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彼の物語/一年の初めに見る輝き

 クリスマスが終われば、その色はあっという間に忘れられるのが日本という国だ。クリスマスツリーが無くなった後には、すぐにお正月へ向けて準備が始まってしまう。その辺りの切り替えについて行けない人だっているだろう。

 僕だってその一人で、日本人のその辺りの無責任さが心地よくあっても、だからと言って一緒になってそれに付き合う事が出来るかどうかは別の問題である。しかし、僕の出来る出来ないの問題は、周囲にとっても社会にとっても関係なく、誰もがめまぐるしい期間の中で各自その情報を消化する。クリスマスが終わった次の日から大掃除に向けて準備を始めるたぬきおばさんの切り替えの早さは、多分僕には一生まねできないだろう。

 呆けていても切り替えても、等しく時間は進んで行く。大掃除するほどの者も無かった僕の部屋は、早々に大掃除なるものも終わり、この数カ月数々の被害をこうむった布団はこの度新調される事になったのだった。破れたり埃を被ったり、本当に御苦労様な布団だった。

 新しい布団をツルさんが用意してくれたのだが、しかし羽毛布団ってどうなのだろう。いやな予感がひしひしとするのだが、まさか自前と言う事は無いだろうか。用意してもらったときに、これでおはようからお休みまでしっかりとお尽くし出来ます、と言われたのが非常に怖い。

 羽毛なのに重いとは、これいかに。


 そんな面倒な様々も、昼間までの事。基本的におめでたい事は苦手だと言うナイトはどこかに姿を消して、こっくり荘における吸血鬼を除いた面子は皆で集まって炬燵に入っている。言うまでもなく非常に狭い。密着と言うよりも圧着状態だった。それでも誰一人文句を言わないのは、皆炬燵を出たら寒い事を知っているからだ。

 僕としては、いっそ部屋に戻ってナイトと一緒に毛布の中でおしゃべりをしても良いくらいの気分なのだが、年が明けたら初詣に行こうという約束があるのでそういうわけにもいかない。毛布でおしゃべりに罪は無いが、しかしそうしているといつの間にか眠ってしまうのである。

 なので、こうして炬燵でミカンを食べる機械と化して十二時を超えるのを待っている。年を越そうと、そんな物は日付が変わる事と大差ないと思うのだが、そんな事を言っても仕方がない。節目としては確かに分かりやすいし、年号が変われば日付を書かなければならないときに変わった事を忘れないようにしなければならない。

 近頃は夜更かしにも慣れてしまった。

 紅白歌合戦なんて話には聞いていたのだが、こうして実際に自分の目で見るのは初めての事だ。年季の入った番組だと言う事で、もっと視聴者を退屈させないものだと想像していたのだが、実際にこうして見てみると決してそんな事は無い。誰も見ていないのになんとなくついていて、チャンネルを変えようとすると怒られた。

 年の瀬、こたつ、ミカン、紅白歌合戦。それらは多分、切っても切れない関係なのだ。

 この一年と言うより、この町に来てからの事を思い返すにはこれがいいタイミングなのかもしれないが、しかし考えてみれば、そんな事は進級するときにでもすればよい事だ。今時の普通の学生辺りならば、こたつの中で一斉に携帯電話を弄るのかもしれないが、生憎この町にそんな物は無い。

 そういうものを自分が所持していたらどうだろうかと考えるが、いまいちイメージがわかない。そもそも弄った事も無いので、僕には良く分からないのだ。多分、こっくり荘の外に居る友人とでも連絡を取り合うのだろう。猿とか、子豚三姉妹とか、その辺り。考えてみると僕は友達が少ない。

 初めて聞く年末年始の鐘の音は、聞いてみればどうという事もない。紅白歌合戦と同じで、多分続いている事に意味があるものなのだろう。伝統と文化、切っても切れないつながり。日本人は、多分放っておけば滅びるまでそれを続けている。

 で。

「準備をするから待っててね、アキナ」

 と、言われたからには待っているしかない。男は待つもの払うもの。

 誰もかれもこっくり荘は出不精ばかりがそろっていて、キツネ曰くせっかくのお正月らしいのに、初詣に行こうと言うのは僕とキツネの二人だけだった。イベント事に対して熱心なのか、それとも興味がないのか、だれもかれもが良く分からない。年が明けた瞬間に今年もよろしくお願いしますと挨拶するためだけに起きていたのだとしたら、どいつもこいつも律儀なものだ。付き合いが良いのか悪いのか。

 そんな事を考えながら待つこと一時間。いい加減考える事も無くなって、積み上げられたミカンの皮を数える作業も、ネコがばらばらにしたミカンの皮をパズルのように組み合わせて一つ一つ復元していく作業にも、いい加減ごまかしがきかなくなるくらいになって飽きてきた頃、ようやくキツネの支度が終わったらしかった。

