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泣いた赤鬼(3)

 赤鬼との出会いは劇的でも感動的でも無く、せいぜい僕がまた抱えている荷物を増やしたと言うだけである。別に何を背負ったわけでもないが、関わったもの全てに首を突っ込む癖は、いい加減どうにかするべきなのかもしれない。

 勿論、現段階で赤鬼が僕に悪意を抱いていない事は明白だし、そもそも自分が選んだ事で、荷物を増やしたとか言うべきではないのだろう。言うべきではないのだろうが、しかし、こうして鬼と友好関係を気付いた事は、この先僕の足かせになる事もあるかもしれない。足枷になっても、自分で選んだ事だと言うのならあきらめるほかないだろう。

 所詮どれも、僕が選んだ事だ。誰のせいでもないし、自分のせいでしかない。だったらこうして、あれこれと愚痴のような事を言うものではないのだろう。しかし、選んだことで、後悔する余地も無いのだとしても、反省くらいはしておくべきだと思う。


「で、何の話だっけ?」

「君の話だよ、出雲アキナ。君の大切な人たちの話をしてくれるのだろう?」

 赤鬼と出会ってすでに数日。

 誰かと二人きりで帰るのは珍しいとか何とか言っていたのだが、ここ数日に至っては一人で帰ってばかりである。皆おかしいとは思っているのだろうが、何も口を挟もうとしないのはありがたい。

 ただ呆れられているのかもしれない。

「ああ、ああ。そうだったか、昨日どこまで話をしたのかも覚えていないけれど、お前がそう言うのなら、その通りなんだろうさ」

「おれがこう言う以前に、君は分かっていただろうよ、出雲アキナ」

 そんな事は無い。僕は僕の話に興味がないし、一々あれこれと考えながら世間話をしているわけでもない。昨日話した事の内容なんて、昨日の晩御飯の内容よりもどうだっていい。

 しかしこの赤鬼、やはり僕に似ている。それでどうという話でもないのだけれど、話をしていて会話をしていて、不意に鏡に向かって喋っているような気になってしまう時がある。

 この赤鬼は鏡ではないし、僕ではない。過去の僕ですら、無い。

「大切な人たちと言えばこっくり荘の住人だな」

「ああ、そもそも君がこの町に来るよりも以前の事であれば、おれは何でも知っているよ」

 マジかよ……。

 あんなこともこんな事も、恥ずかしい事とか、恥ずかしい事とか、つまりそういう隠しておきたい事が全て筒抜けという事である。やはりこいつは、そう簡単にこっくり荘の住人と合わせたくない。

「ま、そういう事も追々話をしないとな」

「気にしなくても、おれは君の恥をさらしたりはしないさ、出雲アキナ」

 そりゃどうも。

「そう願いたい所だよ。今のお前なら、まあ、お前の言う通りなんだろう」

「今のおれも何も、どこまで行ってもおれはおれじゃないのか?」

「………」

 ふうん。つまり、昔の僕はこう言う風に考えていたと、そういうわけなのだろうか。

「そんな事より、話を始めてくれないか」

「もう少しこの話を続けても良いくらいだけど、待ちきれないならそうしよう」

「キツネとネコと、ツルに吸血鬼だったか?」

 そうだ。たぬきおばさんと大天狗先生についてはあまり話をしようと思わない。その辺りについて割り切ったつもりではあったのだけれど、どうにも案外、こうして改まって見れば、僕も引きずっているらしい。

「まず、キツネについて聞かせてくれ。君がこの町に来て初めて出会った相手が彼女なんだろう?」

「まあ、うん。そうだな、確かに最初に合ったのはキツネだ。仲良くなったのは大天狗先生やたぬきおばさんの方が先だろうけれど。でも今の形になったのはキツネと仲良くなってからだと思う」

「君にとってキツネはどういう少女だい?」

「どうって言われてもなあ、上手く言えるか分かんねーよ。まあ、大切だし、相手がどれだけ大切に思ってくれているのか分かる。これは多分、お互いにそうだろうと思うよ。両親の事とか、いろいろ事情もあったけど」

 キツネが愛されない存在だとか、今になって見れば遠い過去の出来事のようですらある。埋もれて、風化して、忘れてしまっていた。そんな話もあったなあと思う程度だ。今の僕は、それくらい、

