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彼の物語/聖夜と吸血鬼(前)

 一緒に過ごして、一緒に暮らしていて、顔を合わせる事が少ないのが、ナイトである。単純に、引きこもりのような生活をしなければならないという彼女自身の吸血鬼としての縛りが、そこでは問題になっている。

 そんな事は最初から分かり切ったことであって、勿論僕だって最初からそんな事は理解している。しかし、その縛りは、どうにもこうにも不便である事だって事実なのだ。デイにだって不便はある。しかし、昼であるか夜であるかと言う違いは、どうにもならない格差を生んでしまう。彼女たちが気にしないのだとしても、やっぱり僕は気になってしまう。大きなお世話であっても、それはやはり、僕の気持ちの問題なのであった。

 まあ、どうしたって、イベント事は共有しづらいのだ。気を使っているのか何なのか、その辺りの事をデイに譲ってしまっている節があり、例えば誕生日であっても、そういう日はデイの活動時間が延びている。

 精神がデイよりも大人びているのだからそうしているのだろう。双子の姉妹と言いながら、デイは実年齢以上に幼く、ナイトはその正反対なのだ。僕に対してあまり気を使わない物言いをするのに比べて、やはり自分の片割れに甘いと、僕は思う。

 その辺りについてあれこれと邪推しても仕方がないし、勝手な物言いでしか無いという事は分かっている。しかし、現状において僕が看過できない事実を語る上では、やはりその辺りを無視するわけにはいかない。


 吸血鬼と一言で言っても、デイとナイトは、その名の通り正反対である。コインの裏と表。どちらが表で裏であるのか、そんな物は、所詮ものの味方として変わってしまう。基準をどちらに置くか、と言っている程度の話だ。

 しかし、彼女たちにとって、その違いは大きい。どちらが表であるにしても、描かれた者は正反対なのだから。

 おそらく、デイはきっと、吸血鬼の描いた夢なのではないだろうか。例えばどこかの吸血鬼が、昼間の世界に行きたいと願ったのだとして、そこには何一つ不思議はない。僕は、そんな事を願いながらも胸の奥にしまっていそうな吸血鬼を一人、知っているのだから。太陽の下を、何一つはばかる事無く闊歩する吸血鬼。今時では、創作の中でたいして珍しくもない設定だろう。だからこそ、今こうして、デイは存在している。

 その波動と言うべきか、バランスをとる存在として、ナイトは存在している。だからこそ双子であって、だからこそコインの表と裏。

 ナイトが譲れば、デイは夜になっても活動する事が出来る。しかし、その逆は無い。どんなに願ったとしても、ナイトが太陽の姿を見る事は無いのだ。もしも彼女がそれを見たとしたら、その瞬間、彼女の瞳は、そのきれいな瞳は日光によって跡形もなく焼かれてしまうのだろう。

 その運命の悲劇性についてあれこれ言うよりも以前に、それこそが吸血鬼なのだから。むしろ言うまでもなく、デイウォーカーなんて吸血鬼自体が例外であって、ナイトウォーカーの在り方はどこまでもスタンダードなのだ。


 と、まあ。こんな事を言った所で所詮は現状の確認であって、僕の考えている事に関する下地に過ぎない。

 問題は、イベント事を共有しにくいという事なのだ。ナイトは当然、学校に通ってもいないし、既に数カ月、僕たちはこっくり荘の中で一緒に過ぎしているのだけれど、僕以外の住人とナイトの接点は限りなくゼロに近い。下手をすれば、ナイトはデイの二重人格か何かであるとすら、捉えられている節があるのだ。

 まあ、その辺りの認識は、どちらにしたって大した違いは無いし、彼女たちが同時に現れる事がないのだから、大したことではない。間違っていても、問題にならない。必死になって否定しなくても、そもそもナイトが面白がっている。

 彼女は確かに、気にしない。

 イベント事と言うものに興味がないのかもしれないし、それが吸血鬼として正しい価値観なのだろう。所詮本来、夜の住人なのだから。

 だけどそれで、僕が納得しなければならないという事もない。誰が決めようと、誰が諦めていようと、それで僕があきらめなくてはならないという事にはならない。僕が諦めない限り、それは可能性を失ったりしない。