「お待たせ」

「………」

 本当にお待たせだよ、という言葉を、僕はその瞬間飲み込んでしまった。文句の一つくらい言っても良い立場だったはずなのだが、正直この瞬間、僕は俺の一つでも言うべきなのではないかとすら思っていた。

 たっぷり十秒間ほどじっくりと絶句した後、ようやく口から出かかっていたお礼を呑みこんで、僕は改めて口を開いた。

「こちらこそ」

「?」

 当然、不思議そうな顔をされた。いやいや、十秒間も待たせて本当に申し訳ない気分である。

「いや……良いや。それじゃあ行こうぜ」

「うん」

 説明しようかとも思ったのだが、そんな事をして手を煩わせる事は無い。言った所で理解を得る事が出来るとも思えないし。無駄な事はしない主義だし、今夜のキツネに無駄な事に突き合わせるつもりもない。もうあれだ、鬼とか出てきたら徹底的に無視する位。

「鬼……?」

 おっと。浮かれ過ぎて浮ついていた、口を滑らせてどうするんだこんな所で。

「そんなのが出てきても、今日のキツネを前にしたら視界に入らないくらいだって言ったんだよ」

「ありがとう、そう言ってもらえると振袖を着た甲斐があった」

 浮つきついでに歯の浮くセリフを言ったら功を奏したようだった。言うまでも無く鬼の事に関しては、僕とナイトだけの秘密にしている。わざわざ心配を掛ける事は無いし、手伝ってもらうつもりがないのであれば最初から言わない方がいい。それに、あれが僕の自殺願望だとしたら、それは全て僕の問題だ。

「アキナって、何でも喋っているようで隠し事が多いタイプだよね」

「おいおい。僕ほど清廉潔白で明け透けな人間はいないと、巷ではいま評判なんだが」

「あはは。そういう事を言う人って、皆隠し事をしている人だよ、アキナ」

 まあ、隠し事の一つや二つ、誰にだってあるだろう。逆に、隠し事一つない人間なんて、居ないとさえ言える筈だ。幼いころ、話さなくて良い事まで話してしまう子供だった僕にだって、隠し事の一つや二つあったのだから。

「こんな日に話すような事じゃないさ」

「こんな日であっても話しちゃ駄目って事も、無いと思うけどね……」

 そう言いながらも、それ以上追及するつもりはないようだった。僕としてはありがたい話なのだが、物分かりが良すぎる気もした。もしかしたら本当に、お正月と言う日は隠し事を追求するような日では無いのかもしれない。

 だとしたらエイプリルフールの次の日にありがたい日である。さすがはお正月と、そう言っておこう。

 まあ僕にそんな事を言われてもお正月の方が困るだろうが、しかし本当に助けられた。

「お正月か」

「そうだよ、どうしたの、今更?」

「いや、この一年、どんな一年になるかなーって」

 もう昨年になってしまった日々は、僕にとって輝いていた。昼も夜も、寂しいと思う暇も無く、めまぐるしく動いて行く日常に振り回されるばかりだった。しかしそれでも、現実はこんなにも優しいのだと、僕は知った。

 無機質なのは所詮一側面に過ぎないと知っていても、それしか知らなかった僕が人の温かさと言うものを確かに経験したのだ。

「そんなの決まってるよ」

 キツネは言った。

「去年は、本当に楽しかった。こんなに楽しい毎日は年が変わったからって台無しになったりしないよ。だからきっと、今年だって楽しいし幸せだよ、去年よりもずっと」

「そっか」

 そうあって欲しいと、僕も思う。心からこの日々がいつまでも続いて欲しいと、真剣に願って、切望している。

 けれど同時に、永遠に続くものがない事だって理解している。良いものも悪いものも、良い事も悪い事も、どんなものだっていつかない交ぜになって過去の中に埋もれていく時がやってくる。掘り返した所でよみがえる事も息を吹き返すことも無く、ただ触った人間の数だけ手垢に汚れていくだけのものになる未来は、どんなもだってどんな事にだって、避けられない。この日々も、この星空も、いつかの誓いだって、いつかそうなる。

 ただそれぞれ違っているのは、その未来がやってくるのが早いか遅いかだけ。この日常が終わる時がやってくるのは、まだ遠い先なのか、それとも明日にすら迫った現実なのか。それはきっと誰にも分からない。明日の事を知っていても、明後日の事を知らなければそれは同じ事だ。

 別に、いつか来る終わり怖がるつもりはない。終わったとしても、何もかも残らない事は無くて、きっとこの掌に残るものだってあるだろう。僕達に見えている星の輝きが過去に発せられたものであるように、埋もれた日常を掘り返した誰かがそこに輝きを見ることだって、きっとある。