「そんな事には関係ないくらい、キツネが大切だ。あの時と同じ選択肢がこの先僕の前に現れたとしても、僕はいつもだって、何度だって、同じ選択肢を選ぶ事が出来る」

「なるほど」

 赤鬼は頷いて言った。

「君がキツネを大切に思っている事は、分かったよ。じゃあ、ネコはどうだい?」

「ネコか」

 キツネが大切だと言う事を否定するつもりはないが、今の話から読み取れるのはそれだけだったのだろうか。やはり、僕は説明の下手な人間なのかもしれない。

「ネコはどうだったっけ、確か家が無かったのを拾ったんだよ。そういえばあいつ、家が無い割には金はもっていたり良く分からんが、そんなこんなでこっくり荘に来たんだ」

「ネコはただの住人なのかい?」

 いや。

「そんな事は無いさ、あれで人の心の機微には目ざとい所があるって言うか、案外気がきくんだろうよ。誰とでも距離を置く癖に誰とでも仲良くしているし、まあ、距離を置くのはあいつが猫だからなんだろうけど。寂しい人間を見つけたら傍にいてやれるやつだし、自分が寂しくても決してそんな事は言わない奴だ」

 その対象は僕だけではなくて、多分、こっくり荘の中で人間関係のバランスをとっているのはネコだ。ふらふらしているようでいながら、あれで案外気を使っているのかもしれない。

 まあ、単純にあまり人が多い手面倒くさいとか、そんな事を考えているだけかもしれないが。物事を態々悪く捉えようとする必要は無いだろう。

「ツルはどうなんだい?」

「呼び捨てにするんじゃねえよ。まあ、ツルさんは最初恩返しに来たんだよ。釣り糸を外したからとか何とか。で、そのまま住みこみ」

「今も恩返しをしているのか、そのツルさんは」

 そんな事無いだろう。うん。確か以前そんな話をした事があったし、近頃の様子を見る限り、最初の目的はどこかへ行ってしまっている。布団とか嬉しそうに干してくれるのだけど、僕が自分で干すとどことなくさびしげなのは、一体どういう理屈なのだろうか。

 後、近頃は料理をする時を含めて家事をする時の服装が、どことなく新妻を意識している節がある。良いのだけど、構わないのだけれど。

「あの人が家事をするのは趣味じゃないのかな、まあ、僕が勝手に語る事じゃないけど。実際お世話になっている身で、あれこれ言う権利は無いしな。でも近頃は一緒に料理もするようになったし、この間なんかはキツネとツルさんが二人でやってたよ。考えてみれば、以前の二人からしてみればあり得ないくらいの出来事なんだけど……慣れって怖いな、違和感を覚えてなかった」

 まあ、それだけ馴染んだという事なのだろう。勿論いい意味で、だ。

「吸血鬼は二人要るんだったか。昼間の方はどうだい?」

「デイか。あれで何を考えているのか分からない所があるな。今の所、妹みたいなもんだよ、僕から見たら。言う事なす事、どれも幼い」

「へえ」

「似てるって言えば、多分キツネに似てる。双子の姉妹の割にはナイトに似ていないけれど、不器用なところとか、直球勝負しかしない所とか、まるっきりキツネと同じだな。でもまあ、やたらと鋭い時もある。恐いくらいにこっちが考えている事を見透かす時もあるし、後はまあ、概ね何を考えているのか分からないのだけれど」

 こればかりは時間の問題である。

 距離を詰めようとしているのは見ていれば分かるのだけれど、その上でどうしたいのかが皆目、見当がつかないのだ。こっちから何かしてやればいいのだろうけれど、実際あれこれしているのだけれど、それがデイの望みにかなうものなのかどうかは分からない。まあ、それはデイに限った話ではない。

「夜の吸血鬼は?」

「一緒にいようと思うと、翌日眠くて仕方がない」

 今も眠たいしな。ナイトの責任ではないのだけれど、こればかりは人間のみである以上どこまでもついてくる問題だ。ニーとにでもなれば別だが、今のところそんな予定も無い。なのでとりあえず当面は、僕が睡眠時間を削るほかないのだった。

「でもまあ、あいつはあいつで多分、いろいろ考えてるんだろうよ。期間は短いけれど、それでもデイよりはあいつの事の方が分かると思う。年寄り喋りは正直うざったいばかりだけど、婚約者として現れたのがあいつらで良かったとさえ、思う。いや、あいつらが僕の婚約者になってくれてよかった、かな」