 既に季節は夏を超え、秋の終わりを迎えようとしている。寒くなって、そういえば気が付けば僕やキツネの誕生日は終わってしまって、そんな季節なのだ。

 体育祭も、文化祭も関係ないまま過ごしたナイトウォーカーにイベントを経験させたいというのが、僕の結論である。

 唐突だったろうか。しかしそんな事は無い。誕生日もまさか僕の誕生日会を二階やろうなんて、自分で言える筈がないし、深夜に二人で運動会をしようなんて言っても意味が分からないだろう。僕だって、そんな事を言われでもしたら首をかしげるしかない。キツネの誕生日を二人で言わっても仕方がないし、その辺りはイベントの性質上仕方がなかったと言えるだろう。無理をすればどうにかなったのかもしれないが、無理やりやった所で気を使わせてしまっては意味がないし、それ以上に僕のモチベーションが問題なのだ。

 それにつけては、クリスマス。そう、クリスマスである。これは、そういう意味でうってつけであると言えるだろう。これ以上ないとさえ、言えるかもしれない。聖夜っていうくらいなのだから、夜が本番に決まっている。何よりも、二人きりでやっても恰好が付く。

 世に言うクリスマス。誰でも知っている、日本の雑食ぶりを示す宗教イベントなわけだが、特定の恋人をもたない人間は、一人で過ごしたり家族で過ごしたりするのが普通だろう。

 僕の過去については、もう触れるまでもないだろう。僕だって別に触れて回りたいわけではないし、思いだしたくなるほど楽しい日では無かったと言えば、分かってもらえる筈だ。彼女とか居なかったし。

 恋人がいたら恋人と二人で過ごす。それが日本のクリスマスだ。要するに、プレゼントを用意して、それっぽい雰囲気で手渡してやれば、クリスマスは完成すると言っても良い。ケーキも用意しよう。ケーキとプレゼントで、大体クリスマスは構成されている。

 ……多分。


 まあ、その辺りの認識が正しいかどうかはともかく、それはそれで一つのイベントだろう。二人きりで過ごすとか何とかも、恋人ではないにしても婚約者なのだから、大した違いは無い。

 ピーマンとパプリカみたいなもんだ。

 そういうわけで、クリスマスである。決戦の日はクリスマスであると言ってもかまわない。幸い時間はまだまだ残っている。慌てるような時間ではない。思いつきにしても、速いうちに思いついて良かった。

 即断即決、思いついたら決めてしまおう。そういうわけで、クリスマス、と言うかクリスマスイブに、僕はナイトにプレゼントを渡してケーキを一緒に食べる事にした。


 時は十一月。こっくり荘にやって来た悪意の鬼を斬り倒している時の事である。


 まあ、そんなときに何を考えているんだと言われればそれまでなのだし、確かにそれは、仰る通りだ。僕だって、そんな事をしている間にそんなのんきな事を考えている奴がいたらそういうだろう。

 しかし、毎日毎日、毎晩こうしてやってくる鬼を最早日課と言うよりもルーチンワークとして片付けていると、片手間にもなってしまおうものなのだ。緊張感も、危機感も、繰り返してしまえば薄れるものだという事を僕は学んだのだった。

「浮ついておると怪我では済まんぞ?」

「わかってるよ」

 ここは素直に反省するべき所だ。

 慣れた所で、結局命がかかっている事実が動いたわけでもないし、死んでもリスタートできるような世界でも無い。ここがどんな町であったとしても僕が人間である以上、その事実だけは動かす事が出来ないだろう。僕に限らず、誰だって、それだけは変えられない。

「妾だけでやってもかまわんのじゃがのう……」

「それについては、どれだけ話しても結論は変わらないよ。そもそも、鬼が人の心から生まれるのなら、これは僕の責任だ」

「………」

 まあ、ここまでの自殺願望を抱いている自覚は、無いにしても、だ。毎晩こうしてはっ倒しているというのに、際限なく、性懲りもなく、きりがない。我ながら、これはどうかと思うのだが、自覚がないものを治す事は出来ない。

「妾から見ても、アキナから現れた鬼であるとはいまだに信じられん」

「そう?」

「うむ。自殺願望にしてもそうなのじゃが、それ以上にこのこっくり荘を破壊しようとしている節があること自体、妾にとってもおかしい事にか見えぬ。自殺願望を抱くのが人間の癖であったとしても、じゃ」