「今年もきっと、いい年になる」

「うん」

 年の初めから、こうしていい事に恵まれている。どうやら鬼も、正月ばかりは遠慮して何もするつもりがないらしい。いつもならば読んでもいないのにどこからともなくやってくるものを、今日は影も形も、悪意の片鱗さえも見せようとしない。

 誰に憚る事も無く、ただ幸福を謳歌する。そんな日が一年に一度くらいは、あっても良いだろう。多分お正月と言うものは、そういう特別な日なのだから。

 神社に付くとそこはこの町のどこにそんな数が隠れていたのだと言う位、ひしめいていた。こうしていると忘れがちなのだが、そのどれもが、本来人間ではない。僕とキツネは、それをかき分けるようにして進み、一緒にお賽銭を投げて願い事をした。あれだけ言っておきながら、こういうときはしっかりと願い事をしてしまうあたり、僕もきっちりと日本人をやっているようだ。

「何の願い事をしたの?」

 おみくじを引いてお互いに大吉を見せ合った後で、キツネはそう言った。

「うん?」

「ずいぶん長い時間、願い事をしていたみたいだったから」

「そうかな。まあ普通だよ、多分。今年も良い歳になりますように、みんな無事に過ごせますように。キツネも同じなんじゃないの?」

「えへへ、ちょっと違う。それも大事だけど、それはアキナにお任せしちゃった」

 ふうん。何時の間に任されていたのか知らないが、どうやら期待に添う事が出来たようで一安心だ。お任せするのなら、できれば事前に言っておいて欲しい。

「まあ、キツネがそれだけ楽しそうなら、きっと今年も良い年になるんだろう。僕だって年の初めから綺麗な振袖姿を見れたんだ、これはもうそれだけでこの一年が良い年だったと思えるくらいさ」

「アキナって、会った頃はもっと誠実だったような気がする……」

 僕ほど誠実な男はいないと評判なのに。


 その後僕たちは甘酒を飲んで温まり、こっくり荘へと帰った。帰り道にも鬼は現れる事は無く、もしかしたら、鬼もキツネに遠慮して出てこなかったのかもしれない。実際の所は分からないけれど、そう思っておく事にした。実際の所が分からないうちは、何をどう好きに思っても僕の勝手だろう。

 だけど実際、こうしているだけで、この思い出があるだけで今年は良い一年だったと思ってしまいそうなくらい、振袖を着たキツネは綺麗だった。目に焼き付けて、思い出に焼き付けても、それでも足りないくらい。こういう瞬間に、カメラで写真を撮る事が趣味の人がどうしてそれにこだわるのか、わかるような気がする。キツネと二人でいる夜は、決まって満天の星空が輝いているものだけれど、今夜ばかりは、僕の目も星に目がくらむ事は無い。

 こんな事があれば、この日々がずっと続いて、来年もその次の年も同じようにこうしたいと思う。永遠に続くものがないと知っていても、それでも、続く限り、続けられる限り気の日々が続いて欲しいと願う。その願いが誤りだったとしても、きっと僕はそれを捨てる事は出来ない。

 物語が終わっても世界が続く。しかし終わってしまった物語が続く事は、決してない。そんな事は、どんなに繰り返しても終わってしまった事を台無しにするばかりだ。そんな事は分かっていて、だからこそ、それでも世界が続いている事が救いなのだ。

 それでも、今日ここで僕の物語が終わると言われたら、きっと僕は全力で、死に物狂いでそれに抵抗するだろう。醜いと、往生際が悪いと笑われても、それが生きる事だと言い張って抗い続ける。

 間違っていてもかまわないし、実際に往生際が悪いだけであったとしてもかまわない。こんな事を思う事になると考えもしなかった過去の僕に、僕は教えてやりたい。世界はこんなにも温かで、生きているにはそれだけの価値があるのだと。そして、この日常を守るために抗う事は、そのぬくもりを手に入れたいと願いそれを求める事は、決して間違いなんかじゃないと。

 そんな簡単な事を知らなかった僕はもうどこにもおらず、過去に埋もれている。今の僕は、それを知り、願い、求める僕なのだから。

 だから。だから今度は、星の下で、こう誓う。この日々をくれた人たちを守るためならば、きっと僕は僕自身のどんなものだって、犠牲にして見せる。この日々を守るために切り捨てるものは、きっと僕自身のものでなくてはならないのだから。

 美しい日々が遠いどこかへ行ってしまうまで、僕はそれを守るために何とだって、何度だって戦ってみせる。

 僕はきっと、僕の傍にあるこの温もりを、僕が死ぬまで死ぬまで失う事は無いだろう。


 死んでも守る。

 それが、僕の誓い。


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