「どう違うんだい?」

「恥ずかしい話だけど」

 本当に恥ずかしい話で、あいつらには決して面と向かって言えないだろう。赤鬼にだって言っていいのか悪いのか良く分からないくらい、赤裸々な物言いである。これは多分、自分の口から言う以上に誰かほかの人の口から伝えられた時の方が、恥ずかしい。

「あいつらに会えてよかったってことだ」

「………」

「婚約者で無かったとしても、あいつらと出会わない自分は想像できない。婚約者でなくてもあいつらと出会いたいし、今こうしてみれば、婚約者としてであった事が一番良かったんじゃないかとさえ思うよ」

「ふうん」

「なんだよ、興味無いのか? まあ、他に話題なんてないし、この際だからお前には普段言わないような事を言ってしまうけれど」

 確認するように言うと、赤鬼は何も言わなかった。これは了解であると取ろう。

「この町に来て本当に良かったと、僕は思ってる。今まで出会った全てに感謝しているし、何なら、毎晩現れる鬼にだって感謝しても良い。あいつらのおかげで、ナイトとは仲良くなれたようなもんだしな。ま、迷惑なのは変わらないけれど。でもまあ、そんな事だって、今の僕が得たものに比べたら些細なものだ」

 本当に。毎晩あの鬼たちとどつきあいをする事が、今の僕が手に入れたもの全ての代償というのならば、僕は喜んでそれに付き合ってやる。寝不足とか、そんな事だって所詮そんな事でしかない。

 僕は救われて、今ここに居るのだから。

「つまりそれが、おれと君との分岐点だと言うわけだ、出雲アキナ」

「いや、ちがうよ」

 それはたぶん違う。

 赤鬼がこの町に来てすぐの僕から生まれた鬼だとしても、もう僕はきっと、この赤鬼と同じ鬼を生みだす事は無い。こいつは確かに、昔の僕と良く似ていて、今こいつが何を考えているのかもなんとなくわかる。

 でも、そのなんとなくが、決定的に僕たちを分け隔てている壁だ。

「お前は僕じゃない。僕が人間でお前が鬼だとか、そんな事じゃなく。僕がここに居てお前がそこに居る以上、僕たちは全く別の存在だ」

「だけどおれは、以前の君だ」

「だからさあ、的外れなんだよ。お前がどこの誰であっても、今となっては僕とお前は似ているだけだ」

 そして、僕でいるのは僕だけだ。僕と同じ環境で育った人間が、仮にどこかに居たとしても、今こうしているのは僕だけだから。

「お前がこれからどんな奴と仲良くなったとしても、お前は僕にはならない。絶対に、僕とお前が同じになる事は無いよ。お前が救って欲しいと思っていない事も、救われたくないとは思っていない事も、僕にはわかるけれど。それでも、これからの出会いの中でどうなっていくかは知らない。だって、僕は僕に出会っていない。お前の最初の友達が僕で、僕の一番新しい友達がお前なんだ。だから、僕たちは違う」

 同じ所があっても全部同じではないし、そんな事は誰だってそうだ。何一つ共有する物の無い相手なんて、きっとそうそういるものではない。

「……おれは」

 赤鬼は言った。

「おれはもう、救われているさ、出雲アキナ。君がおれを友達だと言ったときに。今の君にはもう分からないのかもしれないけれど、たったそれだけのことで、おれたちは救われたんだ。救われたいとは思っていないなんて、今になって見ればお笑い草だと、そう思っているよ。おれはきっと、ずっと救って欲しかった」

「だとしたらやっぱり、僕たちは別なんだろーよ」

 あるいは、僕が忘れてしまっただけなのかもしれない。本当はあの頃、僕も誰かに巣食って欲しいと願っていて、そんな事を願っていないと強がっただけ、なのかもしれない。何にせよ、どちらにせよ、今は昔で、真相は全て闇の中だ。

 案外本当に、こいつと僕は関わりの他人だと言うことだって、別にあり得ない話でもない。

「別であっても、確かに君の言う通り、おれも君の考えている事がなんとなくわかる。さっきの話で、君はいろいろと言葉を重ねてはいたが、結局、君は彼女たちを大切に思っている。優劣も順序も付けられないくらい、かけがえなく思っている。そんなふうに誰かを思う事の出来る君と友人に慣れて、おれは本当に嬉しい」

 だから救われたと、赤鬼は言った。

「恥ずかしい事を言う奴」

 僕のそんな照れ隠しを、赤鬼は笑った。それが彼の初めての笑顔だった。

「君ほどじゃないさ、出雲アキナ」


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