「癖があってもこれは行きすぎているって感じだな」

「うむ……」

 そう言って頷いたナイトにも、思う所はあるのだろう。頷きながらも、うなるようにして何か考えているようだった。

 しかし、幸せを積み重ねるごとに重くなる自殺願望なんて、本当にあるのだろうか。僕としては、自分自身の精神状態と反比例しているとしか、思えない。それこそ、この町にやってきた瞬間ならばまだしも、こうして家族を手に入れて、つまらない日常の問題に頭を悩ませている日々に、そんな願望を抱くような瞬間があるのだろうか。まさか自分は幸せになってはならない運命だと勘違いしている人間でもあるまいし、僕は僕で普通に幸せになりたいと思っている。

 それ以上に、言うまでもなく、僕がこっくり荘を壊したいと思うことなんて、無い。それは絶対に、誰が何を言った所で、だ。誰も何も言わないだろうけれど。

 しかし現実にこうして鬼は毎晩のそって来ているわけで、そこにどう理屈をつけたものか、皆目見当もつかない。こればかりは自分の事であって、誰に聞いたところで解決しないだろう。

 いっそ、僕以外にこの町に人間がいて、そいつが僕の境遇を妬んでいるのではないか、とか。そういう、ずるい考えが浮かんでしまう。

 人のせいにした所で、現実がどうにかなるわけではないのだ。

「まあいいさ」

「良いのかのう……?」

「僕が考えて答えが出ないのなら、だれが考えた所で答えは出ないだろ。そもそも、この町に居る人間は一人って言うルールを動かさない限り、僕以外に鬼を生みだす存在は無いんだから」

「案外、それが正解かもしれぬぞ?」

「人の出入りを管理しているのは大天狗先生だぞ、それは無い」

 その内出てこなくなるか、僕が死ぬか、するのだろう。これを生みだしているのが僕だとしたら、鬼がどうとかそういう具体的な事はともかく、それを生み出している心と一生付き合っていくしかないのだ。

 都合よく心を切り離したりする事は出来ない。そんな事は、誰にも出来ない。

「ま、折り合いをつけていくしか無いさ。面倒を掛けている相手に言う事じゃないにしても、それしかない」

「妾の事は構わんさ。婚約者じゃろうに、今更水臭い事を言うでない」

「はあん。確かにまあ、その通りだろうさ」

 一生つれあう事になるのなら、お互いに折り合いをつけなければならない事はあるだろう。

「婚約者は結構だけど、実際、僕はあまりお前の事を知らないからなあ……」

「なんじゃ、今更?」

 今更と言うのは確かに今更なのだが、しかし、嘘ではない。

「実際こうして入るし、それなりに仲良しだとは思うよ。二人きりの時間は断トツでお前が長いしな。でも、例えばお前の好きなもの一つとっても、せいぜい血が好きとか、その程度だ。でもそういう好きじゃなくて、生物的な意味じゃなく、娯楽的な好き嫌いだってあるだろう?」

「まあ、その通りじゃ」

「うん。だから改めて聞いておこうと思って」

「筋は通っておるのう」

 では。

「好きな食べ物は?」

「チョコレート」

「好きな色は?」

「赤と黒」

「中学生みたいだな。まあいいや、吸血鬼らしい色と言えばそれまでだし。好きなことは?」

「星を見る事じゃ」

「ほほう」

 ロマンチストさんめ。

「それでクリスマスはどうするつもりなのじゃ?」

「え?」

「わからないはずがあるまい、デイに聞いたりしたじゃろうが。妾はともかくデイはその辺り明け透けと言うか隠す気がないからのう。まあ、盗み聞きみたいになってしまったのは申し訳ない」

「内緒にしろって言ったのにな……」

 まあいいけど。……まあ良いけど!

「内緒だ。これから考えるけど、クリスマスまで楽しみにしておけ」

「ハードルを上げるのう」

 かか、と。ナイトは笑った。

 恰好が付かないことこの上ないが、ナイトの前では大抵こうだ。今更そんな事を気にしても仕方がないし、何はともあれ目的は達成されている。

 そう。決戦はクリスマス!


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