この町に住んでいる住人は大きく二つに分けられるという事だ。思い切り妖怪然とした姿をしているものと、動物の耳やしっぽを生やしただけの人間のような姿をしたもの。たとえるなら前者が大天狗先生で、後者がキツネやウサギさん。まあ、住んでいるのは妖怪だけではなく、物語の中の動物たちもいるのだから、自然とそうなってしかるべきだ。

 そして目の前の猫もまた、後者だった。迷子の迷子の子猫ちゃん。

「子供は家に帰る時間だぞ」

 僕がそう言うと、猫は馬鹿なものを見るような眼をして行った。

「失礼なことを言うにゃ、俺はお前と同い年にゃ。それを言うのなら、お前だって帰る時間にゃ」

「僕だってそろそろ帰るさ」

「そうか、羨ましい限りにゃ」

 猫はそう言った。大して羨ましそうではないけれど、少しは羨ましそうに、そう言った。

「羨ましい?」

 猫は、ああ、と答えた。こくん、と頷く動作は幼く見えて、どうにも自分と同じ年齢だと思えない。日が沈みかけてきたのか、先ほどは夕陽の赤い色に染まっていた猫の白い毛が、今度は薄暗く、黒っぽく染まって見える。

「おれっちは、迷い猫で、家なし猫だからにゃあ。帰る家なんて無いんだにゃ」

「ふうん」

 何気なく頷いたけれど、それは案外、重い告白だった。少なくとも、僕にとっては、重い思いを伴っている。

 家も無く、家族も無く、あても無く迷っている。それは、どんなに心細いだろう。まざまざと想像することのできる、重さだった。まるで自分が、そんな物を抱えていたのではないかと、そう思わされた。

「まあ、そういのは良いにゃ」

 猫はそう言って、僕に鈴を差し出した。

「これをおれっちの首につけて欲しいにゃ」

「なんだよこれ」

 どう見てもただの鈴で、蝶ネクタイのように首の後ろで留めるようになっていた。

「猫は不器用だからにゃあ、ついうっかり外しちまったんだにゃ」

「………外せたんなら、着けるのも同じなんじゃないのか?」

 まあ、着けろというなら、着けてやらない事も無い。

「やってやるから、一度襟を立てろよ」

「お前がやるにゃん、おれっちが手伝ったりしたら、意味がないにゃん」

 言っている意味は分からなかったけれど、ここで押し問答をしても仕方がないので、素直に従う事にした。細い首の周りに手をやって、白いブラウスの襟を立てる。

 女の子だけあって、首が細い。不意に触れた首が、思いのほか温かくて驚いてしまった。まあ、そんなのを表に出したりもしないけれど。

「ほら、これで良いか?」

 鈴をつけて、襟を元のように直してやってから、そう言った。

 猫は、首元に下がっている鈴を二三度弄んで、ちりん、ちりん、と、音を鳴らした。首元に手をやって、襟元を緩めるようにしたら、僕の方を見て、にんまりと笑った。

「お前、結構バカだにゃ。おれっちも人の事は言えにゃいけれど、猫の首に鈴をつけるだにゃんて、迂闊すぎるにゃん。でもまあ、おれっちのような可愛らしい女の子で良かったと思うにゃん」

 そう言うと、薄暗くなった空き地から、瞬く間に飛び出して行ってしまった。何が馬鹿なのか、何が迂闊なのかは、分からなかった。しかし、そこまで心配する必要はないのではないかと、そう思う。

 本当に迂闊な事をしたのなら、多分その場で痛い目に遭っていただろう。

 そうしてその日は、空き地を見つけて、猫に出会って、それだけだった。家に帰って、たぬきおばさんとキツネの作った夕飯を食べて、大天狗先生と風呂に入る。その後、宿題を済ませて、読みかけの本を読んで、そのまま眠った。

 そう言えば、あっさりと、この町の星空にも慣れてしまった気がする。見上げてみても、毎日変わる事のない満天の星空は、確かに美しいままだ。それでも、僕の中から、それに対する新鮮さは失われてしまった。最初に見上げた時のように、感動する事は出来なくなってしまった。

 この町や、この町の住人に対しても、いつかそうなってしまうのだろうか。ただそうあるだけのものであると、思う時が来るのだろうか。あるいはすでに、星空と同じくそうなっているのだろうか。別に、それが悪いというつもりはない。慣れるという事は、親しむという事だ。だけど失われた何かを、それが埋めるわけでもないのではないだろうか。

 新しいものだけ見ていく事は出来ないし、そうしたいわけではない。それでも、新しくなくなったというだけで心動かされる事のない事は、虚しいのではないかと、そう思う。